乗り手と戦車
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
アテネ国際空港の到着ロビーに出た瞬間、リンタロウは空気の違いを感じた。
東京とは違う、乾いた空気。耳に入るのは知らない言葉ばかり。だが不思議と、そのざわめきが心地よかった。
スーツケースを引きながら出口に向かうと、手作りの紙に「RINTARO」と書かれたプレートを持った男が待っていた。無造作な白髪と無精ひげ、肩幅の広いがっしりとした体格。作業着のような服装に、太陽で焼けた肌。
「マルコス・パパドプロス。運転手だ。」男は片言の英語で言った。
「リンタロウです。よろしくお願いします。」
握手は力強く、だがどこか温かさがあった。
空港の駐車場に案内されると、そこには大きなトラックが停まっていた。だが、その車体には予想外の絵が描かれていた。
ギリシャ神話の英雄——アキレウスが、戦車に乗って槍を構える姿。
「……これは?」
思わず声が漏れる。
マルコスは得意げに笑った。「息子が描いたんだ。美術学校に通ってる。」
トラックに乗り込み、エンジンが唸りを上げると、アテネの喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
道中、マルコスは片手でハンドルを握りながら話し始めた。
「どこから来たんだ?」
「東京です。」
「遠いな。トリカラとは正反対の場所だ。」
リンタロウは窓の外を見た。広がるオリーブ畑。羊の群れ。赤茶けた山々。
「……そうですね。全然違います。でも、不思議と落ち着きます。」
マルコスはにやりと笑った。
「トリカラは静かだ。人は多くない。でも、みんな顔を知ってる。助け合う。遅刻しても誰も怒らない。代わりに、昼飯は一緒に食べる。」
「それは……素敵ですね。」
「君は農業をやるのか?」
「はい、少しは。子どもの頃に。」
「なら大丈夫だ。自然は優しくないが、嘘もつかない。」
沈黙がしばらく続いた。だが、気まずさはなかった。むしろ、静かな山道に揺られながらの時間が、心地よい。
やがて、マルコスが指をさした。
「見ろ。あれがトリカラだ。」
遠くに見えたのは、こじんまりとした町並みと、教会の尖塔。そしてその周囲に広がる広大な大地。
リンタロウの胸に、何かがじんわりと染み込んできた。
これは現実なのか?それとも、どこかの異世界に来たのか?
そう思ってしまうほど——すべてが、やさしく、そして静かだった。
皆さんがこのエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードをすぐにアップロードします。