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第8話『コチラ、チキュウデス』

 不穏なアラームが鳴り響いており、音の方へ真っ直ぐ進んで行くアースに続いて五人の仲間たちはバタバタと続いていく。

 アースは、角を曲がった所にある部屋のドアの前で立ち止まると、軽く息を整え、少し開いた引き戸に手をかける。


 隙間からそっと中を覗くと、アラームが鳴り響く室内には何かのふわふわの塊と、壊れた機械の破片が不自然な積まれ方をしていた。

 異様な獣臭が鼻につき、咄嗟(とっさ)に首に巻いていたバンダナで口を覆った。


 そうして、アラームが止まるとゆっくりドアを開け、慎重に部屋の中に足を踏み入れる。


「何かしら、ここ……すごい臭いだわ」


 ミルキーも部屋の中に入ると袖で口元を覆う。彼の後ろからはフレアが姿を見せる。


「これは何だ?」

 

 ようやく追いついたケプラーは、部屋の中にある不自然な塊を見て興味深そうにかがみ込む。

 何か、動物の毛がガラクタの間にきれいに敷き詰められているこれは、巣穴のようにも見える。


「データによると、おそらくこれはウサギの一種が作る巣ですわ」


 その後ろで、サテラは眼鏡に搭載(とうさい)されている機能を使い調べていた。


「おお、最新式のあれじゃな!」


 フレアはパッと顔を明るくし「わしも欲しいのぅ」と笑う。


「下がって、漏電しとる」

 

 少し巣に埋もれかけている大型のディスプレイの下を調べていたアースは、そんな仲間たちに注意を促すと、腰のあたりでまとめていた最新式のツナギに袖を通すと、両手にグローブをはめ手際よく修理を始めた。


 アースは宇宙船整備士見習いの為、ある程度の知識と技術は持っていた。

 だから、この程度の修理は手間にもならない。


「……!」 

 

 その間に、ディスプレイを見ていたバンは、ある事に気付いてケプラーに耳打ちをする。


「……え? 通信機? しかも遠距離の? そんなに?」


 従弟からの話を聞いたケプラーは、自分の耳を疑いながらディスプレイに近寄った。


「これが星間通信機(せいかんつうしんき)じゃと? それは本当なのか⁉」


 思わぬ話に驚いたフレアは、身を乗り出してディスプレイを覗き込む。


「そうなんか! ラッキーじゃん!」


 修理を終えたアースは顔を上げると、何の躊躇いもなく機械の電源を入れた。


「ちょっと、アース! つけちゃって大丈夫なの⁉」

「ヘーキだろ! 特に異常も出てないし」


 焦るミルキーに、彼は平然と答える。


 すると、今まで真っ暗だった大画面に文字が浮かび上がる。

 使い方はシンプルなようで、通信先一覧と緊急用発信ボタンが表示されている。

 

 間違いなく、これは通信機器だ。


「よっしゃ!」

「やったのじゃ!」

「ウフフ、これでお風呂に入れるのねぇん」


「フッ、チキュウもなかなか悪くなかったな」

「やっと家に帰れますわね」

「……ン!」


 それぞれが喜んだのもつかの間、物陰から何かが飛び出し、真っ直ぐ通信機器のディスプレイに突き刺さった。

 パリン! という音が響き渡り、空気が一変する。


 全員の視線の先には、角の生えた白いウサギが興奮した様子でコチラを威嚇していた。


「ウサギ⁉ だよね、多分!」


 アースは、割れた画面と角ウサギとを交互に見て自分の眼が確かなのか確認している。


「ええ、おそらく新種ですわ!」


 サテラも、信じられないというように後ずさりながら角ウサギを見ていた。

 部屋の中にあった不自然な毛の塊は、彼ら角ウサギの家だったのだろう。


 家を荒らす侵入者だと思われたのか、角ウサギは真っ白い毛を逆立たせて角を振り回して威嚇する。


「う、わぁ……通信機壊された……」

「やだ、何か勘違いされてるみたいねぇん……」


 すっかり怯んでいるアースとミルキー。

 ケプラーに至っては、バンにしがみついていた。


「このままでは……」


 いつも冷静なサテラもどうしたらいいのかわからない。


「……わしに任せるのじゃ!」

 

 フレアは背負っていた宇宙クマ、ケティルのリュックを両手で抱えて真剣な顔をしていた。

 緊張で強張っているのか、少し足が震えているようだが、その目は本気だ。


「フレア、何を……」

「フレアちゃぁん……」


 心配しているアースとミルキーを振り切り、フレアは大事にしていたケティルリュックを角ウサギに見せつけた。


 そして、誰もが固唾を飲んで見守る中、意外な行動に出る。


「ほ~ら、ボクは宇宙クマのケティルじゃぞ~!」


 まさかの人形劇。盛大に顔を引きつらせてもなお、ケティルになりきるプロ根性。


 そしてさらに、まさかは重なり……角ウサギはそれを気に入ったのか、すっかり落ち着きを取り戻していた。


「いや、そんなんでいいのかよ……」


 宇宙クマケティルと大親友になった角ウサギを見下ろし、ケプラーは死んだ魚のような目をして呟いた。

 そんなことをしている間に、アースとバンは通信機の修復を始めていた。

 

「あー、やっぱり壊れてる……変わりのディスプレイになるものはないかなぁ」


 アースは割れてしまった画面を見てそう零すと、隣にいたバンが何かを差し出してきた。

 オンセニストの撮影に使われていたタブレット端末だ。


「……確かに、これを使えば……でもいいんですか?」

「ン……!」


 恐る恐る尋ねれば、バンは力強く頷いてくれた。

 彼らの大切な仕事道具を受け取ったアースは、通信機との接続を試みる。

 だが、この通信機と互換性(ごかんせい)のあるケーブルを持っていなかった。


「どうしよう、アイオライト社のケーブルしか持ってない……」


 だんだんと迫る時間に焦るアース。


「……そうじゃ!」

 

 その時、フレアがある事を思い出して声を上げた。


「サテラ姉さんの眼鏡が、アイオライト社の最新のスマホじゃ!」

「なんだって!」


「ええ、そうです」


 咄嗟にサテラを振り返ったアースに彼女は頷き、短く答える。

 すぐに行動に移さなければ危ないと誰もがわかっているのだ。


 彼女の眼鏡と通信機器を無線で繋げると、サテラの眼に先ほどの画面が映る。

 その中の緊急用発信ボタンを押すと呼び出し音が鳴り、AIからの応答があった。

 

 サテラは淡々と状況を説明し、一時間後に救助が来ることになった。


「やったー! 今度こそ間違いなく帰れるぞー!」


 アースは知らせを聞き嬉しくて飛び跳ねた。本当は、ちょっとだけ不安だったのだ。


「あんもう、一時間で来るなんてすごいわね! フレアちゃん、もういいわよん」


 そう言ってミルキーも喜んで体をくねらせている。

 宇宙クマケティルを扱い、角ウサギの気を引いていたフレアは、ケティルを取られていた。


「わしのケティル……とられたのじゃ……」


 しょんもりとしているフレアは、何とも哀愁を誘う姿であった。


「この件も動画にしてリスナーに説明しないとな……」

「そうですね、帰ったら構成を考えましょう」

「……」


 オンセニストは、次の動画の話をしている。そこにアースは目を輝かせてやって来た。


「あの、その、このツナギにサインしてください! ケプラーさん、本当に大ファンなんです!」


 そう言って持っていた油性のサインペンを取り出したアース。


「本当は滅多にサインなんてしないんだが……まぁ、今回だけは特別だからな」

 

 ケプラーは、初めて会った時の事を思い出すと小さく笑い、ニヤリと笑ってペンを握ったのだった。


 やがて時間になり、救難船を待つために屋上へ向かう。

 

 四階からさらに上の階段を上り、屋上へと出るドアを勢いよく開けたアースは、爽やかな風と大きな白い雲の下で屈託なく笑い、自身の右拳を口元にあて、実況配信者のように声を張り上げた。


「コチラ、チキュウからアース・グラン! 最高の夏休みになりました!」


 初めはどうなるかと思ったこの星での、長いようで短い数日間。


 見上げたチキュウの空は、どこまでも青かった。


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