第7話『コチラ、学校です』
植物に飲み込まれた街の中でも、奇跡的に侵食が浅く見える。
目の前にそびえ立つ、四階建ての角ばった建物を見上げたアースは驚きに目を見開いた。
「うわぁ、何か入れそう!」
「何の建物じゃろうか……ここは入口かのう?」
フレアは建物に近付くと、ガラス越しに中を覗き込もうとした。
「汚れすぎて、よく見えませんわね」
サテラもフレアと並んでガラスの奥を覗こうとするも、長い年月をかけて表面が腐食しているようだ。
「何だか不気味な所ねぇん」
侵入者を見つけた鳥がギャーギャー騒ぎ出し、辺りがざわざわとし始めた所で、ミルキーは嫌そうに眉を下げ苦笑いを浮かべた。
「だが、入らないわけにもいかないな」
顎に手をあてたケプラーはそう言うと、フレアとサテラが覗き込んでいたガラス戸を押してみた。
古い金属のフレームが軋みを上げ、入口が開く。
人気のない静まり返った建物の中は、少しカビ臭い。
「……よし、ここは慎重に……」
ケプラーが緊張しながら足を踏み入れようとした矢先、すでに恐れ知らずなバカ三人が突撃していた。
「よっしゃ、開いた! 早く行こう!」
「このたくさんの小さいロッカーはなんじゃぁ⁉ みっちみちに並んどる!」
「ホントね、何に使うのかしらん?」
物珍しさに周りを見渡すアース、フレア、ミルキーの三人は、壁にびっしりと並んだ小さなロッカーを覗き込んでいる。
「お、お前ら……慎重に行動しろ……」
完全に置いていかれたケプラーは、げっそりとした表情でそう言った。
そんな彼の横を、サテラ、バンが通り過ぎていく。
「それは、下駄箱です。おそらく、ここは学校なのでしょうね」
知識を披露するサテラは指でつるを軽く押し上げた。
初めて聞く言葉だ。アースたちの頭に『げたばこ?』の四文字が浮かんだのは言うまでもない。
「昔の学校には、朝に登校して靴をしまう場所があったのです」
ぽけっとしてしまったアースたちの顔を見たサテラは、クスリと笑って補足してあげた。
ともあれ、廃校に侵入した六人は探索を始める。
とっくに忘れ去られた校舎の窓には、蔦が張っていて薄暗く、かつて子供たちの声が響いていた廊下は、今は静まり返っていた。薄汚れた床は年月の長さを語る。
「何だか、ちょっと獣臭くないかしらん?」
ふと、ミルキーは鼻を手で覆いながら眉を寄せた。
彼の言うように、心なしか動物の飼育小屋のような臭いがしていた。
「確かに、そんな気がする……」
そう言ったアースの足元に何かが当たる。視線を下ろしてみれば、ドングリの殻っぽい物が転がっていた。
不思議に思い、辺りを見渡してみると一つや二つではない、幾つもの木の実が転がっている。
「なんだろう、これ……?」
アースが、拾った木の実をしげしげと眺めていると、ケプラーが口を挟む。
「げっ歯類が住んでいたんじゃないか? 今はいないようだが……」
確かに、落ちている木の実は割られていて殻ばかりだ。
だとしたら、ここに住んでいたげっ歯類を食べてしまう猛獣がいる危険もあるという事。
「下は猛獣が出るのかもしれない。軽く上も見てすぐ出よう」
そこまで考えていたケプラーは、そう言うと足早に探索を続けていく。
辺りを散策しながら進んで行くと、見つけた階段を上がることにした。
階段を上がる足音だけが響く中、二階に差し掛かると、窓が開いていたのか廊下まで植物の太い枝が入り込んでいて容易には進めそうにないので、先に上から探索することにする。
段差に足を掛けたアースは、空から差し込む光に気付いて声を上げる。
「おっ、なんか明るくなってる?」
「本当じゃ!」
「もしかして、明かりがあるの⁉」
嬉々として走り出したバカ三人。
「だからッ! 慎重に行けと言っているだろう!」
ケプラーは苛立ちながら声を荒げる。サテラは、やれやれと肩をすくめ、バンは周りを警戒しながら後に続いている。
「……ったく、あいつら……」
こんな状況にも関わらず、楽しそうにはしゃぐ三人に、盛大な溜息をついたケプラーは舌打ちまじりに愚痴をこぼす。
出会って短い期間だが、ケプラーの中でアースたちはおバカに分類されているようだ。
「あのバカ共の危機管理能力のなさはどうなってるんだ! ……なぁ!」
物静かな従弟に同意を求めようと、その大きな肩に手を置いて振り返ったその時――。
ゴトンという音と共に、長い年月を経ていたソレのガワは崩れ落ちた。
「ピギャァアァーッ!!」
驚き、恐怖に青ざめたケプラーは、奇声まじりの悲鳴を上げた。
剥き出しの左肌、どこに落として来たのかわからない、いくつか空っぽの内臓。
幾年が過ぎようとも、変わりのない堂々とした立ち姿……ケプラーに熱い視線を送る人体模型が、凛々しく仁王立ちしていた。
「ファーッ! ババババ……剥けた! 落ちた!」
「シャラーップ!」
驚きとショックのあまり、正気を失って助けを求めるケプラーを、優秀な彼女は冷酷無慈悲な『サテラチョップ』で黙らせた。
「ップェ!」
人体模型ごと吹っ飛んでいくケプラー。やはりこの男、残念である。
「慎重はどこに行ったんですの? 貴方が一番うるさいです」
サテラはお決まりの眼鏡のつるを指で持ち上げ、呆れたようにそう言った。
余談だが、彼女のチョップは配信でも有名でファンからは『サテラチョップ』と呼ばれている。
「兄ちゃん……」
ちなみに、人体模型と間違われたバンは、ちょっとだけ悲しそうに口をへの字に曲げ、哀愁漂う人体模型をそっと寝かせてあげた。
オンセニストたちがそんな茶番を繰り返している間に、アースたち三人はある教室に辿り着いていた。
無機質な冷たい空気が部屋を包み、しっかりと床に固定された机が並ぶ。
それぞれにモニターや周辺機器が備わっていることから、おそらくここがPCルームだろう。
「PCルームじゃな、まぁ電源が入るはずもないのぅ……」
淡々と表情を変えず、フレアはそう言いながらPCの電源を押して回る。
「こういう所があっても、電源が生きていないんじゃ意味がないわよね」
ミルキーは真っ暗なモニターを見つめ、名残惜しそうにキーを叩く。
「うーん、どうしようかなぁ……」
アースもPCの電源がつかないか試していた、その時――聞き覚えのある不快な警報が鳴り響いた。
「……!」
耳を塞ぎたくなる大音量の中でも、アースは冷静に辺りを見回した。
気丈にフレアは、ケティルリュックを抱きしめ、ミルキーも咄嗟にフレアを抱きしめていた。
「次から次にっ……!」
人体模型の恐怖から立ち上がったケプラーは、もう一度降りかかる恐怖に顔を引きつらせる。
サテラ、バンも忙しく辺りを見回す。
アースは慎重に音の出所を探ると、天井を指さし真剣な顔で言う。
「多分、上から聞こえてる気がする……」
「わかりますの?」
「わかんないけど、そんな気がする!」
問いかけるサテラに頷いたアースは、急ぎ足でPCルームを出て行く。
「行こう!」
「待って、アース!」
「待つのじゃ!」
音の方へ突き進むアースを追いかけて、ミルキーとフレアも向かう。
「そういう事ですのね!」
「……ン!」
サテラは速足で歩き始め、バンも頷いて続く。
「お、おい! 廊下を走るな!」
そして、置いて行かれそうになったケプラーは慌てて二人の後を追うのだった。