第5話『コチラ、温泉です』
先に行ってしまった『オンセニスト』を追いかけるアース達は、勘を頼りに歩き始めた。
といっても、ケプラー達が行った方向しかわからないので、適当に進んでいく。
腰のあたりまである草をかき分け歩いていると、草が踏まれた跡を見つけた。
「これって……」
「誰かが踏んだ跡じゃな」
「あらやだ、誰かって決まってるじゃない!」
アース、フレア、ミルキーの三人は顔を見合わせると、ニマーっと笑う。
考えなくてもわかるじゃないか、この足跡は『オンセニスト』のだ。
「……どうも、こんにちはオンセニストのケプラーです!」
アースは大げさに首を傾け、自身の顔を親指でさすと「フッ」とキザったらしく鼻を鳴らす。
どことなく腹が立つ顔は、配信者ケプラーの顔マネだ。
「何のモノマネじゃ……」
「あのケプラーっていうやつのマネじゃないかしら? んもぅ、アースったら夢見る少年よねん!」
唐突に始まるモノマネ芸をフレアは鼻で笑い、ミルキーはウフフと優しく見守っている。
この二人にはあまりウケなかった顔芸をやめたアースは、林の先を指さして振り返った。
「ケプラーさんは多分こっちにおる!」
「やだ、アース! カッコいい!」
「足元に気を付けるんじゃぞ」
キリっと顔を引き締めたアースにミルキーが黄色い声援を上げれば、フレアは「やれやれ」と苦笑いを浮かべるのだった。
アースは、一見おとぼけてとんでもないことをしでかす時があるが、持ち前の行動力と仲間思いな所がある。
ミルキーは、自分を貫くあまり他人が困惑してしまう見た目をしているが、落ち着いていてまるでお母さんのような世話焼きなところ。
フレアは、毒舌でわがままな印象が強いが、一番しっかり者で、豊富な知識でサポートをしてくれている。
この一見、コントでしかないような三人だが、お互いを認め合っているからこその関係だ。
しばらく林の中をガサガサと進んでいると、ふいにアースが立ち止まった。
「……どうしたんじゃ?」
フレアは辺りを見渡す彼に声をかける。
「臭い……ミルキー、何か臭くね?」
アースは険しい顔でそれだけ答えるとミルキーを見た。
「……!」
ミルキーは瞬時に自身の脇をクンクンと嗅いで、堀の深い男の顔になった。
「……臭いわ! 落っこちちゃう時に緊張したからかしら……!」
「堂々と嗅ぐんかい!」
カッ! と効果音が付きそうな迫力に、フレアは渾身のツッコミを入れる。
「フレグランスも割れてダメになっちゃったし……アタシの脇の臭いね……?」
恥ずかしそうに両手で顔を覆うミルキー。
アースは鼻の下に指をあて、用心深く辺りを見渡している。
「違う、もっと卵が腐ったみたいなやつ!」
「えっ、アタシの脇は卵が腐ったようなものなの⁉」
「違うというとるじゃろ!」
さらにボケ続けるミルキーに、フレアのケティル印のハリセンが振り下ろされた。
「なんにせよ、この臭いの正体がわからんうちは近付かない方がよいのじゃ……っておらん!」
気を取り直してそう言ってフレアだが、アースはすでに走り出していた。
腐った卵のような臭いを浴びながら、林を進んでいくアースは嬉しそうに声を上げる。
「これが噂に聞く、硫黄の臭いかー! この臭いは近くに温泉がある印だって、動画でオンセニストが言ってたんよ!」
「待てい! ひとりで行くでないぞ!」
ぴゅーっと走って行くアースを追いかけるフレアとミルキーだったが、意外にもアースは立ち止まっていた。
「アース、どうしたのん?」
「……何か、声が聞こえん?」
追いついたミルキーがそう声をかけると、アースはまた辺りを見渡して走って行く。
林を抜けて森へ入る境のような場所に、ぽっかりと穴が開いていたのだ。
アースが覗き込めば、穴の中にはあの三人が落ちていた。
あの後、『オンセニスト』の三人は長い年月をかけて出来た天然の落とし穴に落ちてしまっていた。
「あ……」
突然現れたアースに驚いて目を見開くケプラー。
またとんでもないことをされると身構え口を開いたその時、緊迫したアースの声が響いた。
「今助ける! フレア、ミルキー!」
「いたのね! これっ!」
「ロープじゃな? 今結うのじゃ!」
アースが振り返ると、何が起こっているのか予想していたのか、ミルキーが長い木の蔦を取り出し、フレアがそれを木に括り付けていた。
三人がかりで絶対に解けないように確かめた。
「これに掴まって!」
そう言ってアースは固く結ばれた蔦のロープを穴の中に下ろせば、ケプラーは驚きのあまり茫然としていたが、「早くっ!」と呼ぶ声にロープを掴む。
アースはケプラーがロープをしっかりつ掴んでいるのを見て、後ろの二人に合図をし一斉に引っ張り上げた。
次にサテラ、最後にバンを引き上げる。
「助かりましたわ……ロープを持っていましたが、穴が深すぎて上に上がれませんでした」
安堵した表情のサテラがそう言えば、バンも無言で頷く。
「いいのよぉん、それよりも……」
ミルキーはそう言いかけると、視線をアースとケプラーへ向けた。
憧れの配信者との初対面で盛大にやらかしたアースはというと……。
「あ、あの! さっきはすみませんでした! 俺、興奮しすぎて……!」
ド正直にそう言ったアースは、ケプラーに向けて頭を下げた。
先ほどとは変わり、礼儀正しい青年の姿にケプラーは気まずそうに咳ばらいをする。
「ん、んん! まぁ、それはだな。うん……あれは、それで……」
「ケプラー、正直にいいましょう」
気まずさから、モゴモゴとはっきり言えないケプラーの頭にサテラのチョップが炸裂する。
ケプラーは照れ隠しに前髪をグシャグシャにすると、勢いをつけてバッと顔を上げた。
「いや、その……悪かった! さっきは……」
「いえいえ、助けるのは当たり前ですよ! たまたま、硫黄の臭いがしたから……」
「硫黄? そういえば……」
ケプラーは謙遜するアースの横を通り過ぎると、川べりに白いもやの出ている所を見つけた。
ホカホカと白い湯気が上がるその場所そこは……ひときわ硫黄の臭いの強いソレは紛れもなく温泉。
「……こんな所に天然温泉があったなんてな……!」
「意外と近くにありましたわね」
「……ン」
『オンセニスト』の三人は、すぐに温度と水質を確かめて撮影準備に取り掛かる。
電波の届かないチキュウでの生配信は無理なので、録画しておくようだ。
あっという間に水着姿になり、有名配信者グループ『オンセニスト』の登場だ。
「こっ、これが温泉⁉」
そして、アースは生まれて初めて見る本当の天然温泉に目を輝かせて飛び跳ねた。
今まで動画で見たことはあっても、生で見たことはなかったからだ。
「あらやだ、これが温泉なのねぇ」
「思ったよりモクモクなのじゃな」
そう言ったミルキーとフレアも、初めて見る温泉にワクワクしているようだ。
邪魔をしないように、三人そろって川辺に立って撮影風景を眺めているとケプラーの呼ぶ声がした。
「おーい、何してるんだ? 来いよ!」
「え、でも……」
さっきのことが気になって躊躇うアースに、ケプラーは自分のスペアのサーフパンツを投げて寄越す。
ミルキーにはバンが自分のを差し出している。
「温泉はみんなで楽しむものだろう? さぁ、入ろう!」
ケプラーは、配信の決まり文句で高らかにそう言って拳を突き上げた。
ちなみに、フレアはサテラに呼ばれてケティル印の少女用の可愛い水着を借りている。
何はともあれ、二つのグループはひとまず和解したのだった。