第3話『コチラ、オンセニストです』
アースたちが墜落した場所から、わずか数キロの浜辺にて。
波打ち際に佇む三人の少年少女がいた。彼らは最新の技術で作られた宇宙服に身をつつみ、ゆっくりと海から離れていく。
「酷い目にあったな……何だったんだ、あの船は……」
先頭を歩く青いラインが入った宇宙服の少年は、疲れ切った声色で二人の仲間を振り返り、背後で動かなくなった宇宙船を見る。
衝突の際に止まり切れなかったが、破損が軽いだけマシだろう。
彼は苛立ちをぶつけるように、水を蹴り上げた。
そんな背中に、よく通る落ち着いた少女の声がかかる。
「いえ、悪いのはデブリですわ」
彼女は宇宙服の目元を触りながら、冷静に大気を分析していた。
いくつもの数値がフェイスシールドに流れていくのをオレンジ色の瞳で追っていた彼女、サテラ・イトは軽くため息をつくと「……ですが、私たちも至らなかったですわね」と続けた。
その後ろを、幼さの残る熊のような大柄な男……バン・ビッグが黙々とついていく。
「……ン」
フェイスシールドに包まれた彼の顔は、長い前髪で表情が読み取れない。
サバイバルセットを背負っている彼の口数は少ない。
「ケプラー、ここの大気構成に問題ありません。呼吸可能です」
「さすがだな、サテラ」
サテラがそう言うと、青いラインの宇宙服の少年は躊躇いなくヘルメットを脱ぐ。
彼のさらりとした銀髪碧眼、前髪に青のメッシュが映える。
少年、ケプラー・タウリは宇宙服を脱いで深呼吸をした。
「ひとまず助かったが通信機はもうダメだ。色々考えることもあるけど、まずはどこか休む場所を作ろうか」
「そうですわね」
そう言ってサテラとバンも宇宙服を脱いだ。
「この先に、森があります。原生植物は近くで見ないとわかりませんが……生態系でここがどこなのかわかるかもしれません」
サテラは冷静に目の前に広がる景色を伝えていく。
「よし、じゃあまずは落ち着ける場所を探そうか」
「……ン」
彼女の話にケプラーとバンは頷き、三人は広場を求めて森に入っていった。
背の高い草をかき分けて進めば、大きな木々が彼らを迎える。
彼らにとっては資料でしか見たことがない植物もあり、サテラは眼鏡に映る木々を興味深そうに見て歩く。
「これは、スギの木……ですね」
目の前にそそり立つ大きな大木を見上げ、彼女はそう言った。
「確か、スギの木はニホン特有の植物だ。それにこのじめっとした暑さ……ここはニホンかな?」
ふぅん、とケプラーは顎に手をあてて呟いた。
「それに、微かに硫黄の香りがするような気もする」
「こんな時でも配信者らしさは抜けないんですわね、ケプラー?」
少し呆れたように苦笑するサテラに、ケプラーは大真面目な顔で返す。
「当然だ、BOU TUBE配信者オンセニストとしていつも温泉のことは考えているさ!」
そう……ケプラー、サテラ、バンの三人は、BOU TUBEで有名な温泉配信者である『オンセニスト』だ。
毎回、どこかの惑星の温泉を巡って紹介をしているのだが、今回はマイナー観光地であるチキュウの取材に来ていたのだ。
突如現れたデブリ群を避けようとして、他の宇宙船と衝突してしまった。
元々降り立つ予定だったけれど、乗ってきた宇宙船が壊れてしまったので苛立ってしまう。
だが、遥か昔に人が旅立ったこの原生世界では修理が出来ない。
どこかで救難信号を上げなければ、次回の配信日は永遠に未定のまま、BOU TUBEの更新も出来ないのだ。
話題になり支えてくれる視聴者は増えていき、サテラやバンのサポートもあって伸びているのもケプラーの楽しみなのだ。
だから、自分達も悪いとはわかっていても、配信日のことが気になっているケプラーの苛立ちは増すばかり。
「しかし、助けが来るまでに食料が足りるだろうか……」
それでも手当たり次第に当たり散らすことはせず進んでいくと、木の上で物音がした。
ケプラーが見上げると、木の枝を伝う動物に気付く。
果物を抱えて器用に木の間を飛び移っていく動物、サテラは彼らを見上げると頷いた。
「あれはサルですね。果物を分けてくれる気はなさそうですけれど」
「サルということは、他の動物もいるだろうな……」
「ええ、でしょうね」
ケプラーは恨めし気にサルを見上げ、また歩き出す。
サルのような動物がいるという事は、当然それらを食べる動物もいる可能性がある。
強気にふるまっているが、ケプラーの言う他の動物というのは大型の肉食獣だ。
「……ン」
二人の後を続いているバンは、近くの草むらがガサガサと揺れたのに気付いた。
口数が少ない彼なりに伝えようと手を伸ばした時、ケプラーのすぐ近くの草が大きく揺れる。
次の瞬間――。
「うわーっ!」
ただ、近くの草むらで物音がしたした、それだけで驚いたケプラーは走り出した。
「あっ、ケプラー!」
「……!」
自分を呼ぶサテラや身振りで伝えようとするバンを振り切り、一心不乱に走っていく。
遠くなっていくケプラーを追いかけようとした二人の傍を、草むらから出て来た真っ白いウサギの親子がピョコピョコと跳ねていった……。
「ウサギ……?」
「……ン」
サテラは可愛らしいウサギを見送ると、心底疲れたように溜息をついた。
ケプラーは普通にしていればそこそこ恰好がいいのだが、ふとした瞬間に残念なのだ。
いわゆる、残念イケメンというやつだった。
「うわぁあぁ! 止まらないぃぃ!」
そして、草むらにいたのが可愛いウサギだったということにも気づかないまま走っていたケプラーは、下り坂に差し掛かってしまい、完全に止まるタイミングを失っていた。
それどころか、悲鳴を上げながら高速で足を動かし降りていく。何と言う残念イケメンだろうか。
「ケプラー! しっかりしてください、白目を剥いている場合じゃありませんよ!」
サテラとバンは彼を追いかけていくが、完璧なフォームで走るケプラーは運動神経もいいのでなかなか追いつけない。
そうこうしていると、坂の下に林が見えて来た。
勢いを止めないケプラー、このままだと林に突撃してしまう。
「どうにか……石でもあって転べば止まるかもしれませんわ!」
そう言ったサテラだが、ケプラーが怪我をしてしまうのは無視している。
そして彼女の思惑通り(?)、ケプラーは転がっていた石に躓き前のめりにふらついてしまう。
このまま転んで勢いが止まるか……! と思った所で事態は一変する。
「転んで……たまるかァ!」
なんと、足をもつれさせたケプラーは体勢を持ち直し、さらに加速したのだ。
それにより、後を追う二人をグンと突き放していく。
「いや……そこは転んでくださいな!」
冷静なサテラは渾身のツッコミを入れる。確かに、転んで格好悪い姿をさらすことはないが、どこまでも残念なイケメンである。
バンがサテラを抜き、もう少しでケプラーへ追いつきそうになったところで、唐突に何もない所でケプラーは転んでしまった。
「ギャァアァーッ!」
急な下り坂をゴロゴロと転がり落ちていったケプラーは、下に広がっていた林に頭からズボッと突っ込んでしまう。
「ケプラー! 大丈夫ですか?」
慌てて追いついてきたサテラ、バンも林に入り込む。
「……えっ、えっと……」
突然の乱入者に驚いた奴らは、のんびりと果物を食べていた手を止め、目を丸くしてそれぞれ口を開く。
「……ケプラー? え、生放送?」
「イヤァーン! イケメンが出て来たわぁん! 生首よぉ!」
アース・グランはオレンジを持ったまま目を輝かせ、ミルキー・ウェイは両手で口元を隠しながら身をよじる。
「んなわけらあるかい! 今、あの坂から転がり落ちてきたんじゃろ!」
フレア・ソーラは特徴的な短いツインテールをポフポフと揺らしながらツッコミを入れた。
マイナー中のマイナー惑星『チキュウ』。
この何でもない林の中で二つのチームは出会うのだった。