第2話『コチラ、デブリです』
アース、ミルキー、フレアの三人が乗る宇宙船は、アメリカ上空を通過して東へ向かう。
そろって宇宙船の窓に張り付いている様子は、友人を越えて仲のいい兄妹のようだ。
「あらまぁ! 写真で見るよりもずっとキレイな青ね!」
大きな大陸の隣に広がる青い海原を見つめ、あまりの美しさにミルキーはうっとりと目を閉じる。
「本当じゃ、歴史の授業で習った通りじゃのう!」
その前にフレアが割り込む。興奮した彼女がジャンプするたびに、短いツインテールがポフポフと揺れている。
アースグラン号には重力操作装置がついており、いつも通りに動けるのだ。
「な? アストレイ星じゃなくて、ここにしてよかったろ?」
満足そうな二人にアースはドヤ顔で胸を張る。
アストレイ星とは、惑星そのものが大きな観光地となっており、『夜が訪れない永遠の日曜日』をキャッチコピーにしている、今話題で超人気のリゾート惑星のことだ。
当然、観光客も多く、まず着陸するにも長蛇の列が出来ている。
今回の旅行はアストレイ星も候補にあったのだが、せっかく免許と宇宙船を手に入れたのだから、遠くに行ってみたいというアースの提案だ。
「そう言やさぁ、最近、色んな惑星の温泉を紹介しちょるBOU TUBE配信者が居るんやけどさ! まだチキュウは動画になってないんよね」
アースは思い出したように手を叩き、チキュウを眺めている二人に話しかける。
「あら、ボーチューブね? アタシもたまに見てるわ」
「同じく、ぼーっと見られるでの。暇つぶしにはもってこいじゃな!」
ミルキーとフレアは振り返り、それぞれ頷く。
『BOU TUBE』は、毎日色んな動画がアップロードされていく有名な動画投稿サイトだ。
その中でもアースが気に入っているのが、更新頻度も動画のクオリティも高く、温泉を本当に愛している配信者グループの『オンセニスト』だ。
手元のタブレットの画面をタップしながら、アースは液晶に映った『オンセ二スト』の動画一覧を眺める。
「ふむ。温泉とは、また古風じゃのう」
フレアがそう言うと、期待で胸がいっぱいのアースはタブレットを彼女に見せつける。
「いや! ただ入るだけじゃない。メインのケプラーのスマートな惑星紹介もやけど、水質や効能もしっかり調べて特集する本格的なものなんよ!」
「そ、そうか。わしはまあ、ケティルを見る時くらいしか使わんがのう……」
「もーったいない! 人生損しとるばい! ほらここ、ベップの湯っていうのがあってね……?」
アースの熱烈な勢いに圧されたフレアは、「わかったのじゃ……」と苦笑いを浮かべる。
そこへミルキーが助け船を出す。
「あら、フレアちゃんって本当にケティルが好きよねん?」
「うむ。ケティルはわしの推しじゃからな! 当然、この旅でも一緒じゃ!」
頬に手をあてたミルキーがそう言うと、フレアは背負っているクマのリュックを下ろし、愛おしそうに抱きしめ、丸いケティルのお腹に顔を埋める。
宇宙クマのケティルは、クマのような見た目の可愛らしい姿をした、昔から人気のキャラクターだ。
そんな二人を横目に、タブレットを触っていたアースは、推し配信者である『オンセ二スト』の最新動画を見終わると、宝物を見つけた子供のように目を輝かせた。
「それにさ、ずっと昔のチキュウにも温泉があるっち知ってから、このオンセ二ストよりも先に来てみたかったんよな!」
そう言ったアースは、画面の中の『次回の配信日は未定』の文字を見て、にひひっと笑う。
そんな彼の様子に、ミルキーは手を組んで可愛らしく首を傾げた。
「んふ、アースったら夢見るオトコのコね! ついでに入っちゃってもいいじゃない? オ・ン・セ・ン!」
顔を見合わせ、まだ見ぬチキュウの温泉を妄想をしている二人に、フレアはやれやれと肩をすくめた。
「いや、チキュウに温泉があったのは何千年前のことじゃと……今でも残っとるかわからんじゃろ……」
「残ってたら絶対に入ってやるぜ! 大冒険ばい!」
フレアがそう言えば、アースは拳を掲げ屈託なく笑って言った。
彼は、興奮すると地元の方言がぽろっと出てしまうのだった。
「やめよ! そもそも、チキュウは見向きもされんマイナーの中のマイナーじゃぞ? 地質や生き物もじゃが着陸できるかもわからん!」
キッと顔を険しくしたフレアだったが、すぐにぷくくっと頬を膨らませて悪戯っぽく笑う。
「と、いいたいところじゃが……あるかもしれんのう! その時はわしらが、一番目じゃ!」
実のところ彼女も冒険が大好きなのだ。
「あ、見て! そろそろエジプトの上を通りがかる頃じゃない?」
ミルキーが窓の外の大きな大陸を指さして言う。
「そうやね! ピラミッド? とかあったよね、行っとく⁉」
アースはそう言って席に着き、宇宙船のオート走行システムを切って操縦桿を握る。
一定の速度で走っていた宇宙船はスピードを上げ、無数のデブリが漂う星の海をかいくぐりながら光の軌跡を残して進む。
楽しい仲間と航海は順調、そう思った時――。
突如、船内に危険を知らせる緊急アラートが鳴り響く。
「な、なになに⁉」
頭の中にガンガンと響く不穏なアラート音。
アースは動揺して宇宙船の全方位を映すモニターを見る。
だが次の瞬間、彼よりも早くモニターを見ていたフレアの鋭い声が響く。
「デブリじゃ! ものすごい数のデブリが飛んできておるっ!」
「どうしたっ⁉」
操縦桿を傾けながら、アースは目を見開いて聞き返す。
強化ガラスごしに、惑星や衛星の破片が見えてきたのだ。
「活きのいいデブリちゃんたちね!」
ミルキーも険しい顔で座席に着き、安全ベルトで体を固定すると、自分の前にあるモニターをタップしながら、拡大表示されたカウントダウンを読み上げる。
「衝突まであと四十五秒よ、アース!」
「わかっとる! フレア、ミルキー! しっかり掴まっとけよ!」
そう声を張り上げたアースが勢いよく操縦桿を傾けると、ふわりと漂っていたアースグラン号は猛スピードでデブリ群の間をかいくぐって行く。
ミルキーは重力操作装置と酸素供給機が無事なのか、しきりに確かめている。
のんびりしていたら高速で迫って来るデブリとぶつかり、たちまち宇宙船に穴が開いてお陀仏だ。
「んもう、次から次に……! まだチキュウの重力に囚われているのね!」
「しつこい輩は嫌いじゃ!」
遠心力に耐えている二人は、軽口を叩きながらも怯えていない。
なんだかんだとアースを信頼しているのだ。
やがてアースグラン号はデブリの群れを抜けた。
そう思った矢先、目の前に大きな衛星の部品が迫ってきた。
「……!」
「いやぁ!」
ここで集中を切らせれば終わる。
フレアとミルキーの悲鳴を背に、アースは夢中で操縦桿を握る。
瞬きをするのも忘れ、力いっぱい操縦桿を傾け、この大きなデブリをギリギリで避けた。
目の前をド迫力で通り過ぎていくデブリ。
「うっし!」
興奮で高ぶったアースは、躱しきれた喜びで両手を掲げ、ガッツポーズをとった。
「ぃよっしゃーっ!」
……そう、両手で渾身のガッツポーズだ。
主のいない操縦桿はガタガタと左右に振れ、急激に制御を失った宇宙船アースグラン号は、猛スピードのままグラグラと揺れて回転し、チキュウの上を突き進む。
「ちょ、ちょっと! ゴラァ! アース!」
「わぁあああ!」
ミルキーが野太い悲鳴を上げる傍で、また緊急アラートが鳴る。
「待て! 何か宇宙船が近付いて来るのじゃ!」
フレアがモニターを指さした先には、一隻の宇宙船の影と識別番号が表示されていた。
「えぇ⁉ アタシたちがぶつかりそうなんじゃなくて?」
「うむ! 向こうもすごいスピードなのじゃ!」
「それでも、このままぶつかったら俺たちがデブリになるじゃないか~!」
アースは、回転しすぎて目を回しながらも根性で操縦桿を引き、制御システムのボタンを連打する。
ポチポチポチ、とボタン音がし、アースグラン号は徐々に減速して体勢を戻していく。
だが、完全に止まる事は出来ない。緊急アラームは鳴りやまず、相手の宇宙船が眼前に迫って来た後――。
ガンッと鈍い音を立て、お互いの宇宙船は衝突した。
「うわぁあ!」
「キャァア! いやぁん!」
「くっ、あっちも止まれんかったか!」
衝撃で船内の壁に頭を打ち付ける三人。
無重力での衝突は恐ろしく、アースグラン号は抵抗虚しくチキュウの重力に捕まってしまった。
ガタガタと悲鳴を上げる三人を乗せた中古の宇宙船は、五千年以上誰も住んでいないチキュウへと落ちてしまった。
――――――
ふわりと何かが鼻先に落ちた。意識を失っていたアースが瞼を上げると、スナック菓子のゴミが顔にかかっていた。
アースはそれを剥がすと、覚め切っていない頭で思い出す。
「……ううん……そうか、俺たち……」
確か、デブリを避けていると他の宇宙船とぶつかってしまったのだった。
強化ガラスの向こうでは、鮮やかな緑の植物の葉っぱと、眩しい光が視界を遮る。
辛うじてチキュウに墜落するギリギリでパラシュートが開き、どこかに引っかかったのだ。
なんとか地面に直撃は免れたもののダメージは大きい。
「ん?」
顔に何かが引っかかり、手で払うと柔らかい感触がした。
もふもふと柔らかい感触がして、目をしっかり開けばフレアのリュック……ケティルが顔に乗っていた。
衝撃で彼女の肩から外れて飛んできたのだろう。
痛みを我慢しながら体を起こすと、アースグラン号のモニターの破片がパラパラと落ちてきた。
ケティルを小脇に抱えたアースは、我に返って辺りを見渡した。
「はっ! みんな、大丈夫か⁉」
「アタシはなんとかネ……」
「わしも大丈夫じゃ。ちと腰が痛いがの……」
大事な髪もぼさぼさになってしまったミルキーが、やつれたような顔で「安全ベルト様さまよねぇん」と呟けば、フレアも生気のない声で「本当にのう……」と答える。
「よかった……!」
アースはひとまず仲間たちが無事だったことに安心し、深い息を吐き出した。
「船内の重力操作装置のおかげで衝撃も抑えられたわね……」
「うぬ。なかったら終わってたのじゃ……」
ミルキーはのろのろと安全ベルトを外すと、ベルトが絡まってしまったフレアを助けてあげる。
フレアもまた、墜落した時の衝撃で疲れ切っているようだ。
この墜落でアースグラン号は壊れてしまったらしく、起動スイッチを押してもうんともすんとも言わなくなってしまった。
仕方がないので、三人は外に出ようと動かないドアを蹴り開けると、今まで嗅いだこともない匂いが鼻を通り抜けていった。
眼下には深い森が広がっており、青い空の遥か遠くには宇宙から見下ろしていた海が広がっている。
どうやら、パラシュートでチキュウに墜落し、運よくこの大きな木に引っかかっていたようだ。
強い風が吹けば、三人が立っている巨大な木の枝が揺れる。
そう、三人は今、人が誰も住んでいないチキュウへと足を踏み入れていたのだ。