第1話『コチラ、宇宙船です』
人類の半数が他の惑星に移住して五千年後。
新しい住処に移住する人間が増え、今や人が住まなくなってしまった地球。
長く放置された宇宙船の残骸や惑星の欠片である、宇宙ゴミが溢れる太陽系に、一隻の船が訪れた。
円錐型の小型の宇宙船は、ふらふらと頼りなく揺れ動き、やがて大昔に宇宙エレベーターが建造されたアメリカの近くまでやって来ると、ぴたりと動きを止める。
青い地球を見下ろす宇宙船の使い込まれて年季が入った装甲には、オレンジ色のステッカーで大きく『アースグラン号』と書かれている。
最低限の設備しかないこのボロ宇宙船の持ち主は、まだ十代後半の年若い青年。
ピヨッと飛び出たアホ毛の金髪と赤いメッシュ、赤い瞳にオレンジの作業服という独特の色彩センスを持っている彼……アース・グランは胸を弾ませ窓に張り付いていた。
「おお! あれがチキュウかー! 初めて見たけど、本当に青いなぁ!」
期待と好奇心で胸がいっぱいのアースは、宇宙船整備士見習いの給料でやっと買えたお気に入りの宇宙船が嬉しくて、全身がキラキラと輝いているように見える。
「やったわね、アース! でも、小型とはいえ宇宙船も最近は安くなったわねぇ」
甘い香水の匂いと妙に色気のある低音に呼ばれ、アースは苦笑い交じりにアホ毛を揺らして振り返る。
「いや~、免許の合宿に春休み全部使っちゃったけども!」
そう言って得意げに鼻の下を擦れば、目の前の大柄の友人は体をクネクネと動かし、野太い声で歓声を上げる。
「んもう、アタシらのためにアースったらカッコイイんだからぁん!」
やたら語尾にハートマークが付きそうな鼻にかかる裏声で褒めてくるのは、ミルキー。
本名、マルク・ウェイ。
自身の右側に可憐な女性の顔を表現し、左側には本来の性別である雄々しい男の顔を髭で表す、アースの友達の一人だ。
マルクが悩まし気に首を振るたびに、女性側の長い青緑色の髪がパタパタと揺れ、左側の剃り込んだ髪に彫られた『乙女』の文字がチラつく。
「それにしても、マルクとフレアが一緒に来てくれて嬉しいばい!」
うっかり方言をもらしながら、ははっ、とアースが右手でサムズアップをすると、雄々しき乙女、ミルキーが不満げに白いリップを塗った唇を尖らせる。
「ノンノン! 言ってるでしょ? アタシは、ミ・ル・キー? んもういやねぇ……」
「すまーん! 乗船リストに書いとったけ……!」
うっかり呼び間違えてしまった事に苦笑いを浮かべるアース。
ミルキーも本気で怒っていないので、投げキッスを返している。
そんな仲がいい友人二人の後ろで、液晶タブレットを眺めていた小柄な少女が口を開く。
「そんなことより、せっかくチキュウまで来たんじゃ!」
そう言った少女は、古めかしい喋り方をしているが、あどけなさが残る顔立ちをして可愛らしい。
水色の短いツインテールと肩まである柔らかい髪、青を基調としたフリルがあしらわれたスカート。
背負ってるクマのリュックと相まって、より幼さが強調される。
彼女の名前は、フレア・ソーラ。
アース、ミルキーと遊びに来た友達だ。
「たとえ中古の宇宙船でも、存分に楽しもうぞ!」
フレアは座席から降りると、吊り目がちな黄緑色の瞳を細め、二ッと笑った。
「フレア! 中古って言うなよー!」
「フレアちゃん! そうよね!」
口では責めているアースだが笑顔だ。ミルキーも口元に手をあて、ニコリと笑う。
アース、ミルキー、フレア。
同い年の仲良し三人組は、買ったばかりの中古の宇宙船で出かけ、はるばる遠く離れたマイナー観光地『チキュウ』へ旅行に来ていた。