38話 虚偽または真実
「………………ここは……」
目覚めるとここはいつか見た真っ暗な海だった。少し違うのは前回よりほんのり明るいことぐらいだ。そして1人の少女が足首程の波のある海をポツンと佇んでいた。こちらの存在に気づいたのか少女は嬉しそうに波の中を駆け寄ってきた。
『旦那様! またお会いできましたね』
嬉しそうな彼女と比べ、星弥は恐怖のあまり身動きが取れなかった。明るくなったことで顔が鮮明に見えるようになり、真っ黒な瞳、髪、ドレスが不吉なようで仕方なかった。そして1番不気味なところは彼女が陽とそっくりなことだ。
「……君は……一体誰なんだ……」
勇気を振り絞って出した声は少し震えていた。星弥の問い掛けに彼女はとても悲しそうだった。
『……そんな………私です! ソラです! あなたの妻です!』
「……妻……?」
『そうです!』
「……俺は未成年だ……結婚していないし、もちろん妻もいない……」
『………やっぱり…………あの女が良いのですか?』
あの女? 誰のことだ……
『そんなとぼけたお顔をされても無駄です! 陽という女が良いのでしょう?!』
なんで陽が好きってことこいつにバレてんだよ!
『なぜ………なぜです……旦那様………あいつには龍の血が流れていないのですよ!』
龍の血?
『私には龍の血が流れています! あいつは旦那様にふさわしくありません! ふさわしいのは私です!』
「ふさわしいとか関係ない! 俺が好きなのは陽だけだ! 好きな人を、大切な人を悪く言うのは許さない」
あまりの鬼迫にソラは思わず一歩下がってしまった。
『……約束したのに……』
ソラが何かをボソボソと言い始めた。
『……私を幸せにするって約束したのに! 嘘つき!』
何を言ってるんだ……約束なんてした覚えが……
『ずっと……ずっと待ってたのに! この体が朽ちても待ち続けたのに! 旦那様の嘘つき!……………違う………旦那様が悪いんじゃない………そうよ…………あの女が悪いのよ………安心して旦那様、私が目を覚ましてあげる』
近づいてきたソラは星弥を優しく抱き締めた。星弥は彼女の狂気さに怯えていた。
『私の愛しい旦那様……ソラが旦那様を縛る悪女から解き放ってさしあげます……待っていてください……まだ旦那様は真実を知らないだけです……聖力も……独力も……』
満足したのか彼女は煙のように姿を消してしまった。
目を覚まし起き上がった星弥は全身汗びっしょりだった。
「主……大丈夫にゃの?」
「……あぁ…………」
あれは……夢なのか…………それとも現実なのか……なんだったんだ………
「なぁセレサ………」
「にゃんにゃの?」
「最近……陽にそっくりな女の子が夢に出てくるんだ……でも陽とは違って……見てるだけで鳥肌が止まらなくて、恐怖が勝つんだ……」
「……主……未熟にゃセレサじゃその悪夢を解決する方法はわからにゃいにゃの……」
落ち込むセレサと悩む星弥の耳にインターホンの音が鳴り響いた。両親、妹共に留守にしているので仕方なく1階に降り、扉を開けた。そこに立っていたのは神之橋火卯我だった。
「迎えに来ました。京極星弥」
「………………………あっ!」
「まさか……忘れていたのですか?」
星弥は前回学校で起きた騒動について絢斗に尋ねようと思っていたのだ。そのことを陽に相談すると迎えの者を行かせるから家で待っていてほしいということだった。その迎えの者が火卯我とは思わず、一瞬忘れてしまっていた。
「大丈夫、しっかり覚えてたけど……まさかお前かよ」
「操られていたとはいえやったことは大きいですから、今は奉公中です。今日はその1つの任務、あなたの送迎です。さぁ早く着替えて、車待たせてあるので」
火卯我に無理やり扉を閉められ、慌てて着替えた。戸締りをし火卯我が乗っている車に乗り込む。膝の上にはもちろんセレサがいた。
「出してくれ」
合図とともに車が動き出した。
「絢斗さんは用事があって少し遅れるらしい、それまで陽ちゃんとお茶して待ってて」
「あぁ………………………なぁ…」
「何?」
「聖力と独力ってなんだと思う?」
「龍が巫女に与えた力のことじゃないの?」
「そうなんだけど……」
夢に出てきたソラが言ったことはなんだったんだろう……まだ知らない……俺は自分の使っている力について無知だ……
星弥が考え込む中、車はいつの間にか神之橋邸に到着していた。
「着きましたよ。そういえばあなたにお伝えしないといけないことが」
「なんだよ」
「この家は今、2つの派閥が存在しています。1つが遊冥さんの考えを尊重し、支持するもの。もう1つが神之橋裕地郎の意志を継ぐもの……この意味分かりますか?」
「まったくわからん」
「はぁ……そうだと思いました……あなたは裕地郎を倒した……つまり後者のもの達に妬まれいるんです。邸宅を移動する際はくれぐれも1人にならないように」
考えもしなかった……神之橋が派閥割れしていること、それを自分がやってしまったこと……ふと思ったなんで自分は普通に生きたかったのにこんな目立つことをしてしまい、今も首を突っ込もうとしている。
あの日俺の人生が変わった気がする。
「いらっしゃい! 星弥くん!」
火卯我に案内され陽の自室へと来ていた。ちなみに火卯我は遊冥に呼び出され席を外している。
「紅茶、砂糖とかミルク入れる?」
「ミルクお願い」
陽が紅茶の準備をする横でセレサがギャランを追いかけている。小さくなったギャランはセレサから見れば蝶々のように見えるのだろう。
「どうぞ」
「ありがとう、今日は柴野家じゃないんだな」
「うん、先週は柴野家にいたから今週はこっち。ねぇ星弥くん……」
「なに?」
ふと陽を見ると陽は顔を真っ赤にして星弥の手を握ってきた。
「あのね………私………」
なんとなくこの後の言葉を察したのか星弥の顔も真っ赤になる。2人は何も言わず見つめあっていた。しばらくして陽が口を開いた。
「私………ね………………星弥くんのことが………」
「お待たせいたしました」
陽の言葉を遮るようにして絢斗が部屋の扉を開けた。2人は慌てて平静を装った。
「すみません、邪魔してしまったようですね……出直してまいります」
「いやいや! 大丈夫ですから!」
「普通にお茶してたので大丈夫です!」
「そうですか? …………では例の話をいたしますので場所を変えましょう」
そう言った絢斗の後ろを着いていくとそこは大きな書庫室だった。絢斗がいくつかの本を移動させるとそれが暗号だったのか本棚が動き出し、扉が現れた。
「どうぞ」
くぐり抜けるとそこは多くの研究の後が残され、鼻をつく臭いがした。
「ここは?」
「ここは私と遊冥様しか知らない秘密の研究室です」
「こんな所があるなんて知らなかった……」
「陽お嬢様にも秘密にされてましたからご存知ないはずですよ。さぁそこに掛けて」
星弥と陽が少しボロいソファに腰かける。目の前の机に絢斗が山積みの資料を置く。
「では……話を始めましょう。今回起きた騒動ですが、原因はこの薬です」
見せてきた薬はラムネのようなもので知らなければ美味しそうに見えるだろう。
「ラムネ?」
「ラムネに見えますがこれは聖力増幅薬というものです」
「「?」」
星弥と陽が首を傾げる。
「聖力は大抵生まれた時から決まっています。ただ成長で数%の誤差が生まれる場合もあります。この薬はその誤差を数十%も引き上げる危険なものです。端的に言いますと弱い者が強くなれる違法ドラッグです」
「なんでそんなものが……」
「この薬は以前まで神之橋裕地郎が独占しており、ほとんどをやつが買い占めておりました。しかし、やつが死んだ今、取り引き先が無くなった販売業者は安価に売り捌き始めたという感じです。そして聖力の低さにコンプレックスを抱く中学生、高校生になぜか無料で渡している。これが今わかっている情報です。販売元が何を考えているか、これをどのように入手しているかは未だ不明です」
「それじゃあ元凶を叩かないとこの前みたいなことが起こり続けるってことですか?」
「ご名答です」
絢斗がにこっと笑った。
「もしかして……最近水琴たちが忙しそうにしてるのは……」
「その薬に適合しなかった、または何らかの理由で凶暴化した人を倒しに行ってるのですよ」
最近やけに見る街が破壊されるニュース……あれはこの薬のせいだったのか……ん?……………待てよ……俺こんな薬使ったこともないのに聖力爆増してるんだけど……………よし……………黙っとこ
「それでお2人に話したのはもう1つお願いがあるのです」
「「お願い?」」
「どうやら最近、翠雨高校で取り引きが行われているようなのです。内密にこの薬を探してだしていただけませんか? もちろん報酬はご用意させていただきますので」
「2人でですか?」
「いえ、ツバサ様には既にお話ししてありますので実質3人でということになります」
なぜ………翼に……
「こう見えてツバサ様と友なのです」
「はぁ………………いいですよ、やります。ただ報酬はいりません、俺は金目当てに人を助けたいわけではないので、これは俺の善意でやりたいことなんです」
その言葉に絢斗は目を見開き、懐かしいものを見るかのように微笑んだ。その目はどこか嬉しげで悲しげだった。
「ではお願いします」
「はい! あの…………1つお願いを聞いてもらえませか?」
「どうぞ」
「俺に聖力と独力について詳しく教えてください! 自分の使う力について詳しく知りたいんです!」
「いいですよ」
「即答?!」
もう少し渋られると思ってたのに……
「あなた様に教えることなどないと思いますが………そうおっしゃるなら私めにぜひやらせてください」
「!ありがとうございます!」
「では、毎週金曜の放課後に行いましょう。陽お嬢様もお受けになります?」
「もちろんです!」
こうして俺たちは秘密の任務にあたることになった。
『旦那様は……あのようなやつと一緒にいて楽しいのですか?』
寝たはずの星弥はまた謎の空間にソラという少女と共にいた。
「楽しいよ……」
『そう……ですか……………知ってますか? 陽は物心ついた時から男だったのに簡単に女であることを受け入れた理由……それはあいつと私が一体であるからなのですよ。つまり私はあいつと同じ存在なのですよ。だから旦那様……………私も愛してください」
「俺は君を愛することはない、俺が好きで、愛したいと思うのは陽ただ一人だ」
「……………旦那様すべてを思い出した時貴方はきっと後悔する…………あいつを愛してしまい、私を裏切ったことを……私は旦那様を諦めるつもりはありません。また夢で逢いましょう」
別れの挨拶を告げたソラは大きな波に呑まれ消えてしまった。その日星弥は2つの夢を見た。ソラと話した夢そしてもう1つは………
『奥様! お待ちを!』
美しい翼を持つ少女と翼を下げ気だるげな少年がソラを追いかけている。
『ビエント、ネロ、早く! こんなに美しい花畑駆け回るの初めて! そうだ! 旦那様に花冠を作りましょう! 2人とも手伝って!』
『もちろん…………です………』
『妾たちにお任せを』
3人で力を合わせぎこちない美しい花冠が完成した。使われた花は地球では見た事もない光り輝く綺麗な花だ。
『ソラ、ここで何をしているんだい?』
綺麗な純白の髪を持つ青年がソラへと近づく。その青年の後ろには太ももまである朧花色の髪を揺らし、美しい翼を持つ少女がいた。
『旦那様! 旦那様にこれを渡そうと思って』
ソラが旦那様と呼ばれる人に花冠を見せた。それを見た旦那様は優しく微笑む。
『ありがとうソラ、とても嬉しいよ。良かったら僕に着けてくれないだろうか』
『はい!』
屈んだ旦那様の頭にソラが花冠を着けた。
『似合うかい?』
『とてもお似合いです』
『ビエント、ネロ、君たちはどう思う?』
『とても……お似合い……です……』
『貴方様に似合わぬものなど存在いたしません』
『そこまで褒めてもらうと照れるな……3人ともありがとう。ソラ、昼食の時間だよ。そろそろ戻ろうか』
『はい! 旦那様!』
ソラが旦那様の腕に抱きつき大きな宮殿のような場所へと帰っていった。
幸せそうな空間。ここに現れたソラは海で佇む寂しげで恐ろしく全身真っ黒な少女とは違い、美しいドレスに月白色の輝く髪を持っていた。それは陽とそっくりでソラが言っていた一体であるのは事実かのように思えた。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
ソラとは一体星弥にとってどのような存在なのか……ぜひ考察してみてください。




