行く先|〇九
「思ったより早かったな。」
「そうだな。」
「……」
短い会話が先程から川辺に設置された長椅子に座っている二人から群発している。
相手はもちろん
「海士は行くのか?戦場に。」
「…もちろんだ。」
前屈みになって椅子に座っている海士の顔は見えないが
その言葉からは少し恐怖を感じたような気がした。
遂に俺たちの初の行く先が決まったのだ。
場所はハルヒン・ゴル。アムール共和国とモンゴー・オルスの間にある川。
アムール共和国の国軍とモンゴー・オルスの国境警備隊の間で起こった
国境紛争に皇国はアムール共和国と結んでいた防衛協定を理由に
この紛争に介入することを決定した。
そして俺たちはそれに派遣される第十三特機大隊に配属されることになった。
俺は海士とは逆で背を後ろに倒し空を仰ぎながら言った。
「…お前ならまだ間に合う。今からでも親御さんに頼んで
参謀将校になるかできる。」
牟奈瀬家は現海軍大将を筆頭に多数の海軍の高級将校を抱えている。
親の権力を存分に使えば今からでも後方勤務に就くことができる。
少しの沈黙の後、唐突に海士が口を開いた。
「…あの日、家に帰って久しぶりに家族に会ったんだ。」
俺は海士のその言葉をじっと聞き入った。
「なんか知らないけどさ、俺泣いたんだよ。そしたら何か軽くなった気がして
思っちまったんだよ。ずっとこうしていたいって。」
その気持ちはわかる。これからむかう場所は戦場だ。
二度と家族に会えないかもしれない。二度とこの場所の土を踏めないかもしれない。
死んだ者は二度と帰らない。俺たちが行く先は戦争なのだから。
「初めて特機兵の適正検査したあの時からずっと信じてた。
俺は特機兵になって親父達とは違う道を進むんだって。
あの時覚悟してたはずなんだよ…。
わかってたはずなんだ、こんな日が来る事を。
そのための覚悟だったはずなんだ。」
俺はただ聞いていた。相槌も打たず海士の言葉をただ聞いていた。
「けど…俺は道を決めたんだ。
一度決めた道を変えるなんてことはしたくない。」
海士は何か決心したような顔で膝に乗せていた拳を握りしめる。
そして少し赤くなった目をこちらに向け、
長年一緒にいるが見たこともない程の真剣な面持ちで俺にこう言った。
「覚悟できたよ。」