落下|一六
時刻14時48分 高度12000
連邦所属第308爆撃機隊及び第273戦闘機隊
ハルヒンゴル空域に到着
「目標までの距離…残り9500ぐらいか?もう少しで今回の任務も終わりか。さっきの特機も楽勝だったしスリルが無いねぇ。」
さっきから独り言を喋っているのは連邦所属の第273戦闘機隊隊長のニコライ・クズネツォフである。
彼等は所謂精鋭と呼ばれるものであり数多の敵の撃墜を誇ってきた。
そして先程またその数が増えた。
こちらの爆撃機隊が見えた皇国兵は果敢にも撃墜しようと試みたが彼らがそれを台無しにした。
彼らにもそれなりのそれなり被害が出たが依然として戦闘続行は可能である。
連邦の対空火器には被害が出たがその代わりに皇国の基地に爆弾を喰わせれば御の字だ。
「戦闘機に生身の人間が勝てるわけないですよ、隊長。」
そう言っているのは副隊長のイゴール・パヴェンコである。
連邦で初めて正式に編成された戦闘機隊の頃から一緒にいる歴戦の部下である。
「それもそうだな。敵の対空兵器だけは気をつけろよー。」
欠伸しながら答える。
雲を抜け皇国の基地まで残り8000程度まで接近した頃、双眼鏡を覗いていた編隊機から通信が入った。
「敵特機兵発見!数3!本機から75度の方向、高度僅か!」
報告後すぐに確認する。確かに宙に浮いている敵がいる。だが、
「もう死に損ないだろう。上がって来るなら撃墜するが、燃料も少ないから無視だな。」
目標はあくまで皇国の基地を叩くことで敵を殺すことではない。邪魔になる敵は殺すが必要不可欠な殺しを許容できるほど時間も無いのだ。
発見した敵を放置し、ただ飛行を続ける。
上空の戦闘機と爆撃機はこちらに向かってこない。低空飛行での戦闘は特機に有利があるから、それを考慮してのことだろうか。しかしアイツらが向かっている方向は皇国の司令部がある方向だ。爆撃されたらこの地での指揮系統の麻痺が起こる。皇国兵は大きく弱体化する。それだけは防がなければならない。
「ッチ…!」
残り僅かな魔力を飛行術式のリソースに回し高速での上昇を行う。耳が痛い。風の轟音が中に響く。
(間に合うか…!?)
生身の状態では喋ることすら出来ず心の中で呟く。
無理な飛行で背中に背負っている墳進器は悲鳴を上げ、法器は今にも破裂しそうな輝きを放っている。
それでも
「とど…け!」
潜っていた雲を抜け、銃の引き金を引く。
赤い光が銃身を伝い輝く弾丸が発射される。
赤い閃光が空を切り裂き機械の塊に迫る。
閃光は敵の機体の後方を貫き彼方へ消えてゆく。
(何が起きた)
雲の横を通り目的地に向かってた時だ。編隊機の様子を見ようと後方を振り向いた瞬間、赤い光が4番機の機体のエンジン辺りを貫き爆発四散した。即座に先程の光の軌道の下へ向かう。
(さっきの死に損ないか…?まだ動けたのか!)
様々な思考を巡らせる。
「隊長!お供します!」
通信機からイゴールの声が聞こえてくる。
「頼む!」
短く答えてから敵がいるであろう場所へ向かう。
他の編隊機からも通信があるが爆撃機の護衛を続行するように命令する。
あくまで任務は爆撃だ。ここで相打ちになっても爆撃の任務は遂行させる。
2機の戦闘機は下降し戦闘の用意をする。
雲が晴れ、辺りを見渡す。
そこには撃ち落とすべき敵が1人いた。
さっきの攻撃で位置が割れたらしい。
逃げる魔力もさっきので切れた。
こうやって高度を維持するのが限界だ。
前の世界のアニメならここで覚醒でもして全部解決したのだろう。
だがここは戦場でありそんなことは起こりえない。
奇跡を神に願う。だが戦場の神は多忙の身らしい。
遠くに見えていた敵機は既にそう距離もなく、銃口をこちらに向けている。
詰みだ。
大口径の機関砲の斉射を浴びれば一瞬で体が崩壊する。
目を閉じ、静寂が訪れる。
墳進器への魔力供給が途絶え、体は意識と共に下へ落下する。
下にいた筈の味方の声が上から聞こえる。
落ちる。落ちる。落ちる。
戦場とは無情なものだ。
戦場とは残酷なものだ。
慈悲など無く、祈りも誰にも届かず、声も届かず、黒のヴェールが目を覆う。
善となろうと悪になろうと人にとって死というものは一瞬に訪れるのだ。