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青いウサギはそこにいる  作者: 鈴木志稀
紅葉館のジュリエット
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紅葉館のジュリエット②

「先輩方はもっと筋トレが必要や思います」

 放課後の体育館。ステージの上を練習場所にあてがわれているダンス部の部員を前に新入部員の森澤瑞稀は上級生らに向かってそう言った。

「はぁ?」

「筋肉があらへんから身体使えてへんでリズムに追いつかへんのやと思います。そやからズレるし角度も合わへん」

「それってうちらが下手って事?」

「そうなりますなぁ」

「まあまあ、今はまず振りを入れるのんが先やさかい、慣れてきたらいけるで」

「そやけど先輩たち一年以上は踊ってるんですなぁ?」

 瑞稀は更に追い込むように言った。誰も言い返せない。

「それでなんで足捌きすらまともに出来ひんのですか?」

「しっかり練習しとったら、普通はダンスに必要な筋肉は付いてくるはずです」

「目標は全国ダンス部選手権優勝やら言うてますけど、出場の間違いと違いますか?」

 瑞稀は静かに、しかし一気に捲し立てる。

「なんやバカにしてるんか⁉︎」

 瑞稀は大袈裟にため息を吐くと部長に向かってこう言った。

「わからへんの? 呆れてるんです」

 瑞稀とダンス部の言い争いに驚き、練習の手を止めていた他の部の人間たちに、ダンス部員たちがクッと息を飲む音が伝わる。

「私なんかやってもやってももっと上手ならなって思てるのに、誤魔化して出来た風に見してる人らに注意もしいひんでほんでも部長ですか。思い出作りに大会に出てキャッキャしたいだけなんちゃいますか?」

「あんた上級生に向かって――」

「ジュリエットとか呼ばれてお姫様気取りなんとちがう?」

 ダンス部の数人が瑞稀に向かって叫ぶ。それを部長らしき女生徒が抑えていると、部活動の終了時間を告げるチャイムが鳴り始める。

「ティックトックに動画でも上げて、仲間内でイイねとかコメントで褒め合ってる方がええんやないですか?」

 瑞稀は厳しい目をしてダンス部員たちに向けて言い放った。


 同じ頃、環は優里と涼子と教室にいた。

「で、学祭のバンドメンバーって見つかったの?」

「あかんなぁ、部に残っとるんのは出涸らししかいぃひんし」

「もう誰でも良うなってきたわ」

 環が机に突っ伏すと優里はスマホを取り出してマクドで大智からもらったメッセージを見て。

「たまちゃん、大智が言ってた子にも聞いてみる?」

「ああ、ミュージカルかぁ」

「え、なになに?」

「大智に歌上手い子おるって聞いたんよ。5組の森澤瑞稀って」

「5組の森澤みず……って、それ紅葉館のジュリエットじゃん!」

「りょーちゃん知っとる人?」

「有名だよ。すっごく可愛いんだけど性格がめちゃくちゃキツいって」

「やっぱし合わんな」

「演劇部の自己紹介でミュージカル好きって言ったらクスって笑った部員がいて、言い争いになって入部断られたって。それでミュージカルとお姫様に引っ掛けてジュリエットって言われてるんだよ」

「アホちゃう?」

「たまちゃん次第やけど、このまま誰もいィひんならいっぺん会うてみてもええんとちがう?」

「なになに? 戦うの? 紅葉館のジュリエット対軽音のロック様じゃん。めっちゃ熱くない?」

「ロック様ちゃうしー」

 ガバッと机から顔を上げると環はイヤそうに呟いた。

「まあまあ、二人とも今日は部活ないんでしょ? ドーナツ食べに行こうよ」

 涼子はそう言うと教室の出入り口へと駆け出し二人へ手招きする。いたずらっぽく笑う表情が可愛くて憎めない。やれやれと環は机に掛けてあるメッセンジャーバックを手に取ると優里と一緒に涼子に付いて教室を出る。

 教室で話し込んでいたのもあって、廊下に出ると下校する生徒はまばらだった。軽音楽部は人数が多いせいでローテーションで教室が使えないバンドが出て来る。今日は環と優里が所属するCチームのバンドが休みの割り当て日だ。吹奏楽部が練習している音色が遠くに聞こえる。

「吹部みたいに毎日音出せるとええのになァ」

 優里が愚痴る。

「吹部は全国出てるし期待されてるんじゃない?」

「寺の子やら家に蔵ある子が入ってくれたら練習し放題なんやけどな」

「たまちゃん現実見な」

「もう二人とも、早くドーナツ行こうよ!」

――なんなん、あの森澤ってヤツは!――

 体育館の方から歩いて来た五、六人の女子生徒グループとすれ違った時、聞き覚えのある名前を耳にして環ら三人は立ち止まる。その集団を目で追うと、なにか揉めているように見えた。その中に見覚えのある顔があったので涼子は声を掛ける。

「林さんじゃん。どうしたの? なんかあった?」

 林と呼ばれた女生徒は、涼子に気付くと「ちょい待って」と周りに伝え、涼子の元へやって来る。

「鈴井さん、帰り?」

「そう、これからドーナツ行くんだ。林さん今、森澤さんって言ってなかった?」

「森澤さんならまだ体育館におるんとちがう? まあ、ちょっと揉めたんよ。また話すわ。ごめんな」

 手を合わせ涼子に侘びながら林は先程いたグループの方へと戻っていく。

「なんやったん?」

「誰?」

 林が離れるのを見て二人は涼子に尋ねる。

「5組にいるダンス部の林さん。森澤さんと揉めたらしいよ」

「今度はダンス部かァ、問題多い子ォなんやな」

「わがままジュリエットやな」

 下駄箱を少し先に行けば体育館だ。

「その森澤って子ぉはまだ体育館におるんかな?」

 環が体育館の方を見ながら呟く。

「林さんたちが今来たってことはまだいるんじゃないかな?」

「ちょっとどないな子ぉか見に行かへん?」

 環の提案に優里も面白そうに頷く。

「ええな!」

「ちょっとドーナツは⁉︎」

 目を見合わせると環と優里は体育館の方へと向かう。

「ドーナツぅ……」

 仕方なく涼子も二人の後を追う。校舎と体育館を継なぐ外廊下から、側面の扉が開いてるのが見えた。環はその扉からそっと中を覗く。中には制服を着た女生徒が一人立っているだけだった。

「あれが森澤瑞稀もりさわみずきか」

 ミディアムロングの黒髪を襟足あたりでひとつに結び、悔しそうな表情を浮かべた瑞稀が立っている。160センチを少し超えそうに見えるが華奢で体の線が細く、トップスインしているのでウエスト部分が目立ってスカートが綺麗なAラインを描いている。

「腰高ッ、めっちゃスタイルええなァ……」

「声掛けてみる?」

 涼子が環たちに小声で尋ねたその時、瑞稀はわぁーっと大声をあげる。

「ムカつく。なんなんアイツら。自分らが真剣にやってへんだけとちがう?」

 瑞稀はポケットからスマホを取り出すとミュージックアプリでヒップホップの音楽をかける。

「身体の使い方からなってへん。ヒップホップならこう!」

 リズムに合わせて身体を動かし、脚を交互に動かしながら。

「ポップコーンツイスト!」

 サイドステップを挟みながらボックス、パドブレとジャズやクラシックでも使われるステップを踏み、左右のフロント、バックでキックする。そのまま脚の振り幅を大きくすると、ドラムンベースに移る。

「ランニングマン」

 三代目 J Soul Brothersの『R.Y.U.S.E.I.』で有名になったランニングマン。シーウォークからロジャーラビットへと動きを変える。

「ツイスト!」

 そこからツイスト、ポニーからリープホッパーへ。

「で、シャッフル!」

 マイケル・ジャクソンのムーンウォークにも似たような重力を感じさせないシャッフルをみせる瑞稀。そのまま2回転ターンを決めてフィニッシュする。

 ゼエゼエと苦しそうに肩で息をすると吐き捨てる様に言った。

「バレエしかやってへんけどYoutube見て練習したらこれぐらいできるんや」

 瑞稀は悔しかった。小学生の時に学校の演劇教室で初めて見たミュージカルに憧れて母親に頼んでバレエ教室に通わせてもらった。バレエ以外のダンスも習いたかったけど、家がそんなにお金無いって思ってたから言い出せずにいたし、高校入ってからバイトを始めてボイトレにも通うようになった。どんなに練習しても自分の理想には近付けない。それなのに演劇部もダンス部も真剣さが伝わってこない。瑞稀は天井を見上げると「つまらんな」と呟いた。

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