溢れ出すミュージック④
火葬の間、火葬場の待合室では仕出しの弁当が出ていた。
故人を偲びながら、和やかに思い出を語る場だが、会場が入りきれなくなるほどの葬儀とは打って変わって、瑞稀と叔父と叔母、およびバンドメンバーの四人だけだった。
収骨の際、瑞稀の母のお骨は、ほんのりピンク色に染まっていた。これは、棺に入れるときに瑞稀が選んだ赤い服が作用したようだが、それを見て瑞稀は言った。
「お母さん、最後までおしゃれやね」
火葬場を出て、駅へ向かう道、瑞稀が立ち止まる。
座り込む瑞稀。
「わたしが……わたしがお母さんをひとりぼっちにさせてしまった……ずっとふたりで生きてきたのに、最後に……最後に……」
「瑞稀……」
その肩にののかは優しく手をかける。
「お母さんは本当は寂しかったんだ。わたしが……わたしが本当はオーディションに行きたかっただけかもしれない……わたしがあのとき……」
環が座り込む瑞稀に抱きつく。
「そんなことない……そんなことない……だから泣かないで、瑞稀」
環は瑞稀を抱きしめる。
泣きじゃくる瑞稀。環も、優里も、ののかも、舞星も何も言えなかった。
そして瑞稀とは連絡が取れなくなる。
その日、環を始め、バンドメンバー四人は、レンタルスタジオ「ジミーちゃん」に集まっていた。
「学祭は諦めなな」
ののかがそう口火を切る。
今日は金曜日。瑞稀と連絡が取れなくなって二日。学園祭のステージは日曜の十七時だ。
「出れるはずないやん、瑞稀があんなんなっとるんや!」
舞星が叫ぶ。
「そやな、なに言っとるんやろな、うちは」
重い空気が全体を包んでいる。
あぐらをかいて座っていた環が声を上げた。
「出ないと」
「はぁ?」
優里が聞き返す。
「出ないと! うちらが落ち込んでたらあかん! うちらが瑞稀の……瑞稀のために演奏せんと!」
「たまちゃん……」
ののかが膝を叩いて立ち上がる。
「よし、いっちょやるか! 瑞稀のために」
環は、そう言うののかの手を取る。
「のんちゃん、ありがとう」
「まあ、うちらもともとインストバンドやからな」
優里が言うと、環は大きく頷いて言った。
「瑞稀のために」
「「「瑞稀のために」」」
学園祭のステージに向けて「よもゆりプラス」のメンバーは走り出す。
学園祭のステージの持ち時間は十分。曲目は、舞星の作曲した曲のダイジェストで五分、もう一曲はレッド・ツェッペリンの「移民の歌」に決まった。
瑞稀は、マンションの部屋で布団にくるまっていた。
配信のアニメを流すが、内容がまったく入ってこずに時間だけが経っていく。
「なにか食べんと……」
フラフラとキッチンに向かい、ポットでお湯を沸かす。
そして、母が好きだったコーヒーを淹れる。
そのとき、宅配便がインターフォンを鳴らした。瑞稀は玄関に置くようお願いしてその荷物を受け取った。
それは、母が勤めていた化粧品会社が経営する有名なパーラーからで、宛先は「森沢尚美」、母が注文したネット通販だった。中身は瑞稀が子供のころから大好きな焼き菓子と、先日会社の友人たちと行って「すごく美味しかったから、今度みーちゃんにも食べさせてあげるね」と言っていたチーズケーキだった。
「こんなの……こんなのいらないのにぃ……」
いらないから、生きていて欲しかった……。
瑞稀はお腹の奥から悲しみが突き上げてくるのを感じた。それは喉を通り、気管を通って口内に達する。上を向き、クワァっと口から、その悲しみが出て行き、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
母は昔からなんでも瑞稀のことを優先してきた。
外で美味しいものを見つけると瑞稀の分を必ず買い、休みの日は必ず瑞稀と一緒にいた。そんな母はもういない。
瑞稀はそのチーズケーキを冷蔵庫にしまおうとする。そのとき、母が瑞稀に買いに行かせたカレーの材料が目に入った。
「お母さん……」
チーズケーキの包装紙を剥がすと、ひとつ食べてコーヒーを飲んだ。それからカレーの材料を出してカレーを作った。
冷蔵庫から、母が炊いて冷凍したご飯をレンジで温めると、できたカレーを食べる。
「お母さん、カレー作ったよ。一緒に食べようね」
そう言うと、キッチンにあったラジオがタイマーで鳴り始めた。ラジオのジョッキーが曲を紹介する。その曲は、母が昔好きだった「鼓動―KODO―」という曲だった。その曲を聴いて、瑞稀はデスクに向かい、一心不乱に詩を書き殴った。
そしてその詩を書き上げると、これまでの疲れが出たのか、その場で眠りに落ちていった。今までが夢だったように。
学園祭当日、賑やかな校内とは別世界のような静かな控え室。そこに環たち四人はいた。がやがやとした声が遠くから聞こえる。
そこへ瑞稀が入ってくる。
「瑞稀!」
環が立ち上がり叫ぶと、皆、瑞稀の元へと駆け寄る。
「心配したんやぞ」
ののかが安心したように言った。
瑞稀はののかに向かい、書いてきた詩を差し出す。
「ごめんなさい、詩を書き換えてきました」
ののかは、その詩を読むとニヤリと笑った。
瑞稀が続ける。
「みんな、このステージ、うちにくれへん?」
環が呼応する。
「大丈夫、これは瑞稀のためのステージやから」
みんなが頷く。
「で、この曲のタイトルは?」
ののかが瑞稀に聞いた。
「ハートビート・クラブ・バンド!」
学園祭のステージ。壇上には一年生と二年生のユニット「YOLOずやポテト」がオリジナル曲「マリージョンのお店で待ってる」を演奏している。ハワイアンと沖縄の曲を融合したような、涼しげで楽しい曲。
曲が終わり、いよいよ環たちの番だ。
ののかが用意されたローランド FA-06-SCのサイドテーブルにMacを置いてケーブルに繋ぐ。優里がシンバルを調整しながらキックペダルで音を確かめ、環が調整したマルチエフェクターのGシステムをセンターに置くと、銀色のペダルチューナーで調弦する。舞星はエフェクターボードを置かず、ペダルチューナーで一気にチューニングを合わす。
ののかがシンセでAの音を叩く、それに合わせてオーケストラのようなチューニングが始まる。優里のドラムがその音を締め、カウントが始まった。
ののかのシンセがピアノをメロディアスに奏で、曲が始まる。
「ハートビート・クラブ・バンド」
作詞 森沢瑞稀 作曲 岡崎舞星 編曲 伊藤ののか
闇を裂くライト
知らない街の景色
ねえ 聞こえてる?
この場所で鳴らす
私の鼓動
壊れそうなリズム
空へ放つよ
語りかけるように歌う瑞稀。まるで情景が浮かび上がってくるような錯覚さえ感じる。
ののかのピアノの音だけが曲を支えていた。
Aメロが終わり、ギターが静かに入っていく。
ヘッドフォンで塞いだノイズ
リフレインするのは あなたの声だけ
「世界で一番、愛してる」
あの時 笑って返せなかった
照れ隠しの 弱虫な私
Bメロに入ると、チクタクと、時計の秒針を思わせる音を優里がシンバルで刻み、演奏に入ってくる。
Can you hear my heart beat?
届いて この震える音
見果てぬ夢 追いかける私を
あなたは誰より 愛してくれた
その言葉 今度は歌にして返すよ So long...
Can you hear my heart beat?
繋いだ手の温度 不器用な優しさ 全部 全部
血管を流れてる もう戻らない 遠い昨日に
精一杯の「ありがとう」を込めて
――間奏――
そして、淡々と間奏が続く。
唐突な静寂 明日は来ない
あなたの温もり 何度も探した
「いつか、その日まで」 強く誓えなかったのは
夢が眩しすぎて 目が眩んでいたから
曲は、まるで物語を見ているかのように進んでいく。
鏡の向こう 逸らした視線を戻す
私はまだ あの日と同じ場所で迷うまま
重なるはずのない 二つの鼓動を
震える声に変えて 空に放つ
I miss you I need you
優里のドラムの音が空気を止めて一瞬の空白が訪れた。
その空白を切り裂くように瑞稀のボーカルがサビへと導いていく。
繋いだ手の温度 不器用な優しさ 全部 全部
血管を流れてる もう戻らない 遠い昨日に
精一杯の「ありがとう」を込めて
Can you hear my heart beat?
繋いだ手の温もりも あたたかい心も
全部 私の中に流れているから
もう戻らない遠い思い出に
この歌に 全ての「ありがとう」を込めて
so long...
唐突な静寂
明日は来ない あなたの温もり
何度も探した
「いつか、その日まで」 強く誓えなかったのは
夢が眩しすぎて 目が眩んでいたから
I miss you, I need you
Can you hear my heart beat? 二つの鼓動 重ならなくても
私はここで 息をしてる 愛してるって 言ってくれたね
そのすべて 私の歌に変えるよ So long...
Can you hear my heart beat? 聞こえる?
私の鼓動 Can you hear my heart beat?
サビの繰り返しの部分になると、環のギターが前に出てくる。あのぶつかっていたときとは違い、まるでデュエットのような演奏だ。そこには、瑞稀のためにという環の思いが込められていた。
協調することができなかった環が、初めて他人とひとつになった瞬間だった。
そして再び間奏に入る。
優里のシンバルが、再び時計の秒針のようにリズムを刻む。そこにアクセントのようにののかのピアノの音色が響く。
メロディアスなののかのピアノの音を切り裂くように環のギターソロが鳴り響く。
それはまるでロードムービーのように観客を魅せる。
やがて、環のギターは最高潮になり、狂ったように鳴り響き、果てるように散っていく。そこにピアノが、ベースが、ドラムが乗り、終曲へと誘う。
曲が終わると、瑞稀はマイクスタンドを両手で掴みながらずるずると膝から崩れ落ちる。スポットライトの中、天を向き呟いた。
「マ……マ…………」




