溢れ出すミュージック①
三日後、ギクシャクしながらも練習は続いている。
スタジオ「ジミーちゃん」での練習が終わり、瑞稀はとぼとぼとした足取りで家路へついていた。そこへLINEの着信音が鳴る。
(誰だろう)
瑞稀はアプリを開いた。そこには『私のうちに来ない?』という舞星からのメッセージがあった。
断ろうとメッセージのやり取りを続けていた瑞稀だったが、舞星からの『歌のことで話がある』『会ってほしい人がいる、きっと瑞稀の力になる』というメッセージが気になって、舞星の自宅へと向かった。
コンクリート打ちっぱなしの大きな家。インターフォンを押すと、舞星が出迎えてくれた。そのまま地下にあるスタジオに案内されると「じゃあ、呼んでくるね」と、部屋を出て行く。戻って来たときには、がっしりとした体格でメガネをかけた男性が一緒だった。
「こんにちは、舞星の兄の瀬名です。はじめまして」
メガネ姿の男性はそう挨拶をした。
「お兄さん?」
瑞稀が少し驚いたように聞くと、舞星は答えた。
「お兄ちゃんはボカロPでな、ボーカロイドで曲作ってんの。で、こんな感じでもそこそこ売れててね、『歌ってみた』とかで有名な歌い手さんとコラボしたりしてるんだ」
「そ、そうなんや」
「それでね、この前練習で動画撮ったじゃない? それを見せたら『面白い』って言い出してね」
舞星がそう言うと、瀬名は身を乗り出すようにして言った。
「歌という意味でだよ。発声とかの基礎はできている。でもそれを応用することができない。その苛立ち? ジレンマに満ち溢れる歌い方、それを活かして伸ばしてみたいと思わないかい?」
そう言うと、瀬名はメガネの奥の目を光らせ続ける。
「舞星から君たちのバンドの現状は聞いている。皆、バラバラだ。例えれば一本の柱を支えよう、育てよう、合わせようとしている現状だ。その一本の柱が倒れそうになっても、横でどっしり構えてびくともしない柱がもうひとつあればどうだい? その柱も安心できるんじゃないかな」
瀬名は続ける。
「そのためには君がもっともっと強くなる必要がある。よくマンガやアニメで、お互いに合わせないから音が変になるってお話があるだろう? 君たちはそれじゃない。とてつもなく大きな暴れ馬、闘牛でもいい、を、みんながなんとか乗りこなそう、でも跨ることすらできずに必死に手綱を掴んでいるようなものだ。もし、その馬が平伏するような存在が横にいたら、その馬はどうすると思う? 相手を認めて一緒に戦うんだよ」
瑞稀は瀬名の話に聴き入った。
「そんな存在になれば、自然とバンドはまとまるし、さらに上を目指せる。だからそうなれるように僕に君の音楽を手伝わせてくれないか?」
瀬名は力強く手のひらを瑞稀の前に突き出した。瑞稀はその手をしっかりと握り返す。
「よし、決まりだね!」
舞星は微笑んだ。私を認めてくれる人たち。そんなバンドの力になりたかった。
「まず、君の歌は基本的すぎてつまらんのよ。まず音程が揃いすぎている。そこがまずつまらん」
瑞稀は驚いた。今まではしっかりとした音程を出すために練習してきたので、瀬名の言うことが理解に追いついていなかった。
「聴いているヤツらを引き込むには声に不安定な『揺らぎ』がいるんだ。ロングトーンも綺麗に揃ってなくていい、決してビブラートにするんじゃなくてな……そうだ、まず君はビブラートをやめよう」
「え!?」
瑞稀は驚いた。綺麗なビブラートは見せ場だと思ってきたし、母と一緒に観た数々のミュージカルでもそのビブラートに魅せられてきた。
「でも……」
正統、王道の道を歩んできた瑞稀には、瀬名の言っていることが正しいのかわからなかった。ただ、その場で実際にやって見せられて納得した。このほうが環の音と共鳴する。
目から鱗だった。その一声で、瑞稀はこの人から全てを吸収して、環の隣に立とうと決心した。
その日から、瑞稀はバイトを休みにしてもらい、バンドの練習と共に瀬名の師事を受けた。
『声はわざと潰す』
『ここは呟くようにボツボツと歌え』
『感情を込めるんじゃなく、相手に表現するんだ』
瀬名の表現は、今まで信じてやってきたものとは真逆なほど違うが、その先におぼろげに見える景色には、ののかの言う『バンドとして成功するために頑張っている少女』が生きる世界が見える。
それは、瑞稀自身をも変えた。ボイトレの先生に「瑞稀さん、歌に艶が出てきた。表現力が豊かになってきたわね」と褒められたのだ。
オーディションまであと一週間。学園祭のステージまであと二週間を切った。




