合わないグルーヴ②
瑞稀のマンションでは、母と瑞稀の会話が続いていた。
「ロックってなんなん? もうわかんない」
母の尚美はしばらく黙っていたが、瑞稀の目をしっかり見て、ゆっくりと話し始めた。
「お母さんの若い頃はな、ロックって政治や権力、秩序への反逆、その精神なんかの意味合いが残っててな。でもな、その頃からロックに分類されとるバンドでも、そういうのを全く表に出さないバンドもおったりで、よくわからんのよ」
瑞稀は不満な表情を崩さない。
「瑞稀がひっかっとるんは、生き方がロックとか、ロックは不良とかそういう変に解釈してる人がおるからやないかな」
「わかんない」
瑞稀はテーブルに突っ伏して「うーん」と唸った。
「でも今の時代、そんなこと言ってる人少ないんと違う?」
「え?」
「自分の持っているこころを音楽に乗せて伝えようと思えばええんと違うかな」
「伝える……」
「それで聴いてくれてはる人の気持ちが熱くなったり、何か心に響いたら、それはロックに留まらず『音楽』や。瑞稀は音楽をしとるんや」
「音楽――」
「みぃちゃんは昔から悩んで、戦ってきたやない。わたしの大好きなみぃちゃんならできるって!」
瑞稀の瞳に力が戻っていく。
「お母さん、ありがとう。なんかわかった気がする」
「みぃちゃんはそれでええ。とにかく突っ走り!」
「うん!」
「あー、ほんとにみぃちゃんはええ子やなぁ、うちの宝もんや。世界で一番愛してる」
瑞稀はその言葉に少し照れる。昔から、ことあるごとに言われてきたが、いまだに照れてしまい、いつもスルーしていた。けれど、悩みも晴れてきたこともあって、瑞稀は母の瞳をしっかり見て言った。
「あ、ありがとう」
言ったものの、やっぱり恥ずかしくなって「もう寝るわ」とリビングを後にした。
いつも何も言い返してこないのに、今日はどうしたのだろう。尚美はリビングのピアノの上に飾ってある、たくさんの瑞稀の写真を見て微笑んだ。
「ふふふ、ありがとうだって」
八月の初旬、関西吹奏楽コンクールの小編成部門、いわゆるB部門の大会が「京都コンサートホール」にて行われた。
紅葉館学院の吹奏楽部Bチームは、島田尚美の「魔女からの招待状」を演奏した。コントラバスの低音が響く、物語性のある曲だ。コントラバス担当はもちろん藤井大智だ。
「紅葉館行くぞ!」
大智の掛け声に「オー!」と部員全員が拳を上げ、士気を高めてゆっくりと壇上に向かった。アナウンスが学校名と曲名を読み上げ、顧問のタクトが振られて曲が始まる。
「緊張しますなぁ」
優里が環に語りかける。
「一生懸命やったから大丈夫」
環と優里は一音一音聴き逃すまいと耳を澄ました。
演奏が終わり、拍手の中、大智たちははけていく。
そして結果発表が始まった。紅葉館学院高等学校は惜しくも銀賞。金賞には届かなかった。
環と瑞稀は目に涙を浮かべ、今にもこぼれ落ちそうになりながら、すぐに客席を飛び出し、大智が出てくるであろう会場前の広場へと急いだ。
同じ頃、ののかと舞星も会場の後方で演奏を聴いていた。銀賞の報を聞くと、ののかは呟いた。
「惜しかったけど、頑張ったな、大智」
帰り道、舞星がイヤホンのついたウォークマンを出してののかに語りかける。
「ののかさん、曲、持ってきたんで、よかったら聴いてほしい」
舞星は、そのウォークマンをののかに渡した。
「サンキュッ! じゃあ、近くのカフェでも行こか」
二人は施設内の喫茶店へと向かった。席に着くとののかはすぐにイヤホンを耳に当て、舞星の曲を聴いた。両手で耳を塞ぐようにして集中する。
舞星にとって、人生で最高に緊張する時間だった。二十分は経っただろうか、音が途切れたのを確認すると、ののかがイヤホンを外した。
「やるやん、舞星! ええよ! 特に三曲目がよかった」
舞星の顔から緊張が消え、笑顔が溢れる。
「この曲は何を思って作ったのか?」「どこが一番聴いてほしいポイントなのか?」
ののかの問いから、そのままディスカッションに入る。「そうかー」と納得するののかに向かって、舞星は言った。
「学祭、オリジナルで勝負してみない?」
舞星の真剣な表情に、ののかはにやりと笑って答えた。
「ええな」
オリジナルを演奏できる! 舞星は飛び上がりたいくらい嬉しかった。彼女が憎み、憧れた存在。そして、自分にはそこまでの高みには行けないとピアノから離れる原因にもなったその才能。その相手が、自分の曲を認めてくれたのだ。舞星は「くーっ」と目を閉じて喜んだ。
「それで、この曲、歌詞はあるん?」
ののかの問いに、舞星はふっと視線を外した。
「私、いい詩が思いつかないんだ。どっちかっていうたら苦手」
「そうか。そやけど、せっかくオリジナルやれる可能性が出てきたんやから、詩も完璧にしてやりたいな。と言っても、うちも絶望的に詩を書くセンスあらへんのよ」
「無理か……」
舞星が明らかに落ち込むが、ののかには妙案があった。
「瑞稀やな。あの内側のパワーが爆発すれば、絶対いい詩が書ける。なんせあの子は存在がロックやから」
「うん、なんかわかる気がする」
「よっしゃ、早速連絡せな」
ののかはLINEを開き、瑞稀に作詞をしてほしいと送った。
しばらくして、ののかの通知音が鳴る。画面を開くと、そこには瑞稀から一言。
『無理』




