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青いウサギはそこにいる  作者: 鈴木志稀
普通のエクスパート
37/50

普通のエクスパート③

 同じ頃、岡崎舞星おかざきまいせもクラスの友人たちとお昼を食べていた。

 ピリついた軽音部とは違い、和やかな空気が流れている。教室の窓から差し込む日差しが心地よく温かい。

「なあなあ舞星まいせ、チョコビス食べん? グミもあるよ。あ、うちな、最近ラムネのソフトグミにハマってるんよ。ちょっと食べてみん?」

 舞星まいせの友人、山口春奈がスクールバッグからお菓子の袋を取り出した。

「あ、私ちょっとだけ太っちゃってな、ダイエットっちゅうか」

「なになに舞星まいせ、二キロくらい?」

 お菓子を広げながら春奈が聞くと、一緒に机を囲んでいたあかりが、チョコビスを摘みながら舞星まいせに笑いかける。

舞星まいせはそのちょっともちもちしたのがええんよ。ダイエットなんかしたらあかんわ」

 そう言って、チョコビスを舞星まいせの口に近づけ「はい、あーん」と迫った。

「やめてやー!」

 友人とふざけ合う舞星まいせの顔には、軽音部の悩みなど微塵も感じられない。考え込むより、ずっといい。それが「普通の女子高生」の姿なのだから。

 舞星まいせは、自宅では東京出身の父に合わせて標準語だが、学校では周囲に合わせて京都らしい言葉を喋る。

「じゃあ、グミだけいただくわ」

 舞星まいせは、春奈がハマっているというラムネのソフトグミに手を伸ばした。

「あ、明日の放課後にMOMOテラスに服見にいかへん? うちなぁ、キャメルのカーディガン欲しいんよ」

「今、夏やけどなぁ」

 キャメルのカーディガン……。伊藤ののかがいつも羽織っているやつだ。舞星まいせの胸に、もやもやとした感情が走る。

「あかりはそのネイビーのベストが似合ってる思うよ」

 動揺を見透かされないよう言葉を返すと、あかりは自分のベストの襟を摘んで「そう?」と笑った。

舞星まいせのあざといグレーのパーカーくらい似合っとるわ」

 春奈の茶々に、いきなり流れ弾が飛んできた。

「どこがあざといん? 普通のJKとちがう?」

 舞星まいせは唇を尖らせて春奈に言い返す。

「そんなこと言うなら買いもん付き合わんよー」

「あー、うそうそ、甘味屋でアイス奢るから許してーな」

 舞星まいせは腕を組んで「ふふん」と勝ち誇った笑顔を見せた。

「やから、そのちょっともちもちは維持してな」

「やめてって!」

 ぷりぷり怒る舞星まいせを見て、友人たちは笑う。つられて舞星まいせも笑顔になった。この穏やかな空間を、ずっと大事にしたいと心から思った。


 翌日の放課後。たまき優里ゆうり涼子りょうこの三人は瑞稀みずきと合流し、大手筋にある粉もん屋の前にいた。焼きたてをそのまま手渡され、店先で食べるスタイルだ。

「あんバターとカスタード。うーん……」

 たまきが真剣に迷っているのを見て、瑞稀みずきが不思議そうに言う。

「なんであんバターとカスタードで悩むん? あんことあんバター、あんまし変わらへんよね」

「いや、スタンダードなあんこは食べるやん。でも、バターかぁ……」

 たまきの深刻な悩みに、涼子りょうこが横から口を出した。

「あ、たまちゃん、また眉間にしわ寄せてるよ」

「寄せてないわ!」

 たまきは一層深く眉間に皺を寄せて言い返した。

「涼子は悩み無いし、よろしおすなぁ」

 たこ焼きを上品に摘みながら、優里ゆうりが冷ややかなツッコミを入れる。

「あ、そんなことないって。悩み、いっぱいあるんだよ」

「そうでしたか。ほな、うちが聞いて差し上げましょか?」

 優里ゆうりに詰め寄られ、涼子りょうこは思わず口ごもる。

「言えへんの? いっぱいありますんやろ、さあ、言ってみ」

 涼子りょうこは悔しそうな顔をして瑞稀みずきに抱きついた。

瑞稀みずきちゃーん、優里ゆうりがいじめるよぉ!」

「なに言うてますの。悩みを聞いてあげる言うてんのに」

 優里ゆうりは「さあ!」と両手を広げて迫る。笑顔のわりに威圧感のある優里ゆうりを見て、瑞稀みずきが呟いた。

優里ゆうりの、知らない一面を見たわ……」

 驚きながらも、瑞稀みずきは抱きついてくる涼子りょうこの背中をぽんぽんと叩いた。その様子を見て、たまきは我慢できずに吹き出した。

「え? なに? たまちゃん、なんで笑ってるの?」

「いや、翻弄されてる瑞稀みずきがおもろくて」

「あ、ひどい。たまちゃん、そんなこと言うんや」

 膨れる瑞稀みずきを見て、優里ゆうりも一緒に笑った。

「ああ、そうだ!」

 涼子りょうこがいきなり叫び、瑞稀みずきから離れる。

「角の甘味屋さんに行くんだった!」

 彼女はくるくると回りながら甘味屋の方へ歩き出した。優里ゆうりは「はぁ」と溜息を漏らす。

「まぁ、甘いもんは別腹ですからなぁ」

「いつも、こんな感じなんだ」

 瑞稀みずきがきょとんとしてたまきに問う。

「仲良しやからな。もう瑞稀みずきも一緒やで」

 瑞稀みずきは少し照れながら「うん」と返事をして、たまきと共に先を追った。


 一方、MOMOテラスでお目当ての服を買った舞星まいせたちは、大手筋のミスタードーナツへ向かうため市営バスに乗っていた。舞星まいせは昔から、オールドファッションとダブルチョコレートにホットコーヒーを合わせるのが好きだ。昔観た映画の影響で始めた「ドーナツをコーヒーに浸す」食べ方は、彼女にとってほんのり大人の味がする。

 ワクワクしながらドアを開けたが、店内は満席だった。

「あれ? これは無理ですね」

 春奈が店内を見回して言う。思案の末、あかりが勧める近所の甘味処へ行くことにした。

「三名でーす」

 舞星まいせたちが少しおどけて入店したが、そこも賑わっていた。ふと店内を見ると、同じ制服のグループがいる。舞星まいせはその顔に見覚えがあった。

 ――四方田環よもだたまき。伊藤ののかと同じバンドの一年生。

 舞星まいせの表情が、一瞬でキッとした鋭いものに変わった。

「どうしたん舞星まいせ? 怖い顔して」

 あかりが不思議そうに尋ねる。

「あそこ、軽音部の一年やない?」

 春奈も奥の席の四人組に気づいた。

 たまきたちは、甘味処で繰り広げられる涼子りょうこ優里ゆうりの掛け合いを楽しんでいた。

 ガラン、と入り口のドアが開く。同じ制服のグループが入ってきた。その中の一人の顔を見て、たまきは驚きに目を見開いた。

 ガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がる。険しい顔で戦闘モードに入るたまき瑞稀みずきがその視線の先を振り返る。そこにいたのは、平井ひらいのバンドで弾いていた、あの先輩だった。

平井ひらいの……」

 その呟きを聞いて、優里ゆうりも振り向いた。そこには、敵意を剥き出しにした先輩が立っていた。

 優里ゆうりはゆっくりと立ち上がると、自分たちを睨みつける小さな先輩に向き合った。

「先輩、お疲れ様です。うちら、部活もお休みですんで遊びに来てました。……うちらもう行くんで、ここの席使ってください」

 涼子りょうこが「え? なに?」と狼狽えるが、優里ゆうりのいつもとは違う気配を察して口を閉ざした。

「みんな、行きましょか」

 優里ゆうりが言うと、たまき瑞稀みずきも無言で席を立ち、会計を済ませた。

 舞星まいせたちとすれ違う際、たまきが大きく息を吐く。それを聞いた舞星まいせが叫んだ。

「ちょっと待って」

 舞星まいせは、伊藤ののかのバンドメンバーに言いたいことがあった。平井ひらいのことも、バンドの解散も、もうどうでもいい。

 七月、伊藤ののかが復帰した選考会を観た。八月の映像も見せてもらった。けれど、そこには舞星まいせが憧れた「伊藤ののか」はいなかった。

「あんたらがわちゃわちゃして遊んどるから、あかんのや!」

 唐突な言葉にたまきたちが戸惑う中、舞星まいせは言い放つ。

「あんなの、伊藤ののかの本気やない! あんたらの未熟な演奏が足引っ張って、伊藤ののかが本気出せんと違うか!?」

 舞星まいせの瞳には、やり場のない悔しさが滲んでいた。

 あまりの熱量で叫ぶ先輩に対し、たまきたちは、一言も返すことができなかった。

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