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青いウサギはそこにいる  作者: 鈴木志稀
徒然なるままの果てに
34/46

徒然なるままの果てに④

 ギターのネックを握るたまきの指に力が入る。二度、三度と開いては閉じるのを繰り返し、緊張をほぐした。その様子を見て、ののかがピアノ音源での音を鳴らす。それに合わせてたまきもAの音で返し、優里ゆうりのドラムが短く締めた。

 昨夜、本番前の最後の練習でののかが提案した演出だ。オーケストラのようなチューニングをバンド編成でアレンジして曲前に披露すれば、これから始まるステージへの期待感を煽れる――。わずか五秒ほどのサウンドチェック。しかし、それは会場の空気を一変させ、何かが始まると予感させるには充分すぎる幕開けだった。

 曲の始まりはたまきに委ねられた。

 慣れないシェイクハンド。親指を六弦に回し、唸りを上げるようにリフが始まった。

(のんちゃんも、とんでもない曲を選んでくれたわ……)


 たまきならできる。ののかが信じてくれているなら、やるしかない。シェイクハンド、カッティング、そして空ピック。小五の時から欠かさず握り続けてきたギターだが、ここ数日は指先の感覚が麻痺するほど、徹底的にリフを体に叩き込んだ。

 動画サイトで見かける伝説的なギタリストのような、しなやかでリズミカルな動きにはまだ届かない。けれどたまきは、積み重ねてきた全てをこのリフに込めて演奏した。

 印象的なフレーズに、教室中の部員たちが息を呑む。その静寂を、優里ゆうりのドラムが激しく現実へと引き戻す。ののかの狙い通り、完璧なタイミングで曲が走り出す。


 選考会本番前の最後の練習に向かう前、たまきは父・洸平にアドバイスを求めていた。かつてBOØWYをリアルタイムで体感し、その衝撃でバンドを組んだという父だ。

「とにかくキレ良く、リズミカルに弾くことかな。あれは真似できるもんでもないし、たまきなりの解釈で弾くのがええと思う」

 洸平は嬉しそうに答えてくれたが、その時はイマイチ納得できずにスタジオへ向かった。

「とにかく、雰囲気を持って演奏することや」

 スタジオ『ジミーちゃん』でののかに言われた時も、たまきは「曲についていくのがやっとで、雰囲気なんて意識できない」と漏らした。ののかは少し考え、たまきにこう告げたのだ。

「ならこうしよう。どっしり構えて、『このリフを聴け!』って演るんや」

 その言葉は、ストンと腑に落ちた。自分はいつもそう思って弾いてきたはずだ。必死に、全力で。

 ののかは瑞稀みずきの方を向き、言葉を重ねる。

瑞稀みずきも雰囲気を大事に。ボーカルはセクシーに、カッコよくな。瑞稀みずきならできる。やろ?」

「はい!」

「今回、うちと瑞稀みずきはサポートや。うちらの本番は学祭のステージ。たまき優里ゆうりは、今まで黙って見てたこの軽音部をぶちのめしたれ!」

 三人は「はい!」と、迷いのない、はっきりとした意思で応えた。


 ボーカルの瑞稀みずきが、ののかの指示通りしなやかに、そしてセクシーに歌声を響かせる。

 サビに組み込まれたドラムソロでは、優里ゆうりがリズムの限界まで激しく攻め立てた。

 そして、ののかがアレンジしたたまきのためのギターソロ。原曲へのリスペクトを込めつつ、さらに引き延ばされた旋律。たまきはネックを押さえる指と、握り込んだピックから目を離さない。それでも放たれる音は、「この音を聴け!」と衆目に訴えかけるには充分な説得力を持っていた。

 部員たちの間から、感嘆の声が漏れる。もはやここには、彼女たちを拒むアウェイの空気など存在しなかった。

 たまきが魅せ、優里ゆうりが衝撃を与え、瑞稀みずきが歌い上げる。今の自分たちが持つすべてを出し切った演奏。それは、ののかが確信していたこのバンドの真骨頂だった。

 最後のサビを駆け抜け、曲が終わる。

 この瞬間、彼女たちの学園祭ライブ出場が決まった。

 そして同時に、そのステージから漏れたのは、演奏することすら叶わなかった平井ひらいの『ゼニスムジカ』。そのメンバーの姿は、もう会場のどこにもない。

 やり切った笑顔のたまき優里ゆうりに向け、ののかが誇らしげにグッと親指を立てた。

 呼応するように、三人もまた力強く親指を掲げた。

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