徒然なるままの果てに③
二年生の三組目、『ワンポーションドロップ』の演奏が無事終わった。部員たちの拍手の中、満足げな顔ではけていく彼らと入れ替わるように、怒り心頭で顔を歪めた平井がステージへ入ってくる。
その殺気立った態度に、部員たちは戸惑いながらも、儀礼的な拍手で彼を迎えた。
スタンドマイクのブームを乱暴にいじりながら、平井は会場のざわめきを敏感に感じ取っていた。様子がおかしい。平井が入口へ視線を移すと、キーボードの西田が一人、おろおろと立ち尽くしている。
「他の奴らはどうしたんや!? 谷川は? 舞星は?」
西田は困惑を隠せない表情で、消え入りそうな声を絞り出した。
「二人とも、出ていったきり戻ってこないよ……」
「田中、ライトは?」
「ライトも、二人についていった」
「はァ!? 冗談やろ? もう本番やで。はよう連れてこいや!」
「だから、出ていっちゃったんだって!」
西田の情けない叫びが、無情にも視聴覚室に響いた。
異様な空気を感じ取った部長の長谷川が、重い腰を上げた。
「どうした平井。他の三人は?」
平井は焦りを隠せず、西田に怒鳴り散らす。
「なんでもいいから連れてこいや!!」
西田は立ちすくんだままだ。平井は頭をフル回転させる。この状況をどうにかしなければ、自分のキャリアが終わる。
(クソっ、ふざけんなよ舞星。谷川もライトもマジで使えへん。……そや!)
妙案が浮かんだのか、平井の表情がふっと緩んだ。
「おい、西田!」
平井は西田を呼び寄せると、耳元で短く囁いた。西田は困惑しながらも頷き、セットされたキーボードへと小走りで向かう。
平井はマイクを掴むと、不敵な笑みを作って告げた。
「えー、ちょっとトラブルがあってメンバーが来れない状況になりました。編成を変更して、キーボードの西田と二人で演奏します。曲は――」
「そこまでや、平井」
遮ったのは、立ち上がった長谷川だった。
「部長、何言うてるんですか。学祭に俺らが出なくてどうするんです? 今、軽音部で一番『来てる』バンドですよ!?」
長谷川は深くため息を吐くと、射抜くような視線で平井を見た。
「谷川も舞星もライトも、今来られないだけで学祭にはちゃんと出ますし……」
平井の支離滅裂な言い訳を、長谷川の怒号が粉砕した。
「メンバーは四人以上って決めたのは、お前の提案やぞ!」
教室に、冷たい緊張が走った。
「学祭に出られない奴が多くなると可哀想やから、バンドメンバーは四人以上。ボーカルが浮いてまうからボーカル必須。そう提案したのはお前やろ!」
「それとこれとは――」
「違わん!」
長谷川の声には、積み重なった落胆が混じっていた。
「お前が四方田らを毛嫌いしてたのはわかっとる。そういうのも含めての提案なんやろなと思ったさかい、案を潰すこともできた。だけどな、平井。俺ら三年は秋で引退や。これからはお前ら二年生が部を引っ張っていかなあかん。そう思ってお前の提案を受け入れたんよ。……これ以上、恥を晒すな」
平井は、何も言えなかった。積み上げた砂の城が足元から崩れ去るのを、呆然と見届けるしかなかった。
長谷川は後方の一年生たちへ向き直った。そして、環と優里に向かって、静かに声を掛ける。
「四方田、大西も、すまんかった。部長として、やってはあかんことをしてしもた」
長谷川は二人に対し、深く腰を折った。
「部長失格や。伊藤、森沢、一年のみんな。不快な思いをさせて申し訳なかった」
部室に広がる驚きと困惑。しかし、環と優里、そして瑞稀の瞳には、一切の妥協を許さない強い光が宿っていた。
ののかがふとステージへ目を向けると、そこにはもう平井の姿はなかった。ただ西田だけが、主を失った楽器の前で呆然としている。
長谷川は空になったステージを見据え、力強く告げた。
「もう、贔屓も忖度もしない。次からは一年生の演奏や。しっかり見させてもらう。……気合い入れて、演奏してな!」
その言葉に、一年生たちの間にようやく笑顔が溢れた。教室の澱んでいた空気が、一瞬で入れ替わる。
PAチームの岡本純子が、次のバンドをアナウンスした。
『次は二年と一年のミックスバンド、YOLOぽてとです』
比嘉メリアのカホンが乾いたリズムでカウントを取る。マオリのウクレレが柔らかな旋律を紡ぎ出し、一色沙梨のアコースティックギターがそれを温かく支えた。羽生優香の歌声が、真っ直ぐに天井を抜けていく。
一ヶ月前とは見違えるほどに磨かれた彼女たちの音。
控え室のモニターを通してその響きを聴いていた環たちに、もう焦りはなかった。
ただ、自分たちのすべてをぶつける。その一点だけを見据えて、彼女たちは静かに、しかし激しく、出番を待っていた。




