徒然なるままの果てに②
軽音楽部行事選考会、当日。
それは毎月行われる「査定」の場であり、部員にとっては死活問題だ。演奏の出来次第で、地域の中央イベントや他校との対バン、さらには全国規模のバンドコンテストへの切符が左右される。そして何より、八月の選考会には特別な意味があった。秋に開催される学校最大の見せ場――学園祭ライブの出場権が懸かっているのだ。
現在の部内には十二組のバンドがひしめき合っているが、学園祭のステージに立てるのは十組のみ。漏れた二組は、他校とのジョイコンへと「左遷」される。
「絶対に、学祭のステージに立ちたい」
環たちの焦りは切実だった。五月のお披露目会で演奏を中断させられた汚名をそそぐには、ここしかない。
部長・長谷川斗夢率いる『キッドアイラックスクール』ら三年生四組、そして副部長・平井の『ゼニスムジカ』ら二年生四組。彼らの当選はほぼ確実だ。残る二つの枠を、一年生で頭角を現した比嘉姉妹の『YOLOずーやー』や吉川里美の『鴨川ポップギャル』、『京都大賞典』そして環たちのバンドが奪い合う構図だ。
「平井の信用は地に落ちてる。変な裏工作はしてこないはずや」
ののかの言葉を信じて、環は自分のすべてをギターにぶつける覚悟で視聴覚室の扉を見据えていた。
審査席には、長机を挟んで幹部と顧問の大和田が陣取り、冷徹にペンを走らせる。
演奏は三年生から始まった。長谷川率いる「キッドアイラックスクール」。選曲は今年初めにヒットした最新のJ-ROCKだ。新しめであれば、もうカバーしてるんだ、さすが部長のバンドだなと思う人も多くなる。長谷川はそこを狙ってやっている。あざとさで言えば平井の「ゼニスムジカ」だ。平井は、誰もが知る名曲の歌詞や音のイメージを、あたかも自分のカリスマ性であるかのように演出に組み込む。曲が持つ既成の「物語」を利用して、自分を大きく見せようとするあざとさ。「上っ面だけコピーした借り物のストーリー、虚構のバンド」とはののかが言った評だが、環は妙に納得した。中身のない熱狂――平井が築き上げようとしているのは砂の城そのものだった。
その頃、控室の教室では、最悪の不協和音が鳴り響いていた。
謹慎明けの平井は、血管が浮き出るほどに荒ぶっていた。出番直前だというのにギターを手に取ることもせず、椅子を蹴らんばかりに苛立っている。
「平井、落ち着けって。謹慎で済んだんやから、今は演奏に集中しようや」
ギターの谷川が宥めるが、平井は殺気だった目で吠えた。
「そんなんどうでもええわ! 俺は舞星のためにやってやったんや。全部伊藤が悪いのに、なんで俺がアイツに頭下げなあかんのや!」
その言葉を聞き、隅にいた舞星が静かに平井の前に立ち、力強く言った。
「頼んでない」
「うるさいわ! お前が愚痴ったから痛い目見せてやったんやろが。お前のせいで伊藤なんかに、お前のせいで、お前の――」
立ち上がり、舞星を威圧するように詰め寄る平井。見かねた谷川がその間に割り込んだ。
「そこまでや、平井。舞星だって辛かったから漏らしてしもたんや。伊藤のことはもうええやろ」
「うっさいわ! こうなったら、学祭で圧倒的な人気の差を見せつけてやる!」
『ゼニスムジカ、準備をお願いします』
無機質なアナウンスが教室に響く。平井は乱暴にギグバッグからギターを引っ張り出すと、空になったバッグを長机へ叩きつけるように放り投げた。
「……レオの魂が、聞いて呆れるわ」
舞星がポツリと呟いた。
「ああん!?」
その怒号は、狭い控室の空気を震わせるほど凶暴だった。
舞星はビクッと肩を震わせた。激昂する男の放つ圧は、本能的な恐怖を彼女に刻みつける。彼女はたまらず、手にしたヘッドレスベースを胸元に強く抱き寄せた。抱きしめたベースの温もりだけが舞星の味方だった。
舞星は平井を射抜くような視線で見つめ返した。
「あんたの『うんちく』なんか、もう聞きとうない。私のため? ふざけんな!」
激昂した平井が、ついに舞星に手を上げようとした。その腕を谷川が力任せに掴んで制止する。
「……そこまでや」
谷川の瞳には深い絶望と哀しみが宿っていた。
「こんな状態で、まともな演奏なんかできるわけないやろ。頭冷やせ」
平井はその手を振り解き、軽蔑しきった顔でバンドメンバーを見渡した。
「お前らだって俺の恩恵を散々受けてきたやろ。盛り上がる客、声援やコールだって、全部俺の仲間やからこそ得られたもんやぞ! 軽音で一番信頼があるんは俺や、俺なんや! ……俺は来年、部長になる。黙って俺の言うこと聞いてればええんや!」
叫ぶだけ叫ぶと、平井はギターを抱え、視聴覚室へと足音を荒らげて去っていった。
静まり返る教室。去っていった平井の足音だけが遠のいていく。
舞星はベースを抱きしめたまま、諦めきったような、どこか清々しい笑みを浮かべて呟いた。
「……もう、無理やわ」




