すれ違いディストーション③
翌日、平井正志と伊藤ののかへの処分が正式に発表された。
両名共に三日間の謹慎と厳重注意。あわせて、掲示板やSNSへの写真投稿、および拡散に関わった生徒への厳罰が告知され、関連するデータの即時削除が命じられた。
ののかの言い分が、ほぼ全面的に通った形だった。
それもそのはずだった。昨日の放課後、ののかの父親と弁護士が学校へ乗り込み、理事会を交えた話し合いが行われていたのだ。平井とその両親も呼び出されたが、プロの弁護士が突きつける「証拠と法的責任」の前では、平井の青臭い正義感など一蹴されるしかなかった。結局、ののかが提案していた「全てのSNSでの謝罪」は、ののかの温情によって「軽音部内での謝罪」に差し替えられることで決着した。
昼過ぎ。処分の詳細が流れた後、バンドのグループチャットに、ののかからのメッセージが入った。そこには、騒動の謝罪と簡単な経緯が綴られていた。
『……事情はわかりました。まあ、なんというか。……はぁ。一回、目の前で話さなあかんレベルの問題やと思うんやけどな』
優里が、努めて冷静なトーンで打ち込む。
『文字だけやと語弊が出るし、うまく伝わらんもん。今から会えへんかな。とことん話したい』
優里は冷静だ、と環は思った。その落ち着きに合わせるように、環も返信を送る。
『優里の言う通りや。一回集まって話そう』
少しの間をおいて、ののかから返信が来た。
『確かに、ちゃんと伝えなスッキリせえへんもんな。……ちょっと待ってて』
五分後。
『とりあえず、いつものジミーちゃん、十六時から二時間押さえたよ』
スタジオ「ジミーちゃん」。一軒家の一階を改装した、環たちのたまり場だ。冷蔵庫の五十円ジュースを飲みながら、環と優里、ののかの三人は、防音室の重苦しい空気の中にいた。
「……噂されてる半分以上は、身体の関係までいってない」
ののかは、膝に置いた自分の手を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「でも……それに近いことを要求されて、断りきれんで応じたこともある。……優里が気にしてる大智とのことは、一回切り。最後まで、した」
優里の指が、微かに震えた。
「それ以来は、何もない。……大智は、ただのいい友人として付き合ってくれてる。舞星の彼氏のことは……ごめん、あんまり覚えてへん。基本、彼女持ちは避けるんやけど、嘘をつかれてたかもしれん。……やった可能性は、あると思う」
乾いたののかの声が、スタジオに虚しく響く。彼女は嘘をつかない。けれど、その誠実さが、かえって取り返しのつかない亀裂を浮き彫りにしていた。
沈黙を破ったのは、スマホの着信音だった。
今日、学校を欠席していた瑞稀からのメッセージ。
『もう誰も信用できひん。一緒にはやれへんから、もうやめる』
瑞稀にとって、このバンドは、ののかは、「本物」に出会えた唯一の場所だったはずだ。
その光が、どれほど泥にまみれていたかを知った彼女の絶望。
環はスマホを握りしめると、弾かれたように立ち上がった。
「……瑞稀の家、行く」
「今から? でも……」
優里が言いかけるのを、ののかが制した。
「……行こ。直接話さんと、一生拗れてまう。……特にあの子の場合は」
ののかの言葉を背に、環は荷物を掴んで走り出した。
もう一度、バラバラになった「音」を繋ぎ止めるために。




