温泉たまご
「第5回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」への応募作品です。
「あゆりって、顔が温泉たまごだな!」
箱根遠足の時、健太から投げ付けられた言葉だ。
箱根で温泉たまごと言えば黒たまごの事!!
陸上部で足に自信があった私は健太を噴煙地まで追いかけ回し、先生からこっぴどく叱られた。
この事がキッカケで健太はムードメーカーの地位を確立したらしい。
“らしい”というのは“その後すぐに私が転校してしまったからだ。
スポーツ推薦で進学した高校生活の殆どをトラックで過ごしたが“黒たまご”に拍車を掛けただけで物にはならず、何とか卒業した私は地元企業に就職した。
ところがその会社は色んな意味で“ブラック”で……心身がボロボロになった私は半年で逃げ出した。
それ以来、人生下り坂の私だったが、4度目の転職で契約社員だけど“ホワイトな”会社へ就職できた。
きちんと新人研修を受け人並みに扱われたのが嬉しくて……初めて会社へ向かう足取りが軽くなった。
新しく開設された出張所に配属された私は、真新しいオフィスと研修時に親切にしてくださった鈴木主任が所長という事もありモチベーションが爆上がりで、少しでも戦力になろうと一所懸命頑張った。
それなのに!!
軽い風邪のはずの熱が下がらず、私は寝たままで旧友の結婚式の招待状に欠席のマルを入れた。
ドアチャイムが鳴り、モニターを覗くと鈴木主任だ。
過去のトラウマから、男性は絶対家に入れない筈なのに!!
気が付くと鈴木主任はキッチンで電子レンジを使っている。
「男の独り暮らしでは、こんなのしか思い付かないが」
とレトルトのお粥に蓮華を添えて出してくれた。
けど、電子レンジはまだ動いている……
「ちょっと待ってて!」と主任が持って来たのはできたての温泉たまごで……それをスルン!とお粥の上に落とした。
「ずっとこれをやりたかったんだ」
怪訝そうな私に主任はため息をついた。
「まあ、『鈴木健太』なんて名前はありきたりで仕方ないが……歩璃って名前は珍しいから一発で分かったよ」
「ええっ!!?? 鈴木主任って!!」
「そう!元同級生の健太だよ!あの時はからかってゴメン!!眩し過ぎる歩璃に絡んでしまった!」
けど私は深いため息をつく。
「今はこんな体たらくだけど」
そう言うと健太は私の前に正座して頭を振った。
「オレは今も一所懸命なキミの事がたまらなく好きだよ!」
バラっと振られた塩のせいか、口の中に涙が流れ込んだせいなのか、健太が作ってくれた少し強めの塩加減の温泉たまごを私はしみじみ味わった。
泣く泣く1000文字詰めして時間切れです(/_;)
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