お取り寄せ
「どーん。どうだ、宗太郎」
鏡花が取り出して見せた瓶を、宗太郎は牢の格子越しに見る。
「焼きホッケのほぐし身……?」
得たり、と鏡花はこくこく頷く。
虫の声がすだく。今日は涼しいので冷房を入れておらず、窓を開け放っている。リンリンという鳴き声が圧倒してくる。
「先日、買い食い……、ちょっとしたことで食べたお握りだがな。具にこれが入っていて、実に美味しかったんだ」
「どうしたんだ」
「ネットで取り寄せた」
あらかた予想はしていたが、この回答に宗太郎は脱力する。ちらりと見ると、雅趣溢れる文机に不似合いなノートパソコンがある。禎允が買い与えたもので、性能は宗太郎所持のパソコンより優れている。
「今日の白飯はこれで食べるぞ」
艶やかな短髪に透き通る白磁の肌が映え、鼻歌でも歌いそうに上機嫌な鏡花の美少女然とした様子に、これは彼女の擬態ではあるまいかと考える。今日は麻婆豆腐だった。おとよ特製のニンニク醤油の効いた麻婆豆腐は円熟した旨味を舌に伝え、鏡花は三杯、お代わりした。つまり、今、鏡花が持っているお茶碗の中身は四杯目のご飯である。よく食べるよな、と呆れ半分、感心半分に宗太郎は見ていた。
「……む!」
「どうした?」
「美味い!」
ぱああ、と場の空気が華やぐような笑顔を見せた鏡花に、良かったな、と気のない相槌を打っておく。
「宗太郎も白飯を持って来い。分けてやらないほど私は狭量ではないぞ?」
「麻婆豆腐が美味くてたらふく喰ったからな。もう腹一杯だ」
「うんうん、あの麻婆豆腐も絶品だった。まろやかな豆腐と肉の相性が抜群で、ニンニク醤油の風味が癖になる。しかし、この焼きホッケのほぐし身の塩味と円満なるふくよかさよ。いくらでもご飯が食べられるな……」
ちら、と鏡花が宗太郎を一瞥する。実に色気のある流し目だが、内実は色気も何もない。
「お代わりだな。はいはい」
「頼むぞ」
結果として鏡花は六杯のご飯を平らげ、食後の果物である桃も美味しそうに食べた。白桃は甘味が強く熟していて、汁が滴り落ちそうなほどに瑞々しい。満足した鏡花は、床の上にごろんと行儀悪く仰向けになった。
「あー、喰った、喰った」
「喰ってすぐ寝ると牛になるぞ」
「本望だモー」
宗太郎はノートパソコンを見る。柘榴の彫り物の文机に鎮座する現代機械。これで鏡花が調べていたものは、果たして焼きホッケのほぐし身だけだったのだろうか。鏡花は意外に機械に強い。例えば、百花の乱について独力で調査することも、或いは可能かもしれない。
「宗太郎。何を考えている」
仰向けで、視線は天井に向けたまま、鏡花が問う。
「お前が何を考えているか」
禅問答のようである。
虫の音が聴こえる。鏡花は答えない。ふと顔を覗き込むと、鏡花は寝ていた。はあ、と大きな溜息を吐いて、宗太郎は牢内に入ると、鏡花の上に掛け布団を掛け、食器の載った盆を引いた。
〝百花の乱の首謀者・大目黒千里は事前に白衣太鳳と会っていた可能性がある〟
今日、入手したこの情報をどう判断すべきか、宗太郎は考えあぐねていた。