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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
7/58

透けて見えるところに

 焼肉には人のテンションを上げる何かがあると宗太郎は思う。

 朱塗りの格子の向こう、国産牛に塩をつけて頬張る鏡花の幸せそうなこと。雅な電灯の下、美食に耽る美少女の姿は、舞台の上の芝居のようでもある。漂う空気は肉の香ばしい匂い一色だ。

「たまらんな。これにゲランドの塩をチョイスする、おとよさんのセンスにも脱帽だ」

 もぐもぐと食べつつ、おとよ賛辞を欠かさない。今日は蘇芳(すおう)の地に黒い大輪の百合柄の着物を纏い、その着物を汚さぬよう前掛けを掛けた鏡花は、唇の紅も蠱惑的で、そこが開かれ牛肉を迎え入れる様を見ていると、何やらいけないものを見ているような気になる。歯が真珠みたいに白い、などと宗太郎はぼんやり考える。そして、見ていた宗太郎の胃も刺激されてぐ、ぐうう、と鳴いた。夕食は既に終えたというのに、と赤面しつつ腹を押さえると、鏡花と目が合った。にんまりと鏡花が笑む。

「宗太郎。味噌お握りがあるが、お前もおとよさんに貰って来たらどうだ?」

「いや、俺はもう食べたから」

 ぐううううう。

「…………ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 そうして鏡花は牛肉の箸休めに味噌お握りをゆっくり味わう。お握りは大きく、天辺と中に合わせ味噌がある。白米は適度な塩気を含み、ほっかり温かい。すぐに戻った宗太郎も、牢の前に座り、お握りを食べ始めた。

「肉も美味いが、お握りも絶品だな」

「ほう。宗太郎にも判るようになってきたか。そう、この絶妙なバランスの味加減を作り出すことの至難。宗太郎もおとよさんを見習えば良いのに」

「……俺は料理はしない。そういうのは……」

「女の仕事? へーえ。ふうーん。お前、旧弊だな」

 もぐもぐとお握りを食べつつ鏡花にずばりと指摘され、宗太郎は苦い顔になる。亡くなった鏡花の母・白衣太鳳は、仕事も家事も育児もそつなくこなす美貌の超人だったと言う。そんな母を見て育った鏡花が、おとよを尊敬し、宗太郎に呆れる気持ちも解らないでもない。だが。と、牢内を見回す。文机に並べられた筆と硝子ペン、万年筆。赤青緑、多彩な色のステンドグラスの硝子版。月球(げっきゅう)()。装丁も麗しい数々の書物。これら、ずっと見ていたら幻惑されそうな品々に囲まれ、呑気にご馳走をばかすか食べてばかりの鏡花に言われたくはない。

 呑気に……――――。


〝草の根分けても捜し出し、必ず相応の報いは受けてもらうぞ〟


 鏡花は、呑気ではない。時に享楽的とさえ思える美少女の振舞いの向こう、和紙を一枚隔てたところには悲しみと憤りが今も尚、(くすぶ)っている。

 だから宗太郎は、下手なことを言って、彼女を悲しませてはいけないのだ。


 食後には梨が艶やかに水気を湛えて硝子鉢に盛られていた。食むと甘い汁が溢れる。ジャクジャクと食べて、気づいたら大きな一切れを三つも四つも食べている。鏡花も、鏡花のお相伴に預かっていた宗太郎も、同じタイミングで顔を合わせ、笑い崩れた。


 宗太郎が、朝早く、おとよに料理指南をしてもらう姿が見られるようになるのは、その後のことだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 焼肉の後に握り飯。テザートに梨。妖しくも美しい。鏡花の部屋…いや牢獄で。彼女と語らい。共に食を楽しみ。焼肉の先を共にするのはかなり関係が熟した男女とも言われますが。梨の咀嚼と芳香は鮮烈で瑞…
[一言] 料理の描写が美味しそうで良いですねえ、腹が減ってきます(。-∀-) 牢に囚われているとはいっても何不自由ない生活をしているようで何より。そして宗太郎がおとよさんに勝てる日は来るのか?w 今後…
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