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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 零
57/58

日本海の荒波





挿絵(By みてみん)






 寮を出た尊は、県庁異能課に寄り、小一時間ほど事務仕事をしてから、撮影所に向かった。CM撮影に出演する為だ。気乗りしない仕事だが、明子や翔子がテレビに映る自分を観ると喜ぶので、そこだけは遣り甲斐がある。


「四十八時間でも戦えますっ!」


 戦えるか、と思いつつ、そんな台詞を言わされてエナジードリンクのCM撮影を終えた時には昼を過ぎていた。

 撮影所を出た途端、尊の耳を黄色い声が直撃した。

「見て! 鴉様よ!」

「キャーーーー、零おおおお」

「尊おおおおおおおお愛してるううううう」

 女性の群れが、どどど、と押し寄せて来る。今日のスケジュールは、内密にされているのだが。警備は何をしている、などと考える余裕はない。


「うわ、ちょ、ま、」


 薄茶色の長髪、黒い外套、銀に鴉、零が記された徽章。

 尊の服装は、「鴉ヶ谷尊です」と名乗っているようなものである。なぜそんな判りやすい出で立ちかと言うと、これまた異能課上層部ののたまうイメージ戦略とやらの為である。嫌がる尊が、「なるべくそれらしい恰好で!」と強要されたのは去年の冬のこと。

 『婦女子連続胸穴事件』、及び怜羽殺害事件では、異能課はかなりのバッシングを受けた。上も名誉挽回しようと必死なのだ。最早、呪い、と尊は思う。

 目の色を変えた、群がる女性群から離脱し、飛翔する。

 はるか下、嘆く声が聴こえる。やれやれ、と思う尊は、次の瞬間、ギョッとした。


「鴉様ああああああ」



 一人の、ちりちりパーマのエプロン着けた主婦らしい女性が、飛翔して追って来る。尊の見間違いでなければ、彼女の履いた長靴の底が火を吹いている。

 他にも、飛翔して尊を追う女性が数人。


「ええ、嘘でしょ……?」


 真実である。

 飛翔の異能は、何も異能課だけの専売特許ではない。その証拠に、鏡花も自在に使う。

 中には、パーマの女性のように、ジェット噴射のような真似事が出来る人間もいる。尊は苦し紛れに叫んだ。


「奥さん! スカートで飛ぶと、下着が見えますよ!」

「構いませんわ、勝負下着ですから!」

 何で?

「構ってください!」

「構いませんわ!」

「構ってください!」

「構いませんわ!」


 埒が明かない。 


 このまま異能課まで追跡して来られると堪ったものではないので、尊は飛翔のスピードを最高速度に切り替えた。「異能課の鴉」の飛翔最高速度について来られる人間は、国内でもごく僅かだ。

 恐ろしい女性たちを振り切り、そのまま県庁の九階、異能課の硝子窓に到着すると素早く中に入り、きっちり施錠した。例え彼女たちが県庁まで追いついたとしても、結界があるので、正式な手続きを踏まずに侵入することは不可能だ。しかし、念には念を入れ、異能課の硝子窓の鍵全部の強度を上げる細工を異能で施した。

 どっと疲れて座り込む尊を、課員が奇異の眼差しで見ている。

「ああ、疲れた……」

「上空でも全力で飛ぶと汗をかいただろう。外套を脱げ」

「そうですね」

「水でも飲むか?」

「有り難うございま……」


 鬼禎允が、笑顔でペットボトルを差し出している。白い歯が光っている。金歯は一つもない。


「す……。隊長、今日は出勤してらしたんですね」


 鬼禎允の笑顔は、群がる女性陣より怖い。反射的にペットボトルを受け取った尊に、禎允が告げた。

「鴉ヶ谷。話がある。隊長室まで来い」

「はい…………」

 何となく、話の内容の予測がつく。

 因果応報ってこれかぁ、と尊は思いながら、のっしのっしと先を歩く禎允の背中について行った。多分、説教されるだろうから、今の内に水を飲んでおく。清涼飲料水が身に沁み渡る。


 また賞状が増えたな、と室内に入って思う。バッシングは受けたものの、去年の一連の騒動を鎮めたのは異能課だ。当然の帰結である。

 禎允が椅子に座る。

「鏡花ちゃんが昨日、家出した」

 世間的に見るならば、牢破りと言う。尊はにこやかな笑顔を浮かべる。

「それは心配ですね。でも、もううちに戻ったのでは?」

「うん。で、私がもう家出しないで、と縋って懇願すると」

「…………」

 縋って、懇願したのか。鬼禎允が。

 他所には聴かせられない台詞である。

「家出理由を教えてくれた。宗太郎に、婚約指輪を突き返したことも」

 ギン、と禎允の(まなこ)が尊を睨み据える。鬼の目である。

「良いか、鴉ヶ谷。これは、鏡花ちゃんが私の娘になるかどうか、という一大事だ」

 そこかな?

 思っても、尊は笑顔で頷く。そのえせ笑顔を見た禎允が、はあ、と溜息を吐き、間を置いた。

「お前、宗太郎が、嫌いなのか?」

「まさか。可愛い後輩ですよ」

 正直に答える。

「じゃあ、あれか。Sか」

「うーん。それは否定出来ません」

「否定しろ、ナンバー2。あいつの実力に不満があるか」

「――――ありません。零は現状、高望みだと思いますが」

 これも尊の本音だ。禎允は尊の言葉を吟味するように、じ、と現存する唯一の零を見た。

「……お前の考えるところは、私にも解る。あれは、隊長には向かん。黒の通知書の結果でも明らかだ。卓で務まるかと言うと、それも疑問だが」

「僕でもきついですよ。隊長の後釜なんて。政治家さんたちには嫌われてるし」

 尊は異能の名門の出でもない。突然変異の突出した異能力者。政治家受けが悪いのは昔からだ。政権を担う、うるさ方の連中に批判されながら日本国民全員の命を一身に背負うなど、本当であれば真っ平ごめんだ。禎允が少し笑う。そうすると、宗太郎とも似た端正な面立ちが露わになり、固い印象が和らぐ。

「お前なら務まる。見事に〝秤にかけた〟だろう? 政治家さんたちは、渡瀬川先生が何とかしてくれるさ。(まこと)君の絵は、権力者層にもファンが多いしな」

 卓の父・渡瀬川広(わたせがわひろし)は、有力な国会議員の顧問弁護士をしている。息子が弁護士職を継がないことこそ嘆いているものの、その上司である尊の人となり、実力を理解し、重んじていた。尊の一歳、年長である兄の真は水彩画家として名を馳せており、彼の描く絵には今ではブランド的価値が加わり、高値で売り買いされている。

「で、宗太郎にはお前が出した無理ゲーに代わるミッションを与えた。鏡花ちゃんではなく、私から一本、取ること」


「……僕、突発性難聴になったみたいです」

「突発性難聴の人に謝れ。鏡花ちゃんが宗太郎を相手にするなど、心情的に可哀そうだろうが、ドS。安心しろ、全力で行く」

 良い笑顔だ。

 そうじゃない。

「九曜家の庭に凝縮結界を張るから、付近にも被害は出ない」

 そこでもない。

「隊長、息子さんが嫌いなんですか?」

「まさか。母ちゃんと私の、愛の結晶だぞ」

「Sでしたっけ」

「寧ろ、Ⅿだ」

「否定してください、ナンバー1。貴方、鬼ですか」

「よく言われる。鬼禎允って」

 それも違う。

「隊長から一本なんて、僕でも無理ゲーですよ」

「期限はお前より延ばしたぞ。今年いっぱいだ」

「…………」

 ジョッキ大盛りのタバスコに、水を一滴加えるようなものである。

「鏡花ちゃんは何て?」

「怪我しない程度に宗太郎をぶちのめして、あいつの目を覚ましてやってくれ、と。婚約のことはまた考える、と言ってくれた。そう言えば、お前に会ったらしばいてやるとも言っていた」

「わあー」

 怖い。言わば全力の自分と戦うようなもの。

「鏡花ちゃんのこと、お好きですね」

「大好き!」

「ロリコン」

「あの子はもう、子供じゃないぞ。お前だって、翔子ちゃんが彼氏連れて来たら、僕と戦って勝ったら交際を認めてあげる、とかいう無理ゲーを出すんだろう」

 尊の眉間に皺が寄る。

「翔子はそんなことしませんよ。パパと結婚するんですから。つまり、僕とですね」

「重婚は犯罪だぞ」

「愛があれば、どうとでもなります」

「お前、千鶴属性だったか」

「えー。それは不本意!」


 話が日本海の荒波のように流れて行く。

 異能課には美形と変人が多い、と県庁内ではよく言われている。



宗太郎「ご要望通り、アップですよ。良かったですね、先輩」

尊「うん。まあ、星二つ」

卓「すごい描きにくいから、もういっそ先輩の存在ごと消そうかと九藤が思ったそうな」

尊「何それ。横暴。もしかして、その八つ当たりで僕、酷い目にあってるの?」

宗太郎「いえ、それはただ書いていて面白かったからだそうです」

尊「……」

宗太郎「気をつけましょう。一応、俺たちの生殺与奪の権は、あいつに握られてるので」

~次回はキスシーンに挑戦しようと思う九藤は既に面倒だと思っている~

尊「僕と明子の?」

卓「俺と鏡花ちゃんの?」

宗太郎「俺と鏡花の?」

禎允「私と母ちゃんの?」


尊・卓・宗太郎「「「…………」」」


尊「いや、隊長。巫女との接触は身内でも厳禁ですから」

卓「俺と鏡花ちゃんだろ、絶対!ここんとこ、良い雰囲気だったから!!」

宗太郎「ふざけるなよ卓」

卓「ああ?やるか、こら」

宗太郎「上等だ!」

禎允「二人とも、後で隊長室まで来い」

宗太郎・卓「「……はい」」

尊「やーい。怒られるー♪」

禎允「ついでだ、鴉ヶ谷。お前も来い」

尊「またあ!?」



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