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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 零
56/58

午前四時半




挿絵(By みてみん)




 食事を終え、寝る段になって卓と鏡花は揉めた。

 二人とも、相手にベッドを使わせようと譲らない。結局、卓が「男をすたらせないで」と言って、鏡花をベッドに押し込み、自分はリビングの床に寝た。今度、給料が出たらソファーを買おう、と思う。

「はーい。じゃあ、おやすみー鏡花ちゃん」

 保育士さんのように言って、電気を消して即席の寝床に潜り込む。

 暗闇の中、間接照明と、カーテンを透かして漏れ来る街の明かりがうっすら、室内を明るくする。本来なら卓はいつも夜更かしするのだが、鏡花を放ってテレビゲームに興じたり、ネットサーフィンしたりする気にもなれず、早々に就寝となった。

 カーペットの上とは言え、固い床は居心地が悪い。

 寝つきの良い性質で良かった、俺って何てジェントルマン、と思う。しがみついた鏡花からは良い匂いがして、宗太郎はこの子と毎晩、同じ布団に寝て何もしないでいられるのか逆に変態、等々、考えながら眠りに入ろうとした卓の耳を、鏡花の声が打った。


「卓」

「ん?」


 意識が早くもとろとろしていたので、一瞬、「あれ、何で鏡花ちゃんがいんだ?」という思いが頭をよぎる。そして現状を思い出す。


「宗太郎が、零になりたいと言っている」


「――――――――」


 意識が覚醒した。




 尊はマイホームに帰らず、寮で寝ていた。

 ドアの外側には鴉がトールペイントされた札がぶら下がっている。愛妻・明子のお手製だ。

 寮のほうが職場に近い。愛する家族の待つ我が家は、何光年と遠く感じる。


 着流しの上、綿入れに袴、と横着して仕事着で寝ていた彼の枕元に置いていた携帯が喚いた。目が開き、素早く携帯を取る。時間帯に関わらず、零への出動要請は多い。

 着信の名前を確認すると、緊張した身体が一気に弛緩する。この時間、この相手で仕事絡みの可能性は低い。それでも一応、外向きの対応をする。


「はい、こちら零」


 フルネームも正式な肩書も面倒なので、ずぼらして一番、簡潔な名称を告げる。


『何やってんすか、先輩』

「それはこっちの台詞だよ、卓。今は君の活動時間帯じゃないでしょ」


 結んでいない薄茶色の長い髪を搔きながら、欠伸した。時計は午前四時半を示している。

『鏡花ちゃんが俺んとこにいます』

 卓は尊の皮肉を無視した。

「――――はい?」

『話は聴きました。俺は隊長職にあんまり興味ないです。後輩いびりやめろ。そんだけ』


 通話が切れる。

 卓の短い台詞を統合して、尊は点と点を結びつけた。腑に落ちる。


「あー……。そうなっちゃうかあ」


 がっくり、項垂れる。その可能性を見落としていた。「駄目じゃん、鏡花ちゃん。嫁入り前の女の子がさあ」、などと他に責任転嫁した独り言を呟きながら、ボス、と枕に顔を埋めた。

 嫌な予感がする。



 卓は、我ながら柄にないことをしている、と苦虫を嚙み潰したような顔で、次に頭の良い莫迦に電話をかけた。鏡花を起こさないよう、キッチンに移動している。相手は尊と同じくらいに素早く反応し、正式な肩書ではないものの、きっちり名乗った。

『はい、こちら第一の甲。九曜宗太郎』

「おい、頭の良い莫迦野郎」

『……卓。仕事じゃないなら切れ。何でこんな早くに起きてる。いつも遅刻ギリギリの癖に』


 その説教臭い台詞を聴いて、卓の腹の底にあった火山が噴火した。桜島規模である。


「鏡花ちゃんがうちにいる。おやっさんにどやされたくなかったら、とっとと迎えに来いっ!!」

 当の鏡花を起こす懸念も忘れ、つい怒鳴ってしまった。

『――――寝言か? 切るぞ』

「昨日の鏡花ちゃんの着物は緑青の地に梅の花柄、帯は濃い紫」


 間があった。


『すぐそっちに行く。お前、鏡花に指一本触れるなよ。事と次第によってはくそ面倒臭い手続き踏んででも、決闘してやる』

「上等だ、石頭の朴念仁! 飛んで来やがれ」



 実際、宗太郎は飛んで来た。交通機関を使わず、空を経由して。

 牢屋の中に、鏡花はいなかった。卓は嘘を言っていない。


 ベランダの窓硝子を叩くと、仏頂面の卓が待ち構えていた。

「遅い」

「鏡花は?」

「奥の部屋。まだ寝てるから、起こすなよ」

 宗太郎はお邪魔しますも言わず、草履を脱いで室内に入ると、卓のベッドで寝ている鏡花の姿を確認した。ほ~~~~っ、と脱力する。

 腕組みした卓が、白けた目を向けた。

「着物一式と鏡花ちゃん、抱えて帰れ。服は貸しとく」

「どうして鏡花がお前の服を着ている」


 宗太郎の咎める声に、再び、噴火しそうになる桜島を抑え込んで答える。


「女が着物姿で寝るのはきついだろうが。だから、俺の服を貸したんだよ!」

「……そうか。助かった。けど」

「あん?」

「彼Tみたいで不愉快」


 緊縛、の言葉を必死で呑み込む。

卓は昨夜からあらゆる意味で忍耐力を試されていた。


「とっとと帰れ、ボケなす。二度と来んな。鏡花ちゃんは、可。但し、次、鏡花ちゃんがまた一人で泣いて来たら、お前には返してやらねえからな」

「……泣いて」

「おら、帰れっ」


 ベランダの硝子戸を開けて、宗太郎を蹴り出した。



 第一の甲、一番手とも二番手とも目される後輩たちの諍いを他所に、尊は再び眠りに就いていた。卓からの電話の後、彼はしばらくこれから起こる出来事を、色々と検証してみた。


 結果。


「まあ、いっかあー」


 寝た。





 鴉ヶ谷家は、白衣家や九曜家のような、強い異能力者を輩出する名家とは異なる、ごく普通の一般家庭だった。


 尊が生まれるまでは。

 

 祖父母、両親から愛情を注がれ、兄とともに健やかに成長した彼は、五歳の時にはもう、第一の甲となる為に必須とされる、十以上の異能を有していた。家族はそれを喜ぶよりも、寧ろ危惧し、尊を守る為にその事実を隠して彼を育てた。

 よく女の子に間違えられる幼い尊は、どうして異能を隠さなければならないのか、不思議に思って母に尋ねた。

「どうして、しー、なの?」

「尊が、普通に安心して暮らせるように。だから、このことは、しー。ね?」

 尊は小首を傾げた。母の柔らかい笑顔。奥底に、守ろうとする意志を秘めた笑顔。

 薄茶色の髪の毛が、さらさら流れる。


 素直だった彼は、言いつけを守った。

 しかし、小学二年になる尊が連続強盗殺人犯と遭遇したことにより、突出した能力は明らかになる。




尊「僕たちの着ている外套は、インヴァネスコートと呼ばれる種類の袖なしバージョンです。防雨・防寒用に着物の上に着こんだりして、明治時代なんかには通称とんび、とも呼ばれていました」

卓「和装には合わないけど、俺はトレンチコートのほうが好き。いいっすね。ピンで表紙」

尊「九藤が体力ゆえに鉛筆でザッと描くしかできなかったんだって。外套の塗りが粗い。僕の髪の繊細さが表現されてない。筆文字下手か。鴉、重いし。徽章がちっちゃすぎて訳わかんない」

宗太郎「注文が多い…」

尊「宗太郎も描いてもらったんだろう?」

宗太郎「はあ」


挿絵(By みてみん)

宗太郎、髪伸びたバージョンなう


尊・卓「「…………」」

宗太郎「?」

卓「頭の良い莫迦が美化されてる気がする。小面憎い」

尊「イケメンだね。僕もアップが良かった。外套とか鴉とかのオプションなくても良いからさ」

卓「ここで、もらったバレンタインチョコの多かった順が下に。作中では二月だしな。一位から名前、チョコの数など」


№1 鴉ヶ谷尊 異能数と同様、ゆうに百を超える。数え切れない。

ちなみに二月十四日生まれ(なので作中で年を一つとっている)ホワイトデーが毎年、大変。

№2 渡瀬川卓 86 

ブランドもののチョコは姉たちに取り上げられる。代わりに、ホワイトデーの準備を手伝ってもらっている。

№3 九曜宗太郎 79

貰ったチョコレートは全て鏡花の胃袋に収まる。鏡花は手作りのチョコレートをくれるので、それだけで満足する。ホワイトデーは、まめに返すが、鏡花には三倍返しくらいする。

№4 九曜禎允 35

本人曰はく、「母ちゃんからのチョコが欲しい」。まめに返す。但し、和菓子に偏りがち。

№5 貞川博 34

わりと本命チョコが多い。母からは早く結婚しろとの催促。ホワイトデーのお返しは部下に手伝ってもらう。

№6押小路美晴 30

内心では要らない、邪魔、と思っているが、一応は礼を言って受け取る。チョコの他、高級なネクタイピン、革小物、カフスボタンなども貰う。ホワイトデーが憂鬱なので、こんな行事、滅べば良いと毎年考えている。

№7大目黒千鶴 14

なぜか墓前にチョコが捧げられている。お返しの心配はない。



尊「ご婦人たちからのご好意はありがたいんだけどさ。ぶっちゃけ、明子から貰えればそれで良いんだよ」

卓「俺はチロル〇コとか板チョコで良い。あ、けどウィスキーボンボンは好きだからそれは姉貴たちにも譲らない」

宗太郎「鏡花のチョコレートが世界一」


尊・卓・宗太郎「「「…………」」」


卓「なあ、何であいつまでチョコ貰ってんの? あの世には届かないぜ。墓に蟻がたかるぞ」

尊「コアなファンがいるんじゃないの。ほら、彼、ビジュアルは良かったし」

宗太郎「ホワイトデーにお返しが届いたりして」

卓「いやいや、そんなホラーな」

尊「ねえ? ないない」


番外 白衣鏡花 ゆうに百を超える。

二月十四日になると差出人不明で「鏡花お姉様へ♥」とチョコが郵送されてくる。お返しできない。


卓「何、それ」

尊「鏡花ちゃん、チョコの数まで僕と張るの?」

宗太郎「鏡花は人気があるので。それも当然ですが」

卓「お前がドヤるな、宗太郎」



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