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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 零
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鴉の無理ゲー

 『婦女子連続胸穴事件』、並びに白狐の一族の長・怜羽殺害事件に終止符が打たれた年が明けて、時は二月を迎えていた。まだ寒さ厳しい季節、歩く道の端にも雪が解け残っている。

(ゼロ)になりたい? 本気で言ってるの、宗太郎」

 黒い外套を纏ったまま、喫茶店のソファーに座る鴉ヶ谷尊は呆れた顔をした。昨年、父となった彼は愛娘と過ごす時間も思うように取れず、相変わらず忙殺される日々を送っている。そんな彼に頼んで時間を作ってもらい、宗太郎は午後、喫茶店にいた。

「本気ですよ。鴉ヶ谷先輩」

「無理でしょ」

 あっさり、美貌の天才異能力者は判じた。

「零は、特殊異能部隊隊長と、第一の甲の、間。つまり日本をまとめる異能力者集団のナンバー2だ。今は、僕しかいないけど」

 尊の外套の襟には、銀に鴉の姿、「零」と刻印さ徽章(きしょう)が光っている。宗太郎の紺色の外套の襟には、銀に八重桜、「甲一」と刻まれた徽章。これらの徽章は、衣服の見える箇所に取りつけるよう、規則で厳しく定められているが、尊はうっかりなくしたり、つけ忘れることがしょっちゅうだし、宗太郎も尊ほどではないが、かなりぞんざいに扱っている。

 そもそも、尊が異能部隊に所属する以前は、零という階級は存在しなかった。尊が異能部隊隊長・九曜禎允に次ぐ実力者であるがゆえ、第一の甲とも区別され、特例として作られた階級が、零である。第一の甲は、異能力者であれば誰もが憧れるエリートクラスだが、零はまた格が違う。

「宗太郎、出世コースに興味ないじゃない。上昇志向もあんまり、あると思えないし。まあ、それで第一の甲にまでなってるんだから、流石、隊長の息子だけど。給料アップしたいの?」

 尊は、クリームソーダについていたストローをくわえ、行儀悪く上下に動かしながら、後輩を眺める。宗太郎の顔つきが、大人びたなと思いながら。髪も少し伸びた。後輩が成長してゆく姿を見るのは、嬉しいことではある。

「鏡花を守りたいから」

「…………」

 宗太郎の目に宿る光は真剣だった。

 その光を注視しながら、去年の騒動を尊は思い出す。内容の濃い、凝縮された年だった。尊にとっても。騒動の後、宗太郎は鏡花と婚約したが、鏡花には特別と見なしていた亡き千鶴の記憶がないままだ。

「鏡花ちゃんは君より強いけど。僕と張るくらいだよ? それとも、男としての沽券(こけん)に関わるとかって話かい」

「いえ」

 首を振った宗太郎の黒髪が、さら、と揺れた。

「あいつは、内に爆弾を抱えています。千鶴を思い出す時が来るかもしれない。……また、異能が暴走する可能性もある。前は千鶴が蒼穹の玉を使って抑えたけれど、今ではもう、それも望めません。だから、鏡花や先輩と並ぶくらいの力をつけておきたいんです」

「……その思考の結論が、零かい」

「はい」

 にこっ、と尊は笑う。

「僕はまた、この超、お洒落でかっこいー鴉印の徽章が欲しいのかとばかり」

「いえ、それは要りません」

「…………」

 冗談ではあるが、即答されると悲しい。例え宗太郎が零になったとしても、徽章の印は鴉にはならない。零の場合は他と違い、それぞれで意匠を希望出来る。尊の場合、鴉の意匠を特に希望した訳ではない。異能課上層部から、「イメージ戦略の一環で!」とごり押しされたのだ。イメージ戦略と言えば、CMに出ろ、ファッション雑誌の取材を受けろ、果ては映画出演やらまで要求され、鴉ヶ谷尊オリジナルグッズまでが巷に出回っている。「異能課って何だろな」と時々思う。

「ねえ、そのマフィン、食べないの?」

「鏡花にお土産に持ち帰ろうかと」

「追加注文しなよ。それじゃ足りないよ」

 それもそうだと素直に首肯した宗太郎が、店員を呼ぶのを眺めながら、さてどうするか、と尊は考えた。現隊長・禎允の次、隊長になるのは自分だろう。禎允の後任は尊でも荷が重いが、他に適任者がいない。しかし尊には、去年、卓に打ち明けた通り、宗太郎を自分の後任に指名する気はない。特殊異能部隊隊長の座に就かせようとは考えていない。卓を推す積りだ。だが、万一、宗太郎が零になって、卓が第一の甲のままだとすると、それは難しくなる。アンバランスな人事に、隊員たちからも疑問の声が上がるだろう。

 そこで尊は、かぐや姫ではないが、宗太郎に無理ゲーを課すことにした。

 マフィンの入った包みを持つ宗太郎に笑顔で告げる。


「鏡花ちゃんから一本、取ってごらん。そうしたら僕も、宗太郎の零就任を認めるし、隊長にも進言してあげよう」


 驚くかと、尊は予想していた。宗太郎の目が、丸くなるものとばかり。

 しかし、宗太郎は動揺する様子もなく、真顔で頷いた。

「解りました。期限は?」

「――――今年の春。桜が散るまで」

 宗太郎を、少し見くびっていたかもしれない、と尊は思う。ひやりとした。彼ならば、成し遂げるのではないかと咄嗟に危惧して、猶予期間を短くした。相手は鬼禎允の息子だった。九曜家の跡取り。日本の防波堤と国内外から目される父の血を継ぐ青年。


「……ねえ、やっぱり再来週までにしない?」

「男子の一言金鉄の如し」


 尊の悪あがきを、宗太郎はその一言できっぱりと拒絶した。

「忙しい中、有り難うございました。ここの支払いは、俺が」

 そう言って伝票をさっと取り上げると、鏡花へのお土産を抱えて律儀に一礼し、宗太郎は尊を置いてレジに向かった。その姿を見送り、尊は携帯を取り出す。待ち受けには愛しい妻子の画像。


「明子。僕、ミスったかもしれない。翔子。今週末こそは定時で帰れるよう頑張るから、パパと一緒にお風呂入ろうね……。アヒルの玩具で遊ぼうね……」




 鴉ヶ谷尊。年改まり二十八歳。日本における異能力者のナンバー2。

 現存する唯一の零である。

 





卓「俺は?」

鏡花「私は?」

千鶴「俺は?」

卓「……いや、お前もう死んでるし。出てきたらこえーだろ」

宗太郎「オリジナルグッズ…?ああ、開発部の連中の仕業か」

卓「他人事じゃねえぞ、宗太郎。俺やお前のもあるらしい」

宗太郎「初耳なんだが」

卓「鏡花ちゃんのも作ろうという企画が浮上中」

宗太郎「じゃあ潰そう」

卓「おい、第一の甲」

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