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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
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小人の街

「来たかっ。悪の首魁・九曜禎允!」


「君、少し前まで、私に『異能の会』幹部になれと勧誘してきたよな? 私の記憶違い?」


「私は目覚めたのだ! 千鶴先生が、本当の悪の何たるかを教え、私を導いてくれた」


「ああ、そうなの。人心操作が得意ね、彼」


 禎允は耳の穴をほじっている。明らかに白けていると判る。ちら、と異能力者たちが群れた箇所に視線を送る。


「おおい、鴉ヶ谷。私の出番はこんなちゃちなところであって欲しくない。お前がやれ」


 尊は聴こえない振りをした。誰だって貧乏くじは引きたくない。尊の心の声が聴こえたかのように、禎允が忌々しそうに溜息を吐いた。


「もう、解ったからおいでよ。私は八時からの時代劇を観たいんだ。勧善懲悪者が好きなんだ」


「勧善懲悪なら貴様に相応しかろう! 行けっ。奴を滅ぼせ」


 時雨の号令と共に、異能力者たちが動く。その数は、禎允一人に対して圧倒的だ。しかし、尊たちは欠片も上司の身の安全を心配していなかった。寧ろ、ここら一帯が禎允の異能により、壊滅的打撃を受けることのほうを危惧していた。尊と鏡花は国宝異能をそれぞれ一つ、有するが、禎允の有する国宝異能は四つ。それは、国宝異能の国内最多所持数である。


「闇あん海かい崇そう城じょう」


 一声、禎允が告げた。やはり親子だろうか。禎允の異能も青に近い。うねる波のような異能が、異能力者たちを取り巻き、頸部圧迫、腕や脚をへし折って行く。夜闇の嵐のような圧倒的異能だった。禎允の異能を受けた者は、或いは苦悩の呻きを上げ、或いは嘔吐しながら倒れた。


 異能力者は数十人は集っていた。その大半が、禎允の異能によって重傷を負い、戦闘不能にさせられた。残る異能力者は、それなりの実力者だったが、禎允に襲い掛かるや否や、柔術で赤子の手をひねるようにいなされ、腹部に波動の塊を受けていずれも沈んだ。


「山の攪乱かくらん」


 最後の手勢に禎允が異能を発動させると、彼らは巨岩に圧された如く身体が動かなくなり、呼吸するのがせいぜいとなった。息も絶え絶えになりながら、仁王立ちする禎允の背後に、巨大な山の幻覚を見る。禎允は実力を寸分の一も出していない。極力、相手に致命傷を与えないよう、また、周囲に被害を及ぼさないよう、細心の注意を払ってこれである。巨人が小人の街を、恐る恐る歩く様にも似ていた。禎允は、ぼーっとして突っ立っている。彼はもっと自分が活躍出来る、手応えのある相手がいるものと思っていた。これではとんだ肩透かしだ。


「足りないよねえ。隊長相手なら、百人単位くらいは用意しないと。いや、千人いくかな?」


 庭からこっそり上司の勇姿を見ていた尊はやれやれと肩を竦めた。


「……なあ、私の出番、これで終わり? こんな雑魚共相手に鬼禎允が異能発動させたとか、笑えん冗談だぞ」


 禎允が不興極まりない顔になっている。全力を欠片も発揮できず、消化不良この上ないのだ。


「そこ、皆、止まりなさい!」


 新たなる拡声器の声の主は、異能課長官・押小路美晴だった。この騒動の報告を受け、県警本部長の貞川博と共に駆けつけたのだ。ごろつきの異能力者同士の喧嘩であればいざ知らず、『日本異能の会』が相手取ろうとしているのは、異能部隊隊長である九曜禎允だった。相手が悪過ぎる。


「九曜殿、一体これは何事ですか」


「私、知らないもん。そこのおじさんがいきなりやって来て、攻撃仕掛けて来ただけで、降りかかる火の粉を払っただけだもん」


 事情を大体、把握した貞川が微苦笑している。とりあえず事情聴取をする為、時雨たち一党は貞川ら県警本部に連行された。迷惑を蛇蝎だかつの如く嫌う押小路は、禎允にも非があると言い、長々と説教を始める。


「九曜殿」


「……はい」


「そもそも、これは『婦女子連続胸穴事件』とも、北方を治める白狐の長・怜羽殺害事件とも関連の深い事件です。主犯と目される大目黒千鶴、山本芳文、佐々木神楽耶、黒斗初道らは異能課と県警合同による捕縛・もしくは殺害も視野にいれており、そこに九曜殿が勝手な作戦立案をする余地などある筈もなかったのですよ! なぜ、我々に相談報告の一言もなく、独断による作戦を決行されたのですか。巫女の託宣を受けた時点で、私ももっと追及しておくべきだった」


「ごめんなさい」


 押小路は眼鏡の縁を持ち上げて、続ける。


「道化を演じた『日本異能の会』はもう終わりです。後、残る敵戦力は」


「山本芳文は死亡。残りは不明。大目黒千鶴は宗太郎が追った」


「……全然、片付いてないじゃないですか。良いですか。この件に始末がついた後には、山のように報告書を書いていただきますからね!」


「一応、功労者としての労いとか報奨金とかは……」


 押小路が、禎允に氷のような眼差しを向けた。それから間を置いてぽつりと、山本芳文はまだ未成年だった、と呟いた。




「時代劇が見られなかったあああああ」


 しょんぼりしている禎允を横目で見つつ、卓も尊も、まだ夜は終わっていないと感じる。千鶴が姿を現さない。鏡花が連れ去られ、それを追った宗太郎が戻らない。それらの事実は、異能の実力者たちの神経を引き締めるに十分なものだったのである。


「あと、もう一人忘れてるしね」


 再び屋根の上に乗った尊の言葉に、卓も頷く。


「黒斗初道でしょう。先輩が生きてるの知ったら、びびるでしょうね」


「いやあ、僕も今回は死んだかと思ったもん」


 そう言いながら、天才異能力者はえへへと薄茶色の頭を掻く。昔は長髪ではなかったが、明子に髪の色を褒められて以来、伸ばすようになった。




 実家における騒動も知らず、宗太郎は、やっと目当ての小屋に辿り着いた。息が切れている。夜の海は黒々として、人を呑み込む妖怪のように不気味だ。小屋の板戸に手を掛けようとすると、パアン、と弾かれた。結界が作用しているが、宗太郎も譲る気はない。反発を喰らうのを承知で、無理矢理にこじ開けた。右腕に電流が流れるような痺れが生じる。中から出て来たのは大目黒千鶴。龍神の導きは正しかった。


「何の用かな。俺は君が嫌いなんだけど」


 いきなりの切り口上である。千鶴の苛立ちが伝わって来た。


「ああ、俺も嫌いだ。顔も見たくないけどな。鏡花を返せ」


 千鶴がちらりと視線を遣った後ろを、宗太郎も覗き込んだ。鏡花が横たわっている。縛めもなく彼女がじっとしている筈がないから、異能で拘束されているのか。ともかく、鏡花の無事を確認した宗太郎は、ほっとした。


「鏡花を返せって当たり前のように言うけど。鏡花は君のものじゃないだろう」


「そうだな。でも、お前のものでもない」


「宗太郎」


 宗太郎が小屋に踏み込んで、初めて鏡花が声を発した。


「鏡花、待ってろ。すぐに助けてやる。……あと、一瞬でもお前を疑った。ごめん」


「へえ、認めるんだ。素直だね」


 パチパチ、と炎の爆ぜる音がする。



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