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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
39/58

エマージェンシー

「大事なデートを邪魔されたんですよ!」

「……鴉ヶ谷。お前、報告の仕方はそれで正しいのか」

「大事なデートを邪魔されたんですよ!」

「うん。変わってないな。鴉じゃなくて鸚鵡(おうむ)なのか」

 県庁異能課。禎允の執務室では、朝の眩しい光にも負けじとばかりに、尊が声を大にして不満を張り上げていた。最近は禎允も出勤することが多い。『婦女子連続胸穴事件』は発生しなくなったが、千鶴の対処がある。特に、こちらは白狐の一族の憤懣(ふんまん)も高まり、急務の用件ではあった。但し、急務をそれとして片付けさせてくれないのが大目黒千鶴である。禎允にしても頭の痛い問題だった。そこに来て、尊の発言を要約すると、明子を伴った水族館で異形の襲撃に遭ったらしい。妻子は尊のアキレス腱だ。尊が珍しく憤りを見せているのも無理からぬ話であり、こいつも人間だったかという安心感も同時に湧いた。

「お前をまず潰そうという千鶴の思惑はよく解る」

「僕だって解りますよ、それくらい。問題は、明子が巻き込まれかねないことです」

「ふうむ」

 禎允は思案した。尊と明子夫婦の安全を確保し、尚且つこちらの戦力の増強を狙うことの出来る妙案。あるにはあった。

「鴉ヶ谷。お前、明子さんと一緒にしばらくうちに来ないか?」

 尊の、色の薄い瞳が丸くなった。

 夕刻、尊と明子が九曜邸を訪れた。尊がスーツケースを二つ、持っている。二人は、律儀に牢内の鏡花にも挨拶に来た。

「しばらくお世話になるよ、鏡花ちゃん」

「よろしくお願いします」

「ああ。解った。つまり」

「そう、つまり強いの強いは、とっても強いということなんだよ!」

「尊。お前、どうして発言が時々、残念極まりないんだ?」

「失礼な!」

「つまり、禎允殿と尊、私、宗太郎がいるこの家には、如何に千鶴と言えど、迂闊に手出し出来ないという訳だろう」

「そうそう、その通り」

 かくかく、と尊が頭を振る。明子は、夫の言動はいつものことと置いておいて、美麗な牢内の様子を興味深げに眺めている。

「とても素敵な牢ですね」

 妙な日本語だ。

 言い方が天然方向になるのは、夫婦揃って似たのかもしれない。

「有り難う、明子さん。尊はともかく、この家で不自由があれば何でも禎允殿に言うと良い。私は所詮、幽閉の身ゆえ」

 明子が柔らかに笑う。鏡花の実情を知った上での笑みだった。宗太郎も、この場には立ち会った。父・禎允の思惑は良い線を行っていると思う。異能力者でも三強と称される人物が、一つ所に揃い踏みするのである。これは対千鶴の有効策だ。

「ところでな、鏡花。悲しいお知らせがある」

「何だ、宗太郎」

「おとよさんがしばらく戻らない」

「何だと……!?」

「娘さんが産気づいたそうだ。あちらの手伝いに行くから、当分、九曜の家政婦頭としての任は果たせないと」

 鏡花ががく、と膝をついた。

「莫迦な……。おとよさんの料理がなくては、私は一体、何を楽しみに牢暮しを送ったら良い」

 色々あるじゃないか、と宗太郎は思う。パソコン、ゲーム、大型テレビまで揃っているのである。消沈する鏡花に、明子が恐る恐る声をかけた。

「よろしければ私が作りましょうか……?」

「明子はとても料理上手だよ!」

 鏡花がその言葉を聴くや、明子の両手をがっしと握る。

「頼む、明子さん……! 私も手伝うから」

「鏡花も作るのか?」

「無論。身重の明子さんだけに負担はかけられない」

 その言葉に、宗太郎は内心、喜んでいた。おとよの料理も、もちろん美味だが、鏡花の料理は、それとはまた別種の美味しさを宗太郎に運んでくれるのだった。

 明子と鏡花がそれぞれ風呂に入り、上がってから台所に立つまで、男二人はそわそわしていた。双方、想い人の料理である。尊は明子の手作り料理を何度となく食べたことがあるが、宗太郎は鏡花の作る料理を食べた経験が非常に少ない。どんな料理が出来上がることかと、尊と宗太郎は二人して美食牢の牢内で待ち侘びていた。

 やがて運ばれて来たのは、鮭のちゃんちゃん焼きに茸具沢山のつみれ汁、法蓮草のお浸しに、(あじ)の酢の物だった。

「美味しい!」

 宗太郎と尊が同時に声を上げる。明子と鏡花は同時に顔を見合わせて微笑んだ。

「おとよさんに負けない腕前じゃないか!」

「それは言い過ぎだ」

 鏡花が照れている。そして、本人も当然の如く食べている。お代わりをほいほいしているところを見ると、自分でも自分と明子の料理が気に入ったのだろう。意外にも豊かな夕食が済んで、鏡花たちは寛いでいた。


「母様を殺したのは、大目黒千里らしい」


 ゆえに、鏡花の言葉は和やかな団欒に投下された爆弾に等しかった。突発的事項に耐性のある尊は顔色を変えず、へえ、と相槌を打つ。

「母様は大目黒千里を信頼していた。それを遠因として百花の乱は起きた。あらかたの百花の乱の真相はこれで了承した。いずれ仇は取る。その息子相手でもな。禎允殿がいれば、この牢獄、より強固なものとなるだろう」

 かなり簡略に過ぎる、と聴く側には感じられる内容だった。

 それは宗太郎も同様で、彼は、鏡花が他に何を話したのかも気になる。鏡花は、そんな宗太郎の様子を一瞥したが、何も言わなかった。



卓「はい。今回は九藤、体調不良で死にそうとのことで、さくっと控え目に」

宗太郎「土曜日の、俺と鏡花のスイートデーまでは、死んでも生きてもらうぞ」

卓「お前、そればっかな」

宗太郎「あいつ、年中、死ぬ死ぬ言ってないか?太宰治なの?」

卓「ビッグネーム出たな。単に虚弱なだけだろう。えー、九藤からの伝言。『お見舞いにブクマください』『評価でもいいです』『レビューでもいいです』『早期回復、頑張ります☆』」

宗太郎・卓「「……」」

宗太郎「本当に病気なのか?」

卓「『ベッドの住人なう』」

宗太郎「に、してもがめついな。あざといな。最新で頂いたレビュー紹介もまだな癖に」

卓「それと前後するタイミングであのポンコツは体調が悪化したそうな。宗太郎、九藤がそろそろ死ぬからお開きにしろって」

宗太郎「……桜桃忌」







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