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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
38/58

逆鱗

 翌朝は快晴だった。尊は寮から自宅に戻り、愛妻との朝食を味わった後、かねてより予定していた水族館デートに向かった。尊がフェラーリを運転し、妻の明子を後部座席に乗せる。シートベルトを、腰、肩、共に慎重に着用させるのも忘れない。無論、腰ベルトは腹部の膨らみを避ける。シートベルト補助具であるマタニティー専用ベルトも装備して、明子の負担を軽減させる気遣いも万全だ。とかく尊は、明子の初の出産ということもあり、妻子に対して過保護であり、慎重だった。道路は平日ということもあり空いていて、中央分離帯の銀杏が黄金に染まる気配を見せ始めている。

「明子。大丈夫? 苦しくなったりしたら言ってね」

「ええ、大丈夫よ尊。水族館、楽しみね。私、お弁当作ったの。お昼に一緒に食べましょうね」

「朝早くから起きてたもんね。きっと美味しいだろうな。僕も楽しみだよ」

 にこやかな会話が交わされる。尊は紫紺の単衣に黒い袴を穿き、黒い外套を羽織っていた。狙った訳ではないが、鴉の異名に相応しい様相に、薄茶色の髪の毛が映える。薄青のサングラスも着用しているが、これは色素の薄い茶色の瞳が日光に弱いからで、お洒落ではない。また、気分によりかける時とそうでない時がある。明子も夫に合わせた、青を基調とした和装をしている。繊細な顔の造りの佳人で、儚い風情が漂うが、これで一本、芯が通ったところがあるのを、尊は知っている。そういうところに惚れた。と言うか、明子の何もかもに惚れている。出逢って当初より、いっぺんに心を持っていかれた。明子も自分を好いてくれたのは、人生で一番の僥倖だったと考えている。尤もそれは、自分という人間のスペックをいまいち把握していない尊の、盲目な箇所である。卓あたりから言わせれば、「解ってないっすね」と突っ込まれるだろう。因みに、明子のほうが尊より一歳、年上である。

 水族館に着いて、駐車場に車を停め、明子と二人、入場券を買って入館する。各種コーナーではクラゲやカブトガニ、タツノオトシゴなどの展示があった。恋人や男女連れに特に人気の、海底にいる気分が味わえるアクアトンネルでは、明子が目を輝かせた。無意識に尊と手を繋ぐ。すぐ近くには土産物コーナーがある。

「入っても良い?」

「もちろんだよ」

 妻の要望に、尊はにっこり笑顔で答える。店内には主に海の生物のぬいぐるみグッズなどが売られていて、もう二十歳も過ぎたというのに、そうした可愛いものに心惹かれる妻をこそ可愛いと尊は思う。

「後でもう一回、来たい」

「良いよ。何か、記念になるようなお土産を買おう。星五つのね」

 明子がくすくす笑う。

「変わらないわね。星をつける癖」

 ふと、尊が不安そうになる。

「……嫌?」

「いいえ? 貴方らしくて好き」

 尊が、子供のようにほっとした顔になる。イルカショーの時間に合わせて、巨大な水槽が設置されたすり鉢状の階段に向かう。ここは平日でもそこそこ客がいて、イルカのジャンプなどに合わせて歓声を上げている。尊も明子も例に漏れず、ショーを楽しんでいた。

「はい! 次はアシカ君と握手のコーナーです! アシカのジョージ君と握手したい方!」

 係員の若い女性が元気な声で募る。

 それに劣らず、元気な声を出して挙手したのが尊だった。

「はい! はいはい!」

 美貌の男性の、らしからぬ子供じみた無邪気な動作に、周囲から忍び笑いが漏れる。中には、尊の顔を知る客もいて、「あれ? 鴉ヶ谷尊……」などと呟いていた。

「はい、ではそちらの元気なお兄さん、前へどうぞ」

 係員の女性も笑いながらのご指名だ。

「明子、行っておいで」

「え? 尊は良いの?」

「うん。僕は、君とジョージ君のベストショットを撮影しておくよ」

「でも……」

「うん?」

「一人じゃ、心細いわ」

 薄赤くなって俯く妻の頭を見て、尊はその手を握り、ともに階段を下りてジョージのところに向かった。

 水槽の上は半分、球状の屋根がかかり、日輪を控え目に遮っている。その日輪の向こうから、彼らはやって来た。

 水色の、意思を持つ何体もの流動体。

 彼らは身体を分裂させると、その欠片で以て人々に襲い掛かった。水色を浴びた人が、火傷を負い、悲鳴を上げる。水槽の周辺はパニックになった。一人、冷静な面持ちを崩さなかったのは、尊である。彼は妻と係員を自らが着ていた外套を脱いで庇い、水色の異形から目を逸らすことなく凛然として立っていた。まずは、明子の無事が何より優先事項である。尊は係員と明子を水槽から遠い場所まで誘導すると、明子を抱えて飛んだ。そのまま空をよぎり、最寄りの警察署に駆け込む。一人、退屈そうに座っていた警官は、文字通り飛び込んで来た尊たちを見て、何事かと腰を上げた。そして、彼は尊の顔を知っていた。思い出すと同時に、最敬礼する。

「か、鴉ヶ谷殿っ。これは一体、何事でありましょうか!」

「時間が惜しいから手短に言う。水族館が異形の急襲を受けた。僕はこのまま取って返し、彼らを討つ。君には妻の保護を頼みたい。この警察署に結界を張っておく。良いかい。僕が戻るまで、絶対にここから動かず、妻を守ってくれ。頼んだよ」

「尊、」

「あ、鴉ヶ谷殿!」

 言い終わるや否や、尊は明子を警官に託し、自らは宣言通り、水族館に取って返した。いつもはにこやかな尊の顔が、色を失くしている。いや、笑ってはいた。しかしそれは、見る者を凍りつかせるような、極寒の薄笑いだった。サングラス越しの眼光が類を見ない厳しさだ。尊は滅多に怒らない温厚な気性だが、ごく稀に彼の逆鱗に触れることがあると、このようになる。彼は妻子に害を及ぼす存在を断じて許す積りはなかった。

「やあ、待たせたね、君たち」

 水槽の周辺に、彼らはまだたむろしていた。人々の避難は、それなりに進んでいる。尊は頭の片隅でそのことを確認する。

「千鶴君も、存外、利口じゃない。この程度、いくら来ても僕に傷一つつけることは叶わないのに」

 襲い来る水色の欠片を、尊はふう、と息を吹きかけるだけで消した。次は本体たちを殲滅にかかる。

「さて。大事なデートを邪魔してくれた君たちに、どんな異能で報いてあげようか。……ああ、言い忘れてた。君たちに星は一つもあげないよ。粉々になって散ると良い」

 実に朗らかににこやかに尊は言ってのけ、そして最後の台詞を現実化した。大きな、死神の鎌を彷彿とさせる武器が顕現する。黒い外套がなくとも、髪が薄茶色であっても、今の尊は死神そのものの禍々しさで異形たちの前に君臨していた。

「これに決めた」

 一閃。振るうと、三体の異形が消し飛んだ。もう一閃、もう一閃。尊は過たず狙いを定め、異形たちを確実に屠っていく。声なき異形たちの悲鳴が聴こえるようであったが、尊はまるで容赦しなかった。鴉は目まぐるしく、且つ素早く舞い動き、敵を屠る。

 一体の異形が、密かに尊の死角に回り込む。と、思った次の瞬間、尊はその異形の背後にいて、大きく鎌を振るっていた。

「どこ見てるの?」

 やがて狩りは終焉を迎える。

 終わったか、と思った。新手が来た。

 うんざりした気分と憤りが同時に湧く。また、その新手は黒い粘液を総身に纏った巨大な異形で、見た目からして非常にグロテスクだった。

「えっぐ……」

 それが三体。相手をするのが尊でなければあの世に行くも覚悟の状況だっただろう。しかし、相手は鴉ヶ谷尊だった。異形にとって、非常に不運であることに。尊は、鎌をしゅるしゅると縮小させると、今度は白銀の矢を取り出した。引き絞り、狙い定めて放つ。

「さららの雪原(せつげん)

 矢は異形の巨体に次々と命中し、醜怪だった異形は、尊が発動した異能の呼称のごとく、粉雪のように変じて消え去った。続けざまにもう一体。最後の一体は巨体の割に、中々素早かった。それでも急所であろう心臓の部位に白銀の矢を命中させると、異形は先の二体と同じく消え去った。全てが終わるまで、そう時はかからなかった。

 尊は何かにつけ目的達成までのスピードが速い。ハイスペックも手伝い、決着まで長引かせることを嫌う。特に今は急いでいた。

 異形を殲滅したことを見て取ると、水族館の責任者たちにその旨を告げ、急ぎ警察署に向かう。水族館の館長たちからは、尊を知ることもあり、今回の英雄的行為を、時間をかけて讃えたいと懇願されたが、妻を待たせているからと丁重に断った。

 警察署の結界は無事だった。滅多に焦らない尊が、息せき切って飛んで来た時、明子は警察官の後ろで不安そうな顔をしていた。警察官は、脚を震わせながらも立って両手を広げ、懸命に明子を守ろうとする姿勢を示している。

「明子!」

「尊! 大丈夫?」

「僕を誰だと思ってるの? 君こそ大丈夫かい? 赤ちゃんは?」

 明子は沈鬱な表情を作って見せた。

「駄目よ……」

「ええ!」

「早くも母親への反抗期に突入したみたい」

 そこで尊の顔に疑問符が浮かぶ。明子がくすりと笑った。

「無事よ。さっきから、お腹を蹴って困るの」

「そうか。そうか……!」

 尊は明子をそっと抱き締めて、自分も我が子の命を感じようとした。父になることの、感無量を思う。先程までの、殺伐とした感情が嘘のように溶けていく。それから尊は、警官を振り向いた。

「君。ええと……」

「本官は、松田であります!」

「松田君。有り難う。君は妻子の恩人だ。無論、星は五つだ。君に何か事ある時には、この鴉ヶ谷尊が力になると誓おう」

「自分は、責務を果たしただけですので。しかし、光栄であります!」

 松田は涙ぐみそうな目で、尊を見つめた。

 尊は明子を連れて、水族館の土産物コーナーにだけ再び立ち寄ると、ラッコと蛸と烏賊のぬいぐるみを買って帰途に就いた。自分をまず除き、鏡花たちを狙おうという考えを千鶴が抱いているのだとしたら、あながちその考えは間違いではない。思い上がる訳ではないが、〝異能課の鴉〟が死ねば、対大目黒千鶴の戦力の士気は大いに下がるだろう。

「にしても、お粗末な相手を送ってくれたな……」

「え?」

「ううん、何でも」

 フェラーリを運転しながら、尊は全く休日とならなかった休日の実態を心中、嘆いていた。

「結局、明子のお弁当、食べ損ねちゃった」

「おうちに帰って食べましょう? 紅茶淹れるわ」

「……うん」

 尊は素直に頷いて、その薄茶色の髪を、明子は優しく撫でた。



卓・宗太郎「「……」」

卓「見事に鴉ヶ谷尊回だったな」

宗太郎「ああ、いっそ清々しいほどに。九藤がどのキャラを贔屓してるか、よくわかるというものだ」

卓「でも俺、ぶっちゃけ今回、先輩やばいと思った」

宗太郎「それな。俺もこれは死ぬかと」

卓「しっかし、ラストの先輩の可愛らしいこと!」

宗太郎「な。鴉って言うか、仔犬みたいだよな」

卓「マジで。そんで明子さんに頭よしよしされてさw異能課のエースがさwwwwww」

卓・宗太郎「「フェラーリ運転する仔犬wwwあっはっはっはっはwwwwwwwww!!!!!」」


尊「隊長。次の遠征任務にはぜひ、卓と宗太郎も同行させてください。え?理由?もちろん腕が立つからです」



卓「眠いってよ」

宗太郎「は?」

卓「最近、午前五時頃に目がさめて作品の手直しして、その後は目が冴えて眠れんのだと」

宗太郎「知らん。新世界の神ならそのくらい耐えろ」

卓「え、あいつノート持ってんの?」

宗太郎「落ちてたのを拾ったって噂」

卓「林檎の補給、大変だな。……実はさ、俺、作品の脚本、読んだんだよな」

宗太郎「最後まで?」

卓「(゜д゜)(。_。)ウン!」

宗太郎「いらんかおもじ使わんでいいから。それで?」

卓「お前がマジで哀れになった」

宗太郎「…………」

卓「こいつは幸せか不幸せかと言うと、確実に後者だなって嫌でも確信したと言うか……」

宗太郎「自分の確定された不幸を予め聞かされる件について……」

卓「陰気なラノベタイトルだな」

宗太郎「……しかし、まあ良い。もうすぐ13日の金曜日だ」

卓「何で。お前、ジェイソン好きだっけ。バトるの?群青アラベスクで?」

宗太郎「そう。群青アラベスクで。……な、訳あるか!あれだ、その」

卓「(・・?」

宗太郎「言っただろう、俺と鏡花の、その、ソウイウシーンガアルカイガアルッテ…」

卓「はい、解散ッ!!」

宗太郎「聴けよ!物語も半ばとっくに過ぎてやっとだぞ!?その回が、今週、14日の土曜日12時から放送されるんだ」

卓「お前は金曜ロードショーのCMか。放送はされんしな。文字だからな。……ん?じゃあ、その回は13日じゃねえじゃん。翌日の土曜日じゃん」

宗太郎「俺は何事も前日から楽しむ主義だ。今から金曜日の仕事終わりが楽しみで仕方ないんだよ」

卓「遠足前の子供か。しかし、ついに『美食牢』もお月さま行きかあ。引っ越し面倒だろうになあ」

宗太郎「いや、だから、そこまでは行かない。あくまで、R15の範囲内でだよ、卓君(´艸`*)」

卓「ムカつくかおもじ。でもお前な、そういうのってフラグだぞ。言わば、死ぬ前に美味しい目を見せてやろうという、九藤の温情だ」

宗太郎「それでもいい。元気に生きる(*'▽')!」




千鶴「13日の金曜日か。花金だな。時の異能を駆使して宗太郎、君の一週間を永遠に終わらせてやる。鏡花との逢瀬を夢に見ながら死ぬと良い」

卓「おう、頑張れ。お前、友達いないの?」

千鶴「君がいるじゃないか」

卓「殺しかけといて言うかよ。俺はお前の友達じゃねえ!九藤に、『あの子のこと、心配だからちょっと面倒見てやって』って言われたから付き合ってやってるだけだ!保育園かここは!」

千鶴「( ゜Д゜)なん……だと」

卓「うん、お前もかおもじしたくなってきたのね。じゃあ、俺、そろそろ帰るわ」

千鶴「待ちたまえ」

卓「なに。」

千鶴「請求書を忘れているぞ」

卓「ざけんなお前が奢れ」







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