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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
34/58

ドレスアップ

 県庁異能課は朝から賑わっていた。尊が遠征先で買った土産を配って回っているのである。

「はい、これ。星五のお饅頭だよ~。このね、ひよこの形が可愛くてね」

「きゃー、有り難うございます! 鴉ヶ谷さん!」

「お子さんはどうですか」

「順調、順調!」

 上がる歓声は主に黄色いが、男性課員も尊に労いの言葉をかけている。人気者である。一通り、土産を配った後、尊は異能課の隊長室に足を運んだ。珍しく禎允が出勤しているらしい。扉をノックして、反応を得てから開ける。

「失礼します。鴉ヶ谷尊、遠征先の任務を終え、六番頭歓楽街に出動してまいりました」

「うん。知ってるけどご苦労。帰って早々、悪かったな。明子さんはどうだ」

 尊は満面笑顔になる。つつけば蕩けそうである。

「女神です!」

 そういうことを訊いたんじゃなかったんだけどな、と禎允は内心、思いながら居住まいを正す。

「お前にいくつか話しておくことがある。無論、他言無用だ。したら命はないと思え」

「鬼禎允に言われちゃ怖いですねえ」

 そう嘯きながら、尊は隊長室内にある、壁に掛かった数々の額縁を見渡す。いずれも、禎允、もしくは異能課がこれまでに得て来た賞状の類だ。彼らの実績を物語っている。その長である禎允による重大な話となれば、自分も気を引き締めて拝聴せねばなるまい、と尊は襟を正した。


 結果、語られた話は、平素、極楽とんぼの尊であっても真剣な表情にならざるを得ないものだった。

「……やられたよ。みんな隠し事が多いなあ。隊長からしてこれなんだもの」

「まあ、そう言うな。それだけの秘匿事項だったということだ」

「押小路長官はこれを?」

「話していない」

「仲良くないですもんね」

「そういう問題ではない」

 しかし尊に指摘された禎允の顔に、〝そういう問題でもある〟感情が仄かに垣間見えた。尊はにこりと笑い、見ない振りをする。

「鏡花ちゃんが王将かあ」

「然り。全力で守れ」

「大目黒千鶴は知っているんですか」

「……怜羽殿が殺された。知っているだろう。六番頭歓楽街で、あやつが第一の甲並びに精鋭たちを釣って殲滅(せんめつ)しようとしたのはそれを物語る。あやつが〝知ったからこそ〟、迂闊に玉に手を出しかねている証だ」

「宗太郎はこのことは?」

「話した。奴も死に物狂いだ。だが、鏡花ちゃんは宗太郎が〝知ることを知らない〟。……きっと今もまだ、一人で抱え込んでいる」

 ふ、と尊の瞳の温度が下がる。

「鏡花ちゃんは独りぼっちだ」

「……私を責めているのか」

「少しばかり。貴方は、彼女をそうさせない選択肢を持ちながら、白衣太鳳との友誼を優先した。贅を尽くした牢は、せめてもの償いですか?」

 禎允が、苦々しいように目を瞑る。

「しかし、これで僕も同じ穴のムジナとなった。後は、宗太郎に託しますかね」

 少し間を置き、ふーむ、と尊は右手人指し指を顎に当てる。

「すぐるっち」

「知らん。お前たち三人は異能課のトップスリーだ。一人、事情を知らず自由に動く人間がいたほうが事態が好転することもある」

 禎允の言うことは尊にも理解出来た。但し、逆に事態が悪化する場合もあると思いながら。

「卓は正義感が強いですからね」

「うん。で、ここからが今日の本題だ」

 今までの重要議題は何だったのだと、多少思わないでもなかったが、尊は変わらないにこやかな顔で頷いた。

「パーティーに出席しろ」

「はい?」

 流石の尊もこの命令は読めなかった。

「大目黒千鶴を支援する宗教団体がある。面倒なことに政治家も絡んでいる。『日本異能の会』だ」

「……ああ。遠征先でも聴きましたよ。異能こそ至高と崇めて、異能力者だけのグループで幅を利かせているんですって? 僕も幹部候補の誘いを受けたことありますけど」

 無論、断った。尊は高い能力値に反して、人を差別する思考を嫌っている。

「そこが明日の夜、親睦会と称したパーティーを開く。千鶴が後ろにいる可能性は高い。お前と宗太郎、卓と鏡花ちゃんで出席して奴の尻尾を掴んで来い」

 尻尾を掴む。曖昧な命令だ。もう少し具体的な指示が欲しいので、尊は踏み込んでみる。

「遭遇した時はどのように」

 禎允が尊に双眸を据えた。

「殺せ」

 鈍く光る巌のような眼差しは、決して鏡花に向けられるような甘さとは相容れない。

「はい了解。その積もりでした。良いんですね。押小路長官の許可は?」

「同意している。……白狐の一族が、このままでは哀れよ。千鶴が生きている内は怜羽殿の弔いが出来ぬと申し立てている。彼らの前に、奴の躯を晒してやれ」

「白狐の一族の鎮静化が目的ですか」

「それもあるがな……。千鶴は殺し過ぎた」

 尊は胸中で同意する。鏡花はどう思うか。ちらり、かすめる思いがある。幼馴染だったと聴いた。情の濃いあの少女は、千鶴を捨て切れているのか? それでなくとも、禎允から聴いた話もある。一人で諸々を抱え込み、懊悩しなければ良いのだが。

「パーティーは洋装? 和装?」

「スーツで行け」

「『日本異能の会』なのに?」

「様式美なんだろう」

 この問答には訳がある。異能力者は、それと識別しやすいよう、なるべく和装たるべし、ということを国が推奨している。呉服連盟との結びつきがあるとかないとかいう噂だが、日頃、尊や宗太郎たちが和装しているのは、律儀にこの推奨に従う為である。もちろん、洋装の異能力者もごく普通に存在し、千鶴などはその典型だった。

「僕や宗太郎たちが行くのは解りますが、鏡花ちゃんまで出席させるのはちょっと首肯しかねますね。万一のことがあったらどうします」

「異能課のエースと、第一の甲二人が揃って鏡花ちゃんを守れる自信がないか」

 煽るよなあ、と思いながらも、尊は笑顔だ。

 禎允が革張りの椅子から立ち上がり、後ろの窓の外、青空を睥睨する。

「それにな、鴉ヶ谷」

 鋭い目はここにない敵を見据えるかのようだ。

「はい」

「鏡花ちゃんのドレス姿ってレアだと思わん?」

「……今、僕の中で隊長の星が二つになりました」

 禎允を尊敬する尊にとっては激減である。禎允が勢いよく振り返り、衝撃の表情を見せる。

「何でよ! あの子、着物も似合う超絶美人だけど、ドレスも似合うに決まっとるだろうが! フリフリした可愛い系も良いし、ちょっとシックな大人っぽい系も断然、ありだろう! だからな、鴉ヶ谷。お前、ちゃんと鏡花ちゃんのドレスアップした姿を撮っておけよ。隊長命令だ」

「星が消え去る前に退室の許可を願います」

 そんな宣告をしながらも、尊の表情はにこやかだった。


 鏡花にとっては非常に傍迷惑なことに、その日の午後、ドレスを専門に扱う高級洋服店の店員たちが、牢内に押し寄せた。試着の為だと言う。予め、禎允から話は聴いていたものの、鬱陶しいことこの上ない状況に、鏡花の機嫌は下降一方だった。ちなみに宗太郎も半休をとってこれに付き合っている。何のことはない、普段とは違う趣で着飾った鏡花を見たかったのだ。

「お嬢様。こちらのピンクなどは如何ですか? フリルがふんだんに使用され、大変、可愛らしいお姿になること間違いなしですわ」

「いえ、こちらのミントグリーンが、お嬢様の清涼な美貌を一層、引き立てるでしょう。シンプルなラインも、お嬢様をパーティーの華といたしますわ」

「とんでもございません。このパールホワイト。これこそがお嬢様の清純を強調して余りある、至高のドレスでございます。肩がほんの少し出て、少女の儚さを感じさせつつも色白の肌が衆目を集めます。ネックレスはもちろん、真珠ですわ。イヤリングもブレスレットも、真珠でお揃えいたしましょう。完璧です!」

 偉大な母に育てられたこともあり、鏡花は基本、女性に敬意を払うフェミニストである。しかし、この押し寄せた、化粧の匂いむせ返る女性たちに関しては、正直なところ蹴り飛ばし、追い返してやりたい衝動と必死に戦っていた。宗太郎においては、次々、披露される鏡花のドレスアップ姿に見惚れること頻りで、当の鏡花の負担には頭が行っていない。

 ようやくドレスその他装飾品が決まり、女性店員たちが形ばかりはしずしずと退室すると、鏡花がいつもの着物姿で、畳に倒れ伏した。

「つ、疲れた……。時の異能と戦っているほうが、まだマシだ」

「お疲れ」

「……お前は顔の色艶が小憎たらしいほど良いな、宗太郎」

 目の保養が存分に出来たからである。

「おとよさんがアップルティーとアップルパイを準備してくれているぞ」

「あああああ、おとよさん、女神――――――!!」

 アップルティーとアップルパイの芳香が、女性たちが去っていつもの静けさを取り戻した牢内に漂う。

「もしゃもしゃ。うん、この、さっくりしっとり林檎の風味のパイ、実に見事だな。流石はおとよさんよ。また、そこらの紅茶ではなくアップルティーを選ぶセンスよごくごく」

「うん、美味いな」

「お前は食うな!」

「ご機嫌斜めだな」

「当たり前だ! 人が苦行を味わっているところを満面の笑顔で見学しおって」

「ごめんごめん。――――でも、千鶴も見るかもしれないんだ。気張って損はないんじゃないか?」

 台詞の後半は冷たかった。鏡花は黙ってアップルティーを一口、飲んだ。

「どうでも良いけどな。俺は鴉ヶ谷先輩たちとお前を死守するだけだ」


 怜羽が死んだ時、宗太郎が禎允から言われたことがある。


『宗太郎。あの子を守れ。あの子は強いが、まだ十八歳の女の子なんだ。あの子の心を守ってやれ。良いか。鏡花ちゃんが望むなら、何をおいてもそれを優先して成し遂げろ』


「汗を掻いた。風呂に入る」

 鏡花の声に物思いから醒める。

「そうか」

「宗太郎、一緒に入ろう」

「そうだな。…………って、はああああああああ!?」


『鏡花ちゃんが望むなら、何をおいてもそれを優先して成し遂げろ』


 いやいやしかしまずいだろう、それは。鏡花はもう十八だ。身体が女性らしくなって成長しているのは当然であり、大昔に鏡花と一緒に風呂に入ったことはあるものの、あの頃は互いに男女の別もついていなかった。いやでも鏡花がどうしてもと言うなら……。親父の命令でもあるし……。……良いのかな?


「何を本気で悩んでいる。冗談だ」

 鏡花は宗太郎の葛藤を蹴飛ばすぞんざいさであっさり言って、家政婦に風呂の用意を頼んだ。

鏡花は鏡花で、千鶴云々と言った宗太郎の嫉妬混じりの意地悪な物言いに、若干、腹を立てていたのである。後ろ暗さも手伝った、腹立ちだった。





千鶴「生殺与奪の権を九藤に譲り渡すな!!」

卓「怖い真似すんな!自ら打ち切らせに走るんじゃねえ!!」

千鶴「何が『良いのかな?』だ、男ならそこは断固として『だが断る!』と言え!!」

卓「お前もう喋るなああああああ」

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