仕合に負けて、勝負に勝った
宗太郎は両手を前にかざした。
「金剛明王!!」
異能は群青のみならず。あたり一面に眩い光が射し、それは流動体となって鏡花を内に擁し、千鶴を外に弾き出した。千鶴が二回転、三回転して後退する。土埃が立つ。金剛明王は千鶴の体内にもダメージを与えていた。が、彼はスラックスについた汚れを払い、立ち上がる。鏡花は宗太郎の腕の中だ。それが千鶴の癇に障った。
「彼女を放せ。君の触れて良い相手ではない。君もあの銀色の青年みたいになるかい?」
「やってみろ。数多の殺人の血に汚れた手で、そちらこそ鏡花に触れるな」
「待て、宗太郎。挑発に乗るな。時の異能に抗する手段が、現状、私たちにはない」
「ほう。お勉強しているね。でもね、鏡花。君だけは、理屈に関わらず俺に勝つことが出来るんだ。俺は昔から、君に勝てたことは一度もなかった」
金剛明王の余波を受けた楠の大樹がざわついている。
「千鶴……。れいちゃんを殺すのか?」
「れいちゃん?」
「北方の白狐の長・怜羽」
「ああ。うん。殺すよ。透かし身の鏡を手に入れなければならないからね」
「玉の為か」
「そうだよ」
「いずれの」
「俺が捜しているのは紅蓮の玉だ。異能を極めることが出来る」
「解らない……。そんなものを持たずとも、お前には時の異能があるじゃないか」
「時の異能は最強だけれど、紅蓮の玉には敵わない。俺はね、鏡花。全ての異能の頂点に立ち、父さんを否定したいんだ」
「大目黒千里か?」
「そう」
今では、彼らは千鶴を先頭に、宗太郎、鏡花の順でゆったりと歩いていた。散策に来た友人同士のようだ。
「父さんはね。異能を憎んでいた。選民思想の元になると言ってね。そうして、異能を滅する『蒼穹の玉』を利用しようとしていた。俺が止めたけれど」
さくり、と土を踏む足音。
「大目黒千里は。今は」
「もう死んだよ。俺が殺した」
さらりと告げた千鶴の告白に、鏡花たちは目を瞠った。そんな彼女を見て、千鶴はくすりと笑う。
「父親を……殺したのか」
「どうと言うこともない。時の異能を持つ俺の前では、父さんも無力だった」
「父親に感化されなかったのか。情は」
「俺が? そんなに無垢じゃないよ。寧ろ軽蔑してたくらいだ」
鏡花は俯いて、自分の草履を見つめるように視線を落とした。
「千鶴。計画を断念してはもらえないだろうか」
「君の頼みでもそれは出来ない。残念だけれど」
「そうか。では仕方ないな。焔召しませ」
それは布袋のように包み込むのではなく、圧縮された火焔の、一条の帯だった。過たず千鶴に向かう。
「群青かすがい!」
そこに赤から青へと変じる波が、千鶴を絡め取ろうとする。千鶴はかすがいに捕縛されたが、くるりと身体を回転させ、火焔を避けた。
「君も随分、頑張っているけれど、鏡花に並び立つ資格はないよ。時刻み」
宗太郎の身体から血が破裂する。
「宗太郎!」
鏡花の悲鳴を聴いた千鶴の目に、僅かに異なる色が浮かんだ。嫉妬という色だった。千鶴は、宗太郎を確実に殺しておこうと考えた。卓の時とは違う、命を確実に断つ。
「時回し」
血の破裂が、何度も繰り返される。今は結界で堪えている宗太郎も、これでは身が持たない。
宗太郎を攻撃する一方だった千鶴は、気づくのに一瞬、遅れた。日本刀を構えた鏡花が自分に斬りつけることに。刃は千鶴の左肩を掠めて一閃、胸部も浅く傷つけた。不意を突かれた千鶴だったが、鏡花にも余裕がなかった。宗太郎を早く治療しなければ、死んでしまう。立て続けに攻撃する。
「式・刃!!」
強大な刀が顕現し、千鶴を圧死させんとする。千鶴は宙に逃れた。
「……出来るなら君の身体から血を流したくなかったんだが。時刻み」
鏡花の身体が血で爆ぜる。
しかし。
「――――螺鈿総譜っ」
綾なる模様が展開される。鏡花は自身を瞬く間に治癒した。千鶴の目が大きくなる。
「ああ、鏡花。それだよ。それだから君が欲しい。俺より強い君だから」
「……自分より強い女が欲しいだと?」
時回しの拷問に遭いながら、宗太郎が切れ切れに口を開く。
「莫迦じゃないのか……。男なら、惚れた女は守ってやれよ」
「……出来てない君に言われてもね。時落ち」
宗太郎の時が制止した。それでも僅かに抗う結界がある。鏡花は、宗太郎の身体を抱え込んだ。千鶴を睨みつける。
「お前を許さない」
「君を愛している」
通じ合わない短い会話の後、鏡花は飛翔した。千鶴は追って来なかった。
必死に宙を駆けて九曜家に戻ったのは昼だった。家人の驚く声の中、宗太郎を牢に運び込む。風神の力を借りれば造作ないことだった。状態は卓の時より酷い。在宅していた禎允も牢内に入り見守る。鏡花は両手を宗太郎の胸の上に差し出した。
「螺鈿総譜」
艶のある、黒い螺鈿に酷似した模様が展開される。美麗な術の後、宗太郎の顔色が明らかに良くなった。本当にこの子は神がかりだと、禎允は鏡花に驚嘆する。満身創痍の宗太郎が運び込まれた時には肝が冷えたものだが。
宗太郎の目がうっすら開く。
「…………くそっ……」
禎允には息子の気持ちが痛い程に解ったが、快復の後には事情を聴かなければならないと思う。それよりも今は。鏡花が土鍋を持って来る。
「おい、宗太郎。何か腹に入るか。鶏雑炊があるぞ」
「……おとよさんの?」
「いや、おとよさんは買い出しに出掛けて留守だったから、私が作ったが」
「鏡花が?」
「そう。食べる?」
「食べる」
「待て。今、起こしてやる」
その様子を見ていた禎允は、これはお邪魔虫だなと思い、こっそり牢から外に出た。昼の眩しい陽光が牢内にも照り渡り、美々しい調度品を輝かせている。今はひっそり仄暗い夜の妖しさより、この明るさのほうが似合いな気がする。
「ふー、ふー、してやるからな。火傷しないように食べろよ」
「うん」
「ふー、ふー、おい、がっつくなと言うのに!」
「火傷した」
「自業自得だ」
鏡花の母・白衣太鳳は料理名人でもあり、幼い頃から鏡花に仕込んでいた。今でこそ、おとよに頼り切っているが、作ろうと思えば逸品を作る腕前はあるのだった。
表紙絵はなぎさんよりのいただきものファンアートです。美男美女で何より。
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