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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
24/58

お早目の葬送曲を

 鏡花は、基本が牢内暮しなので、今回のような遠出はやや疲れた。旅装を解いて、沸かしてもらった湯に浸かると、旅の疲れが溶け出るようだ。この間、宗太郎と卓も、宗太郎の部屋で旅装を解いて新しい単衣と袴を身に着けるとさっぱりした。二人して鏡花の牢を訪れると、風呂上りのしっとりした肌も艶やかな鏡花が、浴衣姿で緩く団扇を煽いでいる。十分に温もったようだ。

「先の先の先か」

「禅問答みたいだな」

「先んじることは時の異能の大前提だ」

 宗太郎が教師のように明言する。

「だから堂々巡りでしょ。先の先の先の……。あの女の子も、そんなところを伝えたかったんじゃないの?」

 宗太郎が一旦、牢を出て、茶を持って戻って来た。やや冷えた緑茶は、渇いた咽喉に調度良い。

「一つ言えることがある」

 鏡花が湯呑みに口をつけた。

「時の異能の王は、危険だ。いるとしたら何より捕獲対象になるだろう」

「『時の回廊』に?」

「いや。千鶴だ。大目黒千鶴。あれが時の異能の王と考えて間違いないだろう」

「待てよ。そんなご大層な人物が、どうして『婦女子連続胸穴事件』と絡んでるんだ? 女の胸に空洞開けて、あいつは何がしたいんだ」

 卓の発言に、鏡花も宗太郎も沈黙した。思うところあっての沈黙だった。それと察した卓が、栗毛色の頭をがしがし掻いた。

「お前らはお前らで隠し事があるってか」

 もう夕暮れの刻が迫る。卓は県庁の異能課寮で独り暮らしな為、心配する家族もいない。のんびり牢内に寛いでいる。

「中々に難儀しておるようじゃな」

 突然、牢内に、鏡花の声ではない臈長けた艶やかな声が響いた。見れば牢内の文机に座す影。白髪に水色の混じった足元まで届く長髪を持つ、狩衣に似た装束の、白い狐耳を持った妙齢の美女が煙管からはあ、と煙を出していた。卓がすぐに反応して、緊縛を放った。しかし銀糸は白狐の周りを儚くはらはらと散り、畳に落下した。

「群青かすがい」

 宗太郎から発せられた赤から青の光速の揺らぎが、白狐を絡め取ろうとするも、白狐が、はあ、と煙を吹きかけただけで青の波は消失した。

「れいちゃん?」

 一人、白狐に呼び掛けたのは鏡花だ。白狐の耳がぴくりと動く。

「鏡花――――! 息災であったか? かようなひ弱な護衛たちだけでは心許なくはないか?」

「宗太郎も卓も、よくやってくれている。それよりどうした、れいちゃん。久し振りではないか」

 座布団を勧めて歓談し合う女性二人に、宗太郎と卓は対応し切れていない。

「宗太郎、卓。こちらは北方を治める白狐の長・怜羽(れいは)殿。母様とは昔から親交があったんだ。私はれいちゃんと呼ばせてもらっている」

「九曜宗太郎だ」

「渡瀬川卓」

 ふうん、と怜羽は赤い唇を蠱惑的な笑みの形に作った。ふう、とその銀色の双眸が半分、閉ざされる。

「二人共、良い遣い手じゃ。禎允の秘蔵っ子じゃな。まあ、鏡花には及ばぬであろうが」

「れいちゃん。れいちゃんが自ら訪ねて来るとは尋常ではない。何があった?」

 ふー、と怜羽は煙を吐いて銀の瞳に憂いの色を浮かべた。

「『婦女子連続胸穴事件』。知ってるね」

 知るも何も、つい昨夜、その渦中で卓が命を落としかけたところだ。

「あれと『蒼穹の玉』、『紅蓮の玉』の捜索は絡み合っているのさ」

「どういうことですか!」

 卓の上げた声を、煩いとでも言うように、怜羽は手にした白銀の扇子をふいと動かした。細かく付着していた銀の粒が微量、零れ落ちる。

 鏡花は硝子戸の外を見た。烏の影がちらほら見える。空は深い紫だ。

「れいちゃん、今宵は共に夕食を食べないか。おとよさんの料理を振舞うよ」

「おお、鏡花自慢のおとよの料理か。では、馳走になろう」

 流石に鏡花が普段食べる座卓では小さかったので、先日のように宗太郎の部屋のものを牢内に運び込んだ。

「……怜羽殿は、結界をどのように破った」

「れいちゃんは、北方を治める白狐の長だぞ? 些細な結界くらい、解けて当然」

 些細……と言って、宗太郎は、敷地内と牢内の結界の強化を志した。

 朱塗り格子の牢内に、色鮮やかな料理が並ぶ。赤漆の座卓の上には稲荷寿司を中心に、豚肉の生姜焼き、小籠包、豚の角煮、八宝菜、海老のチリソース、ふかひれスープなど、豪勢な料理が並んでいる。日頃は日常食を旨とするおとよが、怜羽の来訪を聴き、急遽、好物を拵えたのだ。鏡花は特にふかひれスープが好きで、大好きな怜羽が来てくれたこともあり、にこにこと飲食している。

「大目黒千鶴は玉を狙っている」

「――――どちらの」

「そこまでは解らない。いずれも、やもしれぬ」

 怜羽が盃に紹興酒を注ぐ。

「穴をな、開けるのはその為よ」

「?」

「玉がないかと、捜しているのだ」

「そんなことの為に、これまで何人もの犠牲が……」

 怜羽が、自らの蝶を模した青い髪飾りを、優しい手つきで鏡花の髪にあしらった。

「大目黒千鶴はの、もう、とうに人としての心を亡くしておるのよ。それもまた、憐れ」

「呪術師の爺さんの惨殺事件と関わりあるか」

 卓がむぐむぐ、豚の角煮を食べながら尋ねる。多少、無作法だが、怜羽は頓着しなかった。

「無論、ある。あれは玉を胎内に埋める呪術師だったのじゃ。大方、千鶴はその手法、誰かに秘伝を授けなかったかと迫ったのじゃろう。じゃが、呪術師は答えなかった。結果として千鶴は呪術師を惨殺し、より一層、女どもの胸に穴を開けて玉を捜すことに腐心した」

「玉を誰が持っているか、効率的に探す当てはないのか、れいちゃん」

「ある。我が一族に伝わる秘宝・透かし身の鏡を用いれば造作もない。ゆえに千鶴は、その品を目当てに私を殺しに来るじゃろう。私は殺され、透かし身の鏡は奪われ、玉の持ち主は特定されてしまうじゃろう。私は今日、この話をしに来たのじゃ。酒が美味いな!」

「そんな……、れいちゃんが必ず死ぬとは限らないだろう」

 怜羽は銀色の双眸を、慈しむように鏡花に向けた。

「託宣じゃ。覆らぬ」

「伊織殿が……!?」

 鏡花は俯いて拳を握った。理不尽だと思った。千鶴がどんな目的で玉を捜し求めているのか知らないが、怜羽の命をも奪うと言うなら、緑色の瞳の慕わしさに、さよならを告げねばならないと思う。



怜羽はお稲荷さんが好きです。白狐たるゆえんでしょうか。

お気に召しましたら『コトノハ薬局』へもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] れいちゃん登場から風格もあり。よいキャラクターなのに。死の託宣が。しかも運命と享受しているところが。こうしたお話に不可欠な大人な登場人物。行末が気になります。 [気になる点] 続きが… […
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