時の回廊
鏡花は白地に橙の花が咲く着物を着て、日傘を深く差し掛けた。卓の生命力たるや恐るべきもので、朝食の後は、ほぼ普段通りの復活を遂げていた。宗太郎の単衣と袴を借りて、鏡花を真ん中に宗太郎と並んで歩いていた。空は白っぽい青で、水気がない。周囲の樹々も乾いて立ち枯れた様子だ。『時の回廊』は円心上に結界が張ってあり、最寄りの場所まではバスが一時間に一本。バス停は枯れ木になぞらえたように不愛想で、ぬう、と立っている。
乾いた地面を三人は進む。烏がそこかしこギャアギャア飛んでいる陰気な場所である。卓は、おとよが持たせてくれた重箱の弁当を後生大事に抱えている。落とすと絶交すると鏡花から言われたのだ。やっと見えて来た建物は、茶色っぽい、この土地に見合った殺風景な建物だった。ドーナツ状になっていて、入る箇所で一通りの書類をチェックされる。浅黒い肌の短髪の女性がきびきびと書類を見て、頷く。
「はい。九曜宗太郎様。渡瀬川卓様。白衣鏡花様。以上、三名様のご入所を許可します。当施設内ではこれを首にかけてください」
「収監者と話もしたいのですが」
女性はまた頷く。
「承っております。十一時から談話室での予定となっておりますので、それまで施設内を見て回られてください」
「随分、気さくなんだな」
卓の軽口に、女性が笑った。
「ここは、国から重要視されている割に予算が厳しい施設でして。たまにいらっしゃる有力者のご入館者にはせめて愛想よくと心掛けております」
「成程ね」
どこの施設も楽ではない。世知辛い世の中である。
しばらく三人は、面白味のない施設内をぶらつき、自動販売機で買ったジュースを飲んで、咽喉を潤すなどした。図書室などもあるようだ。宗太郎が腕時計を見て、そろそろ時間だ、と告げた。
談話室と言っても、硝子越しに対面する、無味乾燥な部屋だった。硝子の向こうから、二十代と思しき女が現れる。目の下の隈が黒く、短い髪は金髪だ。ガムを噛んでいるらしく、くちゃくちゃという音がした。
「こんにちは」
口火を切ったのは、時の異能の洗礼を受けた卓だ。女はちらりと卓を見ただけで軽く頭をぺこりと下げた。
「あたしに訊きたいことって何」
声はアルト。
「時の異能に勝つ方法」
言った途端、女が手を打って笑い出した。
「ある訳ないじゃん、そんなの。でもさ、対異能の力があれば出来るかもね。実際、この建物だってそうやって出来てるんだし~?」
女の答えは、鏡花たち三人の誰もが、あらかた検討がついていたものだった。
「或いは、時の異能を超える異能だとしたら?」
「……は?」
「時の異能の先手を打って、攻撃し、圧倒する」
「……だーかーら、そんなこと出来たらあたしらこんなとこに閉じ込められてないよ」
鏡花の煌めく瞳に、引き気味になって女はやや弱腰に答えた。
「んー。でも、それするんなら、時の異能の優劣の問題になるかもねえ」
その女が、かさついた唇に人差し指を当てながら独り言のように呟いた。
それから、男女数名の話を聴いたが、実入りのある話は特段、なかった。
「理屈は解るが、実行は厳しい」
宗太郎が独り言ちる。卓も頷く。
鏡花が黙って歩いていると、頭の上に黄色い紙が落ちて来た。折り紙のようだ。上を見ると、最初に話を聴いた女が、ウィンクしながら手を振っている。折り紙には、「先の先の先」と青いクレヨンで書かれてあった。
昼時も過ぎ、三人は施設内の食堂で重箱を開いた。包みの風呂敷には、一筆箋が添えられており、「今日は特に大事な日だと伺いましたので」と、おとよの字があった。蓋を開ければ鶏の唐揚げ、出汁巻き卵、エビフライ、胡麻塩お握り、高野豆腐、おとよ特製人参と牛蒡の金平、じゃが芋の千切り炒め、切った梨などが盛り沢山に詰まっていた。三人は、こんな僻地まで来た憂さも忘れて歓声を上げ、大いに食べて飲んだ。飲み物は、宗太郎がおとよから麦茶と白葡萄のジュースを持たされていた。
「先の、先の、先、か」
「うん? ああ、さっきの女の」
「いずれ役立つヒントになるかもしれん」
そう言って、鏡花は折り紙を懐に大事に仕舞った。
ストックのある内はなるべく更新します。『コトノハ薬局』も、どうぞご贔屓に。あちらは酒の肴が多いです。鏡花は未成年ですゆえ、まだ飲酒できません。




