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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
22/58

ピザは邪魔だった

 鏡花の表情がす、と切り替わった。

「今、こちらへ搬送している。出来るか?」

「出来る。宗太郎。ピザが邪魔だ。引いてくれ」

「ああ」

 異能力者でも、人を治癒することの出来る異能を使う者は稀である。ましてや、攻撃系の異能とそれを両立させることは稀有だ。だが、鏡花は、その稀有を体現した異能力者だった。鏡花の異能は極力、外部に知らされるべきではないので、卓も内密に搬送されているだろう。鏡花は自分の床を真ん中に敷いて、卓の到着に備えた。やがて夜のざわめく音がした。禎允が先頭に立ち、異能課の人間が卓を担架に乗せて運んで来た。そのまま牢内に、静かに入れ、床の上に卓を乗せる。

「汚れますよ」

「構わん」

 短く鏡花は答え、卓の身体を一瞥した。裂傷が酷い。出血も多い。何をされた。卓がこうも手酷く攻撃を受ける相手。……時の異能の残滓を感じる。莫迦な。時の異能は異能力の中でも極めて稀少。今、判明している時の異能者は監獄に入っている。それから漏れた、異能の遣い手がいたと言うことか。卓は今、相手から受けた最後の攻撃になけなしの体力を以て、結界術で対抗しているのだ。考える間も惜しい。鏡花は両手を卓の胸の上に差し出した。

螺鈿(らでん)総譜(そうふ)

 途端、卓を中心に艶のある黒い、螺鈿に酷似した模様が展開した。卓の流血が止まり、裂傷が治癒していく。煌めかしい異能の後、残ったのは卓の健やかな寝息だった。

「今宵はこのまま、ここに寝かせてやると良い。私が看ていよう」

「俺も残る」

 鏡花は宗太郎を見上げた。

「宗太郎は駄目だ。明日の務めに響くだろう。禎允殿。そういうことでよろしいか」

「鏡花ちゃん一人で大丈夫? 手負いとは言え、男は獣よ?」

「瀕死の卓に負けるくらいなら舌を噛み切ります」

 この夜のことは禎允が関係者全員に箝口令(かんこうれい)を敷いた。


 ……雀の声がする。朝だ。……生きてる。


 卓がうっすら目を開けると、傍に寄り添うように、眠る鏡花の姿があった。それで昨夜の顛末を、大体、理解した。敵に前後不覚のところまで追い詰められ、挙句、年端も行かない少女の異能に命を救われた。不甲斐なさ過ぎて笑いも出ない。自分に掛けられていた布団を、せめても鏡花の身体に着せかける。

「起きたか」

「うんまあいるの知ってたけどさ。睨むなよ。こちとら怪我人だぜ?」

 宗太郎が、もういつでも動けるよう身なりを整えて牢の外にいた。

「鏡花に治してもらっただろうが」

「螺鈿総譜か。やっぱり」

「口外するなよ」

「しねえよ。したら病人怪我人がわんさと群がるだろうが」

「……昨夜。父さんとの電話の後、一体何があった」

 真剣な宗太郎の眼差しに、卓も真剣な眼差しを合わせた。

「大目黒千鶴と遭った」

「何だと……!?」

「しー、しー、お姫様、寝てるから静かにね」

 卓が鏡花を横目で見ながら宗太郎を宥める。

「あいつ、半端ない異能者だ。しかも時の異能を使う。水色の、氷と炎のは如何にもちゃちだな。見せかけだ。それなりに威力があるのが困り者だが」

「政府の網から逃れた時の異能力者がいたのか……。しかも、それが大目黒千鶴」

「良いか、宗太郎。よく聴け。あいつは言った。俺は強いが、自分に勝てるのは鏡花ちゃんだけだと」


〝今の俺に勝てるのは……〟


「俺やお前に、奴への勝算はないのか」

「それを探るには、『時の回廊』に行くしかないだろうよ」

 『時の回廊』とは、時に関する異能力を持つ人間が特一級危険者として収監されている施設である。建物は徹底した反異能物質で作られ、収監者に面会するには、第一の甲と言えども手間のかかる書類手続きがいる。


「あれ? 卓、起きてる……」

 寝惚け眼の鏡花が、卓を見て笑った。宗太郎は、嫉妬した。卓はばびゅん、と鏡花に迫る。

「鏡花ちゃん。昨晩は俺の命を助けてくれて有り難う。おまけに一晩、寝ずの看病だなんて……。お嫁にお出で? いて! 何する、宗太郎」

「死にかけた割にはよく回る口だな。そんなに嫁に来て欲しけりゃ、俺が行ってやる」

 卓の顔が青ざめる。

「え? やだ。お前、そっちだったの? ごめん、俺、女の子が好きなんだ……」

 収拾のつかない事態になりそうだったところ、禎允が姿を見せた。

「起きておるな。大体、話は予想がつく」

「え? 俺、女の子のほうが」

 禎允が眉間に皺を寄せた。

「何の話をしている。『時の回廊』への渡りはつけておいたから、今日にでも行って来い。卓。お前は無茶をするなよ」

「私も行くぞ」

「鏡花ちゃんは、朝ご飯と仮眠を摂ってからね」

「朝ご飯!」

 鏡花ががばちょと牢の扉にしがみついた。

 盆の上には三人分の食事がある。天むす、白和え、肉じゃが、あおさの味噌汁と納豆である。それなりに消耗していた三人の食べようは見事だった。

「はぐはぐ、なあ、宗太郎、天むす、一個くれないか」

「駄目だ」

「けち!」

「俺の一個あげるよ、鏡花ちゃん。看病のお礼だ」

「卓……! もぐもぐ、お前という奴は、ほんのり塩気が効いて、ご飯ふんわりだな!!」

 発言が中途から、感謝の言葉から天むす賛美に切り替わっている。

 騒がしい朝食を終えた三人は、禎允の発行した『時の回廊』通行許可証を持って出発することになった。




長く留守をしました。お気に召しましたら『コトノハ薬局』にもお寄りください。

以降、隔日更新になるやもしれず、毎日更新のままかもしれず、不定期になるかもしれず未定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 天むす、白和え、肉じゃが、あおさの味噌汁、納豆。惨敗敵の強大さ。絶望すらしかねない。しかし朝飯をしっかり食う三人。力が漲るのがわかります。食を丁寧描く作品は他にもあります。しかしこちらはさ…
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