時の異能
夜市に次の被害者が出るかもしれないとの託宣を受け、渡瀬川卓は夜間見回りに来ていた。繚乱の玉石の上を、懐手をしてぶらぶら歩く。いかにも捜査でございといった様子は見せない。店からの誘いの声を適当にいなしながら、ぶらぶら歩く。買い食いもする。烏賊焼きにかぶりつきながら、これじゃ鏡花ちゃんのこととやかく言えないなと笑う。
笑った時、卓が市の領域内に張っていた結界が作動した。烏賊を丸呑みして、瞬時に駆ける。空を行ったほうが早い。
「飛翔・風神」
ざああ、と卓の身体が宙に向かう。上空から目星をつける。あそこだ。楠の密集したあたり。着地して、卓は一足遅かったと知る。着物を肩まではだけて、胸元にぽっかり穴の開いた女が横たわっている。卓の目が憐憫を瞬間、宿し、この乱行を成した相手を、それとは逆に極寒の瞳で睨み据えた。黒服に身を包んだ男は四人。
「良い女は早死にしちゃいけねえんだよ。お前ら、何の目的でこれをやった?」
問答無用で男たちは襲い掛かって来る。卓も、答えが簡単に返るとは思っていない。
「緊縛」
銀糸が男たちを締め上げる。一人が緊縛を抜け、卓に向かう。
「おっと」
卓は特別に許可の下りた日本刀を帯刀していた。白刃を抜き、男に斬りつける。風の匂いの濃い晩だった。空に星はまばらで、細い月が出ている。風の匂いには、血の臭いも混じっていた。男もまた懐刀を以て卓に応戦する。澄んだ金属音が鳴り響く。そして得物は間合いが長いほうが有利なのがセオリーだった。
「籠遊び」
銀糸が丸くなり、毒を発生する。男がぐらり、と傾いで倒れた。緊縛に掛かっていた男たちもどうと倒れる。致死量ではない。卓は、日本刀を納めると、男たちをまとめて縄で縛った。懐の携帯を取り出す。
「おやっさん? ……ああ、はいはい、九曜隊長。とりあえず三人ばかり捕まえましたよ。被害者は、間に合いませんでした。警察を呼んでください。夜市の、楠の森です。三人は、俺が連行します。はい。じゃあ」
携帯を切って、三人の男を銀糸で縛り上げると、それを浮遊させ、卓は県庁に向かおうとした。
「手練れだね」
不意に降って湧いたその声に、卓は咄嗟に反応し切れなかった。水色の炎が迸る。炎は氷と化して男たちを瞬く間に凍死させていた。
白い、清潔なシャツに黒いスラックス。顔立ちは整い、双眸が緑だ。
情報に照らし合わせると。
「大目黒千鶴か」
「そうだよ」
対峙した瞬間に、卓は千鶴の力の強大さを見抜いていた。異能のスペックは五分か、あちらが少し上。
「鏡花が、気に入るかと思って、この異能しか見せなかった」
「あ?」
「でも、本当は、俺の異能はそんな綺麗なもんじゃない。君、第一の甲だろう。中でも相当強い」
卓は相手の言葉を待たなかった。
「銀状讃歌!」
足下から幾本もの槍が突き出る。しかしそれらの全て、ことごとくを千鶴は避けた。派手な動きではない。緩やかな、必要最低限の動きだ。卓が再び抜刀の構えを見せる。
「相当に強いけれど、俺には勝てない。今の俺に勝てるのは……。時刻み」
ぱあん、と、血の花が咲いた。卓の全身からしぶいた血だ。堪らず、地面に倒れ伏す。
「……死なないんだね。結界の強度も相当だ。じゃあ、時回し」
千鶴が言葉を放ったのと時を同じくして、卓の身体が跳ねた。先程、時刻みを受けた時まで時間が巻き戻っている。卓は二度、三度と致死の痛手を被った。
「じゃあ、そろそろお休みなさい。時落ち」
「ピザもたまには良いなあ」
鏡花が、口からにょーんとチーズを伸ばしながらご満悦の表情をしている。モッツァレラチーズ、ドライトマト、ベーコンなどの載った一枚と、明太子、海苔、ソーセージの載った一枚が盆の上に並んでいる。鏡花はそれを食べつつ、コーラをぐびぐび飲む。
「宗太郎。お前、捜査には行かないで良いのか?」
「捜査かお前かと言えばお前を優先して守れという、父さんからのお達しだ」
「ほおー。私に警護は無用だがなあ」
「朝には俺も出る。鏡花。怪しい奴が来ても牢を開けては駄目だぞ」
言っていることがいまいちおかしい。
「新聞代の集金」
「駄目だ」
「怪しい宗教の勧誘」
「追い返しなさい。そもそも、この牢にそんな手合いは来ない」
「それを言っちゃあおしまいよ」
「古い映画知ってるな」
「パソコンで最近、色々観てる」
「ああ」
「あ、アスパラガスも載っていたのか。よしよし、存分に可愛がってやろう。あ~ん」
もぐもぐ、にこにこ、実に幸せそうにピザを食べている。
「ん?」
宗太郎の携帯が震えた。電話に出て、表情が切り替わる。低い声で受け答えを終えると、通話を切った。
「どうした?」
「卓がやられた。重態だ」
明日から、旅行期間含めた23日まで、更新をお休みします。非常に不穏なところで止まって申し訳ありません。毎日更新で追いつかれていない方も多いと思いますので、どうぞその間に更新されていた分をお楽しみください。
『コトノハ薬局』もよろしくお願いいたします。




