記者クラブ
先日の更新では文章がおかしなことになっており、読者の皆様には読み辛かったと思われます。ここ数日、ワードの調子が悪く、そのせいとも考えられるのですが、申し訳ありませんでした。
広さだけはある殺風景な室内は、冷房が痛いほどに効いていた。
県庁記者クラブでは実に種々雑多な情報が飛び交う。中でも彼らの話題を占めているのは、〝胸部空洞の怪〟についてである。
「ああ、あれ、でも今回の発表で名前を改めるとか」
「へえ、何て?」
「それを聴く為に俺らが来てるんでしょうが」
「県庁で発表か……。と、すると、異能課絡みかな?」
「十中八九そうだろう。胸に穴ぽっかりなんざ、異能の仕業に他ならねえや」
「奴さんの目当ては何なんだろうねえ」
「さて。何にしろ、胸糞の悪い事件だよ。お、始まるぞ」
記者会見の席に着いたのは、異能課長官・押小路美晴、並びに県警本部長・貞川博だった。
「ええ、今回の事件、皆さん色々お耳に入っているでしょうが、〝胸部空洞の怪〟では余りに粗末ということで、県警の合同調査とあいなったことにもより、『婦女子連続胸穴事件』といたします」
「合同と言うと、異能第一の甲たちも加わって?」
「はい、そうなります」
「押小路長官」
「はい」
「先頃、霊力のある玉の類を胎内に奉じる呪術師が、惨殺されたと聴きました。とても惨い殺し方だったと。『婦女子連続胸穴事件』がそれから加速度的に件数を増したとも」
「……それはこちらがまだ未確認の案件ですね。留意しておきます。有り難う」
「貞川本部長」
「はい」
声を上げたのは、絡み癖で有名な記者だった。
「本来であれば警察のみで捜査するところ。異能課の力を借りるのは、内心、面白くないのでは」
「全く問題ありません。異能課の〝力を借りる〟のではなく、共に協力する訳ですから」
さらりとかわした貞川は、高原に吹く風のような笑みを披露した。記者としてはそれこそ面白くない反応だった。
「……捜査には特殊異能部隊隊長・九曜禎允氏も参加されるのでしょうか」
「無論。鬼禎允が出ると出ないとでは士気に大いに影響します」
「禎允氏が自宅に幽閉している白衣鏡花が、事件に関与したとのことですが」
「はい。ですがその件につきましては、現状、まだここでご報告するようなことはありません」
食い下がった記者だったが、このへんで諦めの溜息を吐いた。それからいくつか質疑応答が交わされ、記者会見はお開きになった。
記者クラブを一歩出れば、まだ蝉の声が聴こえる残暑である。尤も、県庁内には冷暖房が完備されている為、暑さに汗を流すことはない。押小路は神経質な足取りで、その隣で貞川は悠然と歩いている。
「……要らないことばかり首を突っ込んで」
「まあまあ。彼らの本分ですよ」
「私はこれから九曜以下、第一の甲を収集して事態の解決に当たらせます」
「はい。情報は共有しましょう。警察にも異能を使える者はいます。捜査の足手まといにならないよう、気を付けますよ」
「お願いします。では、私はこれで」
カツ、カツ、と革靴の足音も高く押小路は会議室に向かった。
県庁内は観葉植物が無暗に溢れている。まるで健全な施設ですよ、と全力でアピールせんばかりだ。足音を吸収するような絨毯。木調の壁板。宗太郎と卓が呼ばれたのは、そんな安閑とした屋内に親しませる為ではなかった。県庁の体育館に、単衣と袴の人間たちが並んでいる。皆、第一の甲である。押小路の指示で、禎允が集めた。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。近年、巷を騒がしている凶悪事件についてだ。本日、これに『婦女子連続胸穴事件』と名がつけられた。県警との合同捜査となる。犯人は異能者と考えるべきだろう。諸君の出番だ。第一の甲として、各自、捜査に当たれ。以上だ。諸君の行く末に栄えあれ!」
単衣と袴の集団がザッと跪いた。
「隊長」
「ん?」
「『蒼穹の玉』、『紅蓮の玉』の捜索との優先順位は如何様に」
「同時並行だ。気張れよ。あ、特に九曜宗太郎と渡瀬川卓を臨時に副隊長に任じるからよろ」
「それは、ご子息ゆえにですか?」
「うんにゃ。愚息の力を冷静に見積った上での決定だ。不満はあるかな?」
「……いえ」
そういった慌ただしい世相から離れて、今日も美食を楽しむのが鏡花である。
夏野菜と豚肉の明太子スパゲッティと、コンソメポタージュ。夏野菜はまだまだ旺盛で、オクラ、ニラ、葱、紫蘇がパスタに緑の色彩となって絡まり、明太とオリーブオイルの風味が全体を覆う。豚肉は夏バテに効くビタミンB2の宝庫だ。やや季節が外れているものの、鏡花たっての希望でおとよに作ってもらったのだ。
「ん、むぐむぐごくん。か~~~~。美味しい!」
「良いよな、お前は平和そうで」
朱塗りの格子牢の中、相も変わらず美麗な空間で美食をとことん味わう鏡花を、宗太郎は羨ましく思う。だけではない。『婦女子連続胸穴事件』は、恐らく鏡花にも関わりがある。だから宗太郎は、鏡花を守る為にも、捜査に尽力し、犯人を捕えなくてはならない。その先には恐らく、大目黒親子がいる。真剣な表情で黙り込む宗太郎に、お代わりと言い出し辛く、鏡花はしばらく宗太郎を眺めていた。大人になったな、と思う。子供の頃は、やんちゃな子犬のようだった。いつの間にか輪郭もしっかりして、手も大きくなった。そこまで見ていると、今度は自分が宗太郎に見られていることに気づいた。
「あ、お代わり!」
「良いよ」
「うん。頼む」
「代わりに何くれる?」
「え?」
ふわり、と。頬に宗太郎の唇が当たった。
そこには思いの外熱いものが宿り、頬から顎の線へ、首へと伝い落ちてゆく。
鏡花は動けなかった。道に惑った子供のように、動くことが出来なかった……。
我に帰ると宗太郎をしばき倒していた。
お気に召しましたら『コトノハ薬局』にもお寄りください。美食、ございます。




