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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
18/58

グルメでどん!

 雨のそぼ降る現場で、刑事たちは足を滑らせないようにしなければならなかった。

 夜の暗い、陰気な地面が懐中電灯の光を受けて陰鬱に照らし出されている。

「どうだ」

「……駄目だ。酷いもんだな。胸の真ん中を一突きだ」

「五件目だぞ。一体、何が目的だ」

「解らんが……」

 年長の刑事は、雨にも関わらず煙草をくわえた。

「異能絡みかもしれん」

 仰向けの若い女性は、胸部にぽっかり空洞が出来ており、見るも無残な有り様だった。


 明くる日は快晴で、草木のそこかしこに、露の残滓が居残っていた。

「はい、と、いう訳で~」

「今日もやって来ましたグルメでどん!」

「いや待て待て待て」

 宗太郎が突っ込みを入れるのも無理はない。よりにもよって、鏡花のいる牢内にテレビカメラが入っているのだ。

「良いのだ、宗太郎。私が許可した」

「何で!」

「可愛い鏡花ちゃんをみんなに見せびらかしたいんだもん。同僚にも聴かれてな? 美少女の娘さんがいるようなもんじゃないですか、羨ましいな~って。おほ!」

 そこには鬼禎允の面影が欠片もない。宗太郎と禎允の遣り取りは他所に、カメラはホールケーキをたいらげる鏡花を映している。カメラマンやリポーターも、これには口をあんぐり、開けている。

「いやあ、この生クリーム、変にべとつきがなくて品が良いな。苺の酸味も調度良い。他はないのか?」

 そこで気を持ち直した明るい髪色の男性リポーターが、季節外れのブッシュドノエルをずずず、と引き出して来る。これでは最早、大食い大会である。鏡花はこれもぺろりと食べた。もう控えのないテレビ局側は、おとよからの差し入れの料理をご馳走になった。中継はブッシュドノエルを鏡花が完食した時点で止めてある。

 茶碗蒸し。出汁からとった鯛茶漬け。法蓮草のお浸し、ひじきの煮物。鏡花の座卓では小さかろうと、宗太郎の座卓を運び入れて並べている。

 テレビ局員たちはこれらを口にして皆、むせび泣いた。おかあちゃーんと叫ぶ者までいる。まだ夕食にはやや早いが、鏡花がケーキ責めに遭うであろうと聴いたおとよが、さっぱりしたものをと準備したのである。ついでに、家に押しかけたスタッフたちの分も。宗太郎も何のかの、一緒になって食べている。禎允も食べている。一家全員、牢に大集合、である。スタッフたちは五名で、女性を除き胡坐を掻いててんでに座っている。

「これが噂に聴くおとよさんの料理ですか。何とも、郷愁の味ですねえ」

「おとよさんの料理は人の心の深奥に届く。ゆえに心して食べよもぐもぐ」

「おとよさんを取材させてはもらえませんか?」

「駄目。彼女は恥ずかしがり屋さん」

 脇に座っていた若い女性スタッフが、折り曲げた足先をもぞ、と動かした。

「ねえ、深奥って言えばあの事件」

「莫迦っ、こんなとこで口にする奴あるか」

「だって、報道課の子が怯えてて」

 鏡花はしばらく黙っておとよの料理を食べていた。耳はスタッフの話に澄ませている。

「胸部空洞の怪、か」

「あ、ああ、鏡花さんもご存じでしたか。いやあ、すみません。こんな美味しいもん食べてる時に」

「構わない」

 その後も鏡花は大人しく食事を続け、禎允などは剣舞を披露するなどしたが、宗太郎には、この時、鏡花が見せた冷たい眼差しを忘れることが出来なかった。鏡花は、しばしばそのような目を見せる。そんな目を見る時、宗太郎は、鏡花が遠くへ行ってしまったように感じるのだ。



お気に召しましたら『コトノハ薬局』にもぜひどうぞ。美食、ございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もしもつきあってる彼女(彼女でないなら尚の事)アイドルやテレビデビューして人気者になったら?そんな体験は稀だけど。まだ思い出にしたくない。これは行列が出来て。常連さんがわりをくう案件。しか…
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