グルメでどん!
雨のそぼ降る現場で、刑事たちは足を滑らせないようにしなければならなかった。
夜の暗い、陰気な地面が懐中電灯の光を受けて陰鬱に照らし出されている。
「どうだ」
「……駄目だ。酷いもんだな。胸の真ん中を一突きだ」
「五件目だぞ。一体、何が目的だ」
「解らんが……」
年長の刑事は、雨にも関わらず煙草をくわえた。
「異能絡みかもしれん」
仰向けの若い女性は、胸部にぽっかり空洞が出来ており、見るも無残な有り様だった。
明くる日は快晴で、草木のそこかしこに、露の残滓が居残っていた。
「はい、と、いう訳で~」
「今日もやって来ましたグルメでどん!」
「いや待て待て待て」
宗太郎が突っ込みを入れるのも無理はない。よりにもよって、鏡花のいる牢内にテレビカメラが入っているのだ。
「良いのだ、宗太郎。私が許可した」
「何で!」
「可愛い鏡花ちゃんをみんなに見せびらかしたいんだもん。同僚にも聴かれてな? 美少女の娘さんがいるようなもんじゃないですか、羨ましいな~って。おほ!」
そこには鬼禎允の面影が欠片もない。宗太郎と禎允の遣り取りは他所に、カメラはホールケーキをたいらげる鏡花を映している。カメラマンやリポーターも、これには口をあんぐり、開けている。
「いやあ、この生クリーム、変にべとつきがなくて品が良いな。苺の酸味も調度良い。他はないのか?」
そこで気を持ち直した明るい髪色の男性リポーターが、季節外れのブッシュドノエルをずずず、と引き出して来る。これでは最早、大食い大会である。鏡花はこれもぺろりと食べた。もう控えのないテレビ局側は、おとよからの差し入れの料理をご馳走になった。中継はブッシュドノエルを鏡花が完食した時点で止めてある。
茶碗蒸し。出汁からとった鯛茶漬け。法蓮草のお浸し、ひじきの煮物。鏡花の座卓では小さかろうと、宗太郎の座卓を運び入れて並べている。
テレビ局員たちはこれらを口にして皆、むせび泣いた。おかあちゃーんと叫ぶ者までいる。まだ夕食にはやや早いが、鏡花がケーキ責めに遭うであろうと聴いたおとよが、さっぱりしたものをと準備したのである。ついでに、家に押しかけたスタッフたちの分も。宗太郎も何のかの、一緒になって食べている。禎允も食べている。一家全員、牢に大集合、である。スタッフたちは五名で、女性を除き胡坐を掻いててんでに座っている。
「これが噂に聴くおとよさんの料理ですか。何とも、郷愁の味ですねえ」
「おとよさんの料理は人の心の深奥に届く。ゆえに心して食べよもぐもぐ」
「おとよさんを取材させてはもらえませんか?」
「駄目。彼女は恥ずかしがり屋さん」
脇に座っていた若い女性スタッフが、折り曲げた足先をもぞ、と動かした。
「ねえ、深奥って言えばあの事件」
「莫迦っ、こんなとこで口にする奴あるか」
「だって、報道課の子が怯えてて」
鏡花はしばらく黙っておとよの料理を食べていた。耳はスタッフの話に澄ませている。
「胸部空洞の怪、か」
「あ、ああ、鏡花さんもご存じでしたか。いやあ、すみません。こんな美味しいもん食べてる時に」
「構わない」
その後も鏡花は大人しく食事を続け、禎允などは剣舞を披露するなどしたが、宗太郎には、この時、鏡花が見せた冷たい眼差しを忘れることが出来なかった。鏡花は、しばしばそのような目を見せる。そんな目を見る時、宗太郎は、鏡花が遠くへ行ってしまったように感じるのだ。
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