蒼穹の玉、紅蓮の玉
九曜禎允は基本、自宅待機を旨とするが、若者たちへの異能指導にも余念がない。鬼禎允とも噂される。また、彼は第一の甲部隊隊長であり、招集があれば駆けつける。第一の甲の名称は異能に焦がれる者たちの憧れであり、公職に就く異能者の中でもトップクラスのエリートだ。そんな集団の長として、耳目に入ることは多々ある。
久し振りに県庁に、会議の為、呼ばれたと思えば懐かしい話を聴いた。出された緑茶の、湯呑みの紅葉の柄を持つ手がピクリと動く。
「『百花の乱』の前後、紛失した『蒼穹の玉』の回収を命じる。同じく、行方の知れぬ『紅蓮の玉』も、同様に捜索せよ」
県庁のトップクラスの面々が集まる中、異能課の長官である押小路美晴が高らかに命じた。
『蒼穹の玉』――――それは異能を滅する力を持つとされる宝玉。
『紅蓮の玉』――――それは異能を極める力を持つとされる宝玉。
それら二つの至宝が、厳重な管理下に置かれながらある日、忽然と姿を消した。押小路がじろりと禎允を見る。
「九曜殿宅には、『百花の乱』の折り、渦中で落命した白衣太鳳の娘御がいると聴いています。何か知っていることはありませんか」
「さて……。乱の時、あれはまだ十五でしたし。それよりも解せませんな。三年前に遡り、今になってそのようなことをお命じになるのはなぜなのか」
押小路が、丸眼鏡を人差し指で押し上げた。
「巫女の託宣がありました」
「……それは」
この場合の巫女は、神社でアルバイトなどをする巫女ではない。県庁直属、予言の異能に特化した巫女のことだ。
「巫女のお告げはこうです。『蒼穹の玉』、『紅蓮の玉』、双方共に揺らぐ姿が視える。遠からず、姿を現すであろう。しかしその時、血が流れる。以上だ。だから、『百花の乱』のような流血を防ぐ為にも、双玉の捜索に専念せよ」
居並ぶ男女が目礼した。禎允もだ。彼は何を思うか知れぬ瞳で、「『蒼穹の玉』、『紅蓮の玉』か……」と、小さく呟いた。
「秋刀魚の季節だな……」
赤い明かりが照らす朱塗り格子の牢内で、鏡花は秋刀魚の塩焼きをつついていた。さんまにはかぼすをきゅっと絞ってかけてある。擦り下ろした大根に、醤油をかけて、秋刀魚の身をそれにつけながら食べる。旬の味覚である。いつの間にか秋の虫が鳴くようになった。今年は蜩を聴かなかった気がするな、と鏡花は思いながらぱくぱく秋刀魚を食べて行く。ご飯が進む、進む。しかし、今宵に限ってお代わり当番の宗太郎がいない。いつも、お目付け役よろしく居座っているのに珍しいことだ。かぼちゃとさやいんげん、しめじの炊き合わせもふっくら豊かな味わいだ。茄子と蒟蒻の田楽がまた、舌を歓喜で痺れさせる。大根と薄揚げの味噌汁も、丁度良い味噌加減だ。流石はおとよである。
「…………一人は味気ないな」
何とはなしに、そんな台詞が口をついて出た。
その頃、宗太郎は禎允の執務室にいた。今日、県庁で行われた会議の概要を聴いた。それは良い。それは良いが、その後がまずかった。
「『蒼穹の玉』と、『紅蓮の玉』が……!?」
禎允は重々しく頷く。
「よってお前は、一層、鏡花ちゃんの傍であの子を守れ」
「大目黒は、では無差別テロというのは」
「奴が多くの人命を奪ったことには変わらぬ」
「なぜ父さんがそこまで内実を知っているのです」
「……」
「母さんですね」
県庁直属の巫女は、その昔、禎允の妻だった。
「……貴方はまだ母さんと通じて……」
禎允は月光の射し込む窓を見上げた。
「なあ、宗太郎。人を容易く嫌うな。人は誰しも、人に生かされているのだから」
宗太郎はかぶりを振ると、荒々しく部屋を出て行った。
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