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美食牢  作者: 九藤 朋
美食牢 
1/58

牢に君臨する少女

 時は現代。夏の猛々しい盛りも過ぎようという時節、その牢は邸の一階、南東にあった。朱塗りの格子(こうし)の嵌まる部屋の中は、広さ八畳ほど。手洗いも風呂も完備された牢は、真に牢かと疑問に感じる華に満ちていた。それも下品なものではない。楚々として、尚且つ美しい。漆黒の柘榴(ざくろ)が彫り込まれた文机(ふづくえ)。その上には蒔絵(まきえ)の施された文箱(ふばこ)。電灯は明るい木と和紙を用いた立派な物で、夜である今は柔らかな明かりが点っている。寝具も、季節に合わせてさらりとした麻で、寝心地が良い。冷暖房は完備されている。至れり尽くせりの、まるでこの牢の主こそが、家主であるかのような在り様だった。

 名にし負う異能の大家である白衣(はくえ)家の当主・白衣(はくえ)鏡花(きょうか)が、競合相手である九曜(くよう)家に家を乗っ取られたのはこの春のこと。まだ十八で当主となり、その異能を世間に知らしめていた鏡花が、なぜこうも簡単に九曜家に乗っ取られたのかは定かではない。何せ、彼女は大して抵抗もせず、九曜に囚われの身となり、全て言いなりとなっているのだから。

 虫の音がすだく夜。

 小さな座卓の前に着いて、鏡花は「いただきます」と言った。

 座卓にはカマスの塩焼き、焼き茄子、冷奴、トマトと胡瓜(きゅうり)のマヨネーズ和えサラダ。

 焼き茄子には擦り下ろした生姜(しょうが)が乗せられ、醤油の風味とよく合う。豪華ではないが、滋味豊かな食卓である。鏡花はその一つ一つをよく噛んで味わいながら、時折、「はあ」、と、陶然とした溜息を吐いた。

「……そんなに美味いか」

 尋ねたのは、鏡花の牢の扉近い廊下に懐手をして立つ男。

 二十歳にして九曜家の跡継ぎである、九曜宗(くようそう)太郎(たろう)だ。藍色の単衣(ひとえ)の上に乗る、眉目秀麗な顔が、やや呆れの色を乗せて鏡花を見ている。宗太郎の容貌を超える美貌の少女は、にこりと微笑む。彼女もまた、更紗(さらさ)の涼し気な単衣を着ている。

「ええ、とても美味しい。宗太郎も、一緒に食べられたら良いのに」

 宗太郎は額に手を当てた。

「誰に、何を言っている。俺は、お前の家を乗っ取った九曜家の跡継ぎだぞ」

 もぐもぐ、と鏡花は焼き茄子を食べる。浅い味わいが夏に疲れた口中に優しい。

 ごくん、と飲み込んでから。

「でも、昔はよく遊んだだろう。式神の飛ばし合い、面白かった。結局、宗太郎が私に勝てたことは一度もなかったけれど」

 あはは、と笑い、今度はカマスに箸をつける。

「あの頃と同じと思うなよ」

「ほう? それは怖い怖い」

「――――なあ。どうしてお前、囚われたままでいる? お前の実力があれば、ここから出ることなど容易いだろう」

 鏡花が、ちろりと宗太郎を上目遣いに見る。白磁の頬に、果実が色づいた唇。切れ長の瞳の睫毛(まつげ)は長い。艶麗な顔立ちの少女の、その仕草だけで色香が匂い立つようだ。

「解っていないのだな、宗太郎。私がここに居続けるのは、食事が美味しいからだ」

 他の待遇も悪くないしな、と言いながら食事を続ける鏡花を凝視して、宗太郎は大きな溜息を吐いた。

「食事が美味いから囚われてるって? それだけか?」

「うん? どうだろうな? それはどうだろう」

 ほくほくしながら、鏡花は夕食を続けた。宗太郎がそんな鏡花を胡乱(うろん)な瞳で眺め遣るのも、決まり事となっていた。


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 実はこの一話の感想を書いている時点でご更新されている全話読了してしまいました。がっついた下品な客です!勿論読破ではありません。再読したい素晴らしい表現がたくさん!本当によい作品だと思います…
[良い点] 異能を持つ主人公達。 彼女らのエネルギー元である美食するというアイデアが良いなと……。 更には食事シーンや和のきらびやかな風景が浮かぶ素敵な描写がとても素晴らしいです。 語彙力の凄さ…
[一言] タイトルからしてわかっていたが飯テロ小説……。かつ異能 もの。 ことさんとは趣は異なりながらも同じく最強の術者にして負けず劣らずの健啖家。それに振り回される幼馴染。 なかなか興味深いです…
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