牢に君臨する少女
時は現代。夏の猛々しい盛りも過ぎようという時節、その牢は邸の一階、南東にあった。朱塗りの格子の嵌まる部屋の中は、広さ八畳ほど。手洗いも風呂も完備された牢は、真に牢かと疑問に感じる華に満ちていた。それも下品なものではない。楚々として、尚且つ美しい。漆黒の柘榴が彫り込まれた文机。その上には蒔絵の施された文箱。電灯は明るい木と和紙を用いた立派な物で、夜である今は柔らかな明かりが点っている。寝具も、季節に合わせてさらりとした麻で、寝心地が良い。冷暖房は完備されている。至れり尽くせりの、まるでこの牢の主こそが、家主であるかのような在り様だった。
名にし負う異能の大家である白衣家の当主・白衣鏡花が、競合相手である九曜家に家を乗っ取られたのはこの春のこと。まだ十八で当主となり、その異能を世間に知らしめていた鏡花が、なぜこうも簡単に九曜家に乗っ取られたのかは定かではない。何せ、彼女は大して抵抗もせず、九曜に囚われの身となり、全て言いなりとなっているのだから。
虫の音がすだく夜。
小さな座卓の前に着いて、鏡花は「いただきます」と言った。
座卓にはカマスの塩焼き、焼き茄子、冷奴、トマトと胡瓜のマヨネーズ和えサラダ。
焼き茄子には擦り下ろした生姜が乗せられ、醤油の風味とよく合う。豪華ではないが、滋味豊かな食卓である。鏡花はその一つ一つをよく噛んで味わいながら、時折、「はあ」、と、陶然とした溜息を吐いた。
「……そんなに美味いか」
尋ねたのは、鏡花の牢の扉近い廊下に懐手をして立つ男。
二十歳にして九曜家の跡継ぎである、九曜宗太郎だ。藍色の単衣の上に乗る、眉目秀麗な顔が、やや呆れの色を乗せて鏡花を見ている。宗太郎の容貌を超える美貌の少女は、にこりと微笑む。彼女もまた、更紗の涼し気な単衣を着ている。
「ええ、とても美味しい。宗太郎も、一緒に食べられたら良いのに」
宗太郎は額に手を当てた。
「誰に、何を言っている。俺は、お前の家を乗っ取った九曜家の跡継ぎだぞ」
もぐもぐ、と鏡花は焼き茄子を食べる。浅い味わいが夏に疲れた口中に優しい。
ごくん、と飲み込んでから。
「でも、昔はよく遊んだだろう。式神の飛ばし合い、面白かった。結局、宗太郎が私に勝てたことは一度もなかったけれど」
あはは、と笑い、今度はカマスに箸をつける。
「あの頃と同じと思うなよ」
「ほう? それは怖い怖い」
「――――なあ。どうしてお前、囚われたままでいる? お前の実力があれば、ここから出ることなど容易いだろう」
鏡花が、ちろりと宗太郎を上目遣いに見る。白磁の頬に、果実が色づいた唇。切れ長の瞳の睫毛は長い。艶麗な顔立ちの少女の、その仕草だけで色香が匂い立つようだ。
「解っていないのだな、宗太郎。私がここに居続けるのは、食事が美味しいからだ」
他の待遇も悪くないしな、と言いながら食事を続ける鏡花を凝視して、宗太郎は大きな溜息を吐いた。
「食事が美味いから囚われてるって? それだけか?」
「うん? どうだろうな? それはどうだろう」
ほくほくしながら、鏡花は夕食を続けた。宗太郎がそんな鏡花を胡乱な瞳で眺め遣るのも、決まり事となっていた。