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浄玻璃の鏡  作者: あさると
第1章 我々はどこから来たのか
3/3

第3話 鏡の部屋

宗次郎はヤマさんの家に住むことになった。

昨日は大変な日であった。見知らぬ家を訪ねたどころか、何故かその家に住まわされることになり、掃除、洗濯、料理など予想以上の労働をさせられることになった。


「この家に住むのならそれぐらいはしてもらわないと困る」


ヤマさんはそう言って一人で何処かに出かけてしまう。また、叔父さんからの電話も鳴り止まなかった。完全に忘れていたが、普段帰ってくるはずの高校生が零時になっても帰ってこなかったら嘸かし心配するだろう。叔父さんには正直に事情を説明した。自分を変えるために、お爺さんの家に住まわせてもらうこと、当分は叔父さんの家に戻らない可能性があること、その全てを昨日、いや正確には今日深夜に告白した。


叔父さんは最初は大反対していた。それはそうだ。男の中でもあまり強くのない僕が、公園で出会ったお爺さんに何か吹き込まれて強制的に家に住まわされている構図にしか見えないだろう。しかし、僕も高校生だ。何を信じるべきなのか、何を大切とすべきかは自分で判断できる。


「自分を変えられる最後の機会かもしれないから」


僕はそう叔父さんに告げ、ついぞ叔父さんは認めてくれた。たまには帰ってこい、何時でも帰ってこい、そう何度も僕に言い聞かせた叔父さんの言葉が度々脳裏を過ぎる。






正午を過ぎ、二人分の昼食を用意しておいた。料理は得意では無いが、叔父さんとの二人暮らしの中で自然と自分で食事を用意する機会は多く、レシピを見れば過不足なく作れる。ご飯に焼き鮭、ほうれん草の胡麻和え、味噌汁。実に日本的で健康的な献立となった。


「うん、美味しい!ヤマさんに美味しいって言わせるぐらいの出来だ」


しかし、午後三時、四時と日が傾き始めてもヤマさんが帰ってくる気配は無い。机上の味噌汁はとうに冷え、翡翠眼の黒猫は悲しそうな表情で此方を見つめてくる。


「まだかな…」


そう思っていると、ふと玄関の近くの階段が気になった。


「そういえば、二階あるんだよな」


部屋から部屋へと一階を反時計回りに掃除はしたものの、階段を上った先は掃除をしていない。というか行ってもいない。何故なら、ヤマさんが昨日言った言葉を厳守しなければならないからだ。


「鏡の部屋には入るな」


鏡の部屋がどこにあるかは分からない。ただ、一階には鏡と思しき物は見当たらない。つまり、そういう事だ。


「…絶対入るなって言われたけど、そもそも二階にあるのかも分からないし、地下室があるのかもしれない」


僕は玄関を開けてヤマさんがまだ帰ってこないのを確認してから、恐る恐る階段を上り始めてしまった。


「…絶対入っちゃいけないのに」


絶対入ってはいけないのに、不思議と足は一歩ずつ前へ進んでいる。僕は暑くもないのに汗をかいている。そして、最後の段を上り終えた時、目の前に一つの扉が見える。


「…鏡の部屋」


こんなにも分かりやすい事があるだろうか。僕は後ろを振り向いた。彼はまだ帰ってくる様子は無い。もう、此処まできたら進むしかないと勝手に感じていた。そして、扉のノブに右手を置き、時計回りに回し、獅子の眠る部屋を開けんとするかのようにゆっくりと前へ押しやった。


「!」


伽藍堂の部屋には、何も置かれていない。いや、左手に大きな絵画が飾られている。


「これは…鬼?天狗?」


強面の妖怪と思しき絵が飾られている他、この部屋には何も無い。鏡も見当たらない。しかし、僕は気づいてしまった。


「絵画の裏…」


絵画の裏に不自然に隙間が空いていることに気が付き、次の瞬間右手は絵画へ触れていた。


「此処まできたら、捲るしかない」


再度後ろを確認しつつ、絵画を上へと捲り上げた。すると。


「鏡だ…」


ついぞ鏡とのご対面。その荘厳な姿形に僕は呆気にとられていた。まるでこの世のものとは思えないオーラを僕は感じ取っていた。


「なんで、鏡の部屋には入ってはいけなかったんだろう…」


間違いなく高価な代物であろう、それは直ぐに分かったが、本当にそんな理由で部屋に入って欲しくなかったのだろうか。そんな事を思い悩んでいると、僕ははっとした。


「あれ?」


何で今まで気が付かなかったのだろう。


「ヤ、マ、さん?」


何と鏡に映っていたのはヤマさんだった。僕は直ぐに後ろを振り返った。しかし、見渡す限り何処にもヤマさんの姿は見えない。


「ど、どういう事!?あれ…」


再び鏡を見ると、そこにはしっかりと僕の姿が映っていた。しかし、先程は間違いなくヤマさんの姿が映っていた、間違いなく。


「…何が起きても不思議じゃない」


これ程大切にされている鏡だ、普通では無いのだろうと理由をつけて心の平静を保っていた。すると。


「あれ、何かぼんやりして、白くなって、僕の姿が、僕に重なって…!」


鏡に取り込まれるかのように、鏡に映る僕の姿が僕と重なった。周囲の風景が朧気になった。何が起きているのかさっぱり分からない。


「ごめんな、さ!や、マ、さ…」


僕は勝手に鏡を見た事への謝罪とともに意識を失った。僕の虚ろな肉体を照らすのは、地平線に取り込まれる銀杏色の夕陽の斜光であった。

宗次郎の傍には馴染みのある黒猫が居たそうな。

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