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浄玻璃の鏡  作者: あさると
第1章 我々はどこから来たのか
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第2話 再会

藤原宗次郎は昨晩公園で出会った謎のお爺さんの家へと向かう。

翌日早朝。まだ陽が地平線を脱する前に、藤原氏の末裔は一切れの紙を手に未踏の地へと足を進めていた。昨晩、お爺さんから渡された紙には、所謂「住所」というものが記載されていた。「住所」とはいっても、大雑把が過ぎるが。


「切通、神社、キンダーガーテン。これら三点でトライアングルを描くと…」


紙に書かれていたのは単語の羅列だけであった。それも固有名が書かれているわけでもなく、何処を指すのか困難に思われたが…。


「やっぱり此処だ」


深夜の公園で出会ったんだ、叔父さんの家からそう距離が離れていないだろうという信頼の元、鎌倉市内からその周辺を調べ、3点で構成されたトライアングルの面積が最小になる地点へと向かった。


「朝夷奈切通、熊野神社、あさひな幼稚園。このトライアングルの中心部分に行ってみよう」






推理は当たっていたらしい。如何にも厳格なお爺さんが住んでいそうな由緒正しい格式の高そうな一軒家が建っていた。


「本当に、来てしまった」


公園で出会った明らかな不審者。間違いなく危険な存在には変わらない。だけれども、意味を見出せない人生の中で、刺激が欲しかった。いや、誰かも分からないお爺さんに勝手に希望を抱き、この場所に来たのも間違いなかった。


「…すみません」


返事は無い。


「…すみません、誰かいませんか」


返事は無い。


「すみません!!!」


とびっきりの大声を出した。やはり返事は無かった。間違えたのだろうか。しかし、此処が違うとなると見当がつかない。


「もう帰るか」


この場所に一人でいるのは傍から見たら可笑しい。面倒事に巻き込まれないためにも、諦めて帰ろうとした。


「何故諦める?」


「!?」


聞き馴染みのある声が家の中から聞こえた気がした。


「帰るか。分かった、もう二度と此処へは来るなよ」


「ま、待って下さい!」


今この機会を失ったら、二度と変われないような気がした。


「紙に、書いてありました、この場所が。」


「…」


「なんで来たのかは自分でもよく分かってません…。でも、自分を変えたいんです!何か、何か僕にチャンスを下さい…」


「…」


お爺さんはずっと黙っていた。その間じっと家の戸を見つめていると、お爺さんが口を開けた。


「入れ」






戸を開け中に入ると、まるで人気のない静寂が辺りを包んだ。玄関には、お爺さんの物であろう草履が置いてあった。それに、靴入れには下駄も置かれてある。


「…すみません」


あまりにも人気が無いので、そう尋ねた。しかし、相も変わらず家は静寂に包まれたままだ。玄関のすぐ近くに階段が見える。お爺さんは二階にいるのだろうか、それにしても客人が来ているとは思えない対応で心底吃驚していた。


「…座りますね」


そう言って、玄関の左手側の部屋に入り、丁寧に置かれた紫色の座布団に腰をかけた。


十分程経った後であろうか、階段の方から猫の鳴き声が聞こえてきた。期待を胸にその姿を想像しながら待っていると、翡翠の様な眼をした黒猫が、今まさに僕の居る居間へとその足を運んできたのだ。


「かわいい」


大の愛猫家である僕は、その可愛らしくもあざとい一挙手一投足に思わず魅入っていた。その黒猫は、僕の眼をじっと見つめながら僕の膝元へと歩みを寄せる。僕は聞き手である右手を猫の背中に這わせようとしたその時。


「猫好きに悪いやつはいない」


「!?」


なんと猫が喋った。と思いきや、声は少し遠くから聞こえた。全く気が付かなかったが、お爺さんが戸を開けたまさにその場所に立っていたのだ。


「あ、こ、んにちは!」


僕は驚きながらも頭を下げ、礼儀正しく挨拶をした。以前出会った時も、このお爺さんから全く気配を感じなかった。


「お茶は?」


「…は、はい?」


「十分経ったが、お茶の用意がなされていない。あんなもの、直ぐに用意できるだろう」


何を言ってるのかが全く分からなかったが、どうやら僕にお茶を用意させようとしているらしい。


「す、すみません。今すぐ用意します」


なぜこんなことをさせられているかも分からず、取り敢えず謝りながら席をたち、台所の方へと向かった。そもそも客人の立場である僕がお茶を用意する意味が全く分からない。


「…やっぱりこのお爺さん不思議だな」






僕がお茶を机に運んでから、お爺さんは僕のことについて断続的に質問を投げかけてきた。年齢、出身、血液型、座右の銘…。しかし、何より疑問を感じているのは僕だ。お爺さんが何者なのか、昨晩僕に告げた言葉の意味は何なのか、明らかにしなければならない。


「あ、あの…お爺さんの名前を教えて下さい」


「…名前?ああ名前か。ヤマと呼べばいい」


「や、ヤマさん。昨日僕に言ってきたことって…」


「…」


僕はいきなり物事の真相に迫ろうとした。


「まだお前に教える義理はない」


「!?」


しかしあっさりと断られてしまった。


「ぼ、僕は昨日ヤマさんに言われたから、紙を渡されたからここに来たんです。何も無いわけないです。それに…」


僕は気付かないうちに黒猫を抱きながら儚げに呟いた。


「生きる意味が分からないんです。ヤマさんが何かを変えてくれるって、そう期待しながら此処まで来たんです…」


「気に食わないな」


ヤマさんは僕の抱えている黒猫に左手でこっちへ来るように合図しながらそう被せ気味に答えた。すると黒猫はまるでマタタビにおびき寄せられたかのように僕の膝を蹴りヤマさんの膝元へと浮気した。


「なぜ他人に結果を求める?なぜ自分では何もしようとしない?己のレゾンデートルを知るために、己の姿を鏡で見ろ」


「…」


正直何を言ってるのか分からなかった。しかし、僕が他人に求めすぎたこと、いや正確には自分の不甲斐なさを他人の所為にして息を吸ってきたことを見透かされてしまった。


「ごめん、なさい…」


僕は全くそうするつもりはなかった。全くそうするつもりはなかったのに、気が付くとヤマさんの膝元で泣き崩れていた。黒猫は自分の領土が奪われた怒りと共に、泣き崩れる哀れな人間への同情を感じていたのだろう。猫の舌が僕の眼を、涙を舐め始めた感触を感じた。


「住め」


「…え?」


涙が収まり始めた頃、ヤマさんが唐突にそう言った。


「此処に住め。お前を一から変えてやる気はない。だが、お前が変わる手助けならしてやってもいい。変わりたいんだな?なら此処に住め。夕餉の準備に取り掛かれ」


次から次へと飛んでくる言葉に僕は困惑していた。しかし、何故だろう。見知らぬお爺さんの、見知らぬ家で新しい生活ができるのだと思うと、自分の心の中には期待しか膨らまなかった。


「…ありがとうございます」


僕は最後の涙を拭い、新たな決心をするかのようにそう弱くも力強くそう言った。


「綺麗な声をしてるな」


ヤマさんは僕にそう告げ、彼もまた引き締めるように僕に話し始めた。


「二点。この家で住むのに二点厳守して欲しいことがある」


「はい、何でしょう」


「一点目。俺には絶対触れるな」


「は、はい。分かりました」


「二点目」


ヤマさんはそう言って厳かな表情でこう告げた。











「鏡の部屋には入るな」

ヤマさんは横文字が好きらしい。

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