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浄玻璃の鏡  作者: あさると
第1章 我々はどこから来たのか
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第1話 邂逅

みなさんは正義が悪と化し、悪が正義と化す瞬間があると思いますか?

僕は捨て子だ。


柊高等学校二年次生、藤原宗次郎。こんな僕でもそれなりの身分で表すことができる。


自分の事は嫌いじゃない。


でも、それは自分で自分のことを嫌いたくなかっただけだ。






「そーじろー!」


「えっ」


この学校に僕を名前呼びしてくるやつなんて居ないはずだ。こんな根暗な転校生なんかに、友達ができるわけない。


「ここの問題教えてよ〜」


「あ、あの」


隣の席の成瀬。なんかすごい話しかけてくる。


「...僕じゃなくて友達に聞きなよ」


すると成瀬は目をきょとんとしてこちらを見つめてくる。そしてにんまりと笑った。


「私も友達少ないから〜一人しか居ないから〜」


こいつは俺を馬鹿にしてるのか。一人も友達が居ないことを馬鹿にしてるのか。だけど僕には怒る気力もない。


「その一人に聞けば?」


「だってあんま頭良くないもん」


「誰が頭悪いって〜?」


その一人が成瀬の頭を両手で鷲掴みにした。


「いだだだだだだ、ごめんギブ!許してごめんなさい」


成瀬を懲らしめているのは伊勢。だったっけ。


「伊勢美咲こーわ」


「自業自得ってこと分かんないの?ニコニコ」


「でもそーじろーの方が頭良いでしょ!」


「そーじろー?」


そりゃそうなる。誰だよそーじろーって。ていうかそうじろうだし。


「この子!この前転校してきた」


「あ〜転校生。影薄すぎて分かんなかった」


「なんでそういうこと言うの!」


僕の影の薄さについて議論が開始した。もう、うんざりだ。


「もう、用があるから帰るね」


「え!ここの問題解けないよ」


「教科書見れば絶対分かるよ。じゃあね」


そう言って僕はそそくさと下校した。






深夜11時。この時間帯に高校生が公園に居ること自体異質だろう。でも、夜中に一人で閑静な公園のベンチに座るのが、とても落ち着く。このまま灰に溶けてしまいそう。


「今日はここで寝ちゃおうかな」


捨てられた僕は、唯一の良心である叔父さんに生活費と教育費を支給して頂いているどころか寝泊りもさせてもらっている。でも、そんな自分に嫌気がさすとたまに一人公園のベンチで消えてしまいたい気持ちにもなるのだ。


「おやすみみんな」


ここで言う「みんな」とは、木々や花々のことである。


「...い」


僕は何のために生きているのだろうか。


「...おい」


死んでしまっても良かったのではないか。でも、今死んでしまっては叔父さんに面目が立たない。


「おい」


これから僕はどうすれば...。


「おい!!!」






吃驚した。目の前に現れたのは人間ではないオーラを醸し出した、いかついお爺さんだった。


「こんな真夜中に一人でなにをしておる?」


こんなに心の芯に響くような声をしているのに、至近距離で叫ばれるまで気が付かなかった。まるで存在感がない?いや、違う。認識が出来なかったという方が正しいのか。


「質問に答えろ」


「...」


あまりに驚いた僕は、一言も喋ることが出来なかった。


「よし、今から5秒後にお前の舌を引き抜く」


「!?」


何を言ってるんだ。本当に引き抜こうとしているのか。さすがに冗談だと思ったが、この恐ろしい形相を見るに、逆らわない方が身のためだと瞬時に感じた。


いざ死の危険が迫ると人間はあまりに弱々しいものだ。


「ちょ、ちょっと落ち、着きたくて...」


「家で休めば良かろう」


「い、家だと...」


「...虐待されているのか」


「え?」


「よかろう。ならば貴様の肉親に鉄槌を下してやろう」


「ま、待って!」


今日一番の大声が出たかもしれない。


「叔父さんは何も関係ない!頼むから何もしないで下さい...お願いします」


僕は泣き出していた。その様子を怖くも優しい眼差しで謎のお爺さんは見続けていた。






泣き止んだ後、自分の過去について全てを打ち明けた。こんないかつい不審者にまだ何もされていないのが不思議なくらいだが、彼は僕の言葉を遮ることなく最後まで話を聞いてくれた。


「...つまり、捨て子であると」


「はい」


「ならばやはりお前の肉親に鉄槌を...」


「もう、いいんですそんなことは」


おそらく僕は澱んだ光のない目で話し続けていただろう。


「何も憎いと思ってないし、何も嫌いじゃない。ただ、僕の存在意義が分からないだけです」


強面のお爺さんは、黙って話を聞き続けている。


「こんなもんですかね、僕の薄っぺらい過去は。それより、お爺さんはこんな真夜中に何故ここに...」


「それをお前に教えてやる義理はない」


冷淡な声色でそう返されると、お爺さんは僕の胸倉を掴んでこう囁きかけた。


「お前の存在意義?そんなものは知るか。被害者ぶるんじゃない。お前の手でそんなものは見つければいい」


説教とも助言ともとれるその返答に僕は困惑した。あまりの気迫に僕は身震いをしていた。すると。


「すみません、こんな真夜中に何をされているんですか?」


おそらく見回りの警察官の声だ。徐々に近づいてくる。


「...もう一度言うぞ、お前の手で切り開け。道は与えられるもんじゃない、創るものだ。」


「な、何をされてるんですか!」


警察官は状況の異様さを察知したのか、警棒を取り出してこちらに向かって走ってくる。


「俺に興味があると言ったな。良いだろう、お前を被害者から加害者にしてやる」


そう言うと、消えた。お爺さんは消えた。走って逃げたとか、テレポートしたとかじゃない。気付いたらいなくなっていた。まるで他者からの認知を歪ませるように。


「あ、あれ!?さっきのお爺さんは?」


「...大丈夫です。僕は無事なので...」


「...そうか。最近不審者が多いから、こんな真夜中に外出はもう控えてね」


「すみません」


そう言うと、警官は去ってしまった。






己の手で道を切り開け、加害者になれ、お爺さんの言った言葉が脳裏に張り付いて離れない。


寒くなってきたなぁ。そう無意識にポケットに手を伸ばしたのが全ての始まりだった。いつ入れたのかも分からない一枚の紙切れがポケットに差し込まれていた。

「宗次郎」を「そーじろー」と書くことで和みます。

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