捨て駒
最期はミキール・ギャティギルソン元側近候補の視点です。
後半の視点は人が変わります。
「クレッゼル殿、ミキール殿、ニコルソン殿。主様からです」
そう言って手渡された封書。
これが最後となる。
ミキール・ギャティギルソン。それは私が侯爵家次男だった頃の名。
クリスフォード様の側近候補として約束された将来に、輝ける未来像に酔い痴れた愚かな子供の名‥‥今の私はただのミキール。何の取り柄もない平民だ。
あのお方から謀反の嫌疑を掛けられて収監されているザックバイヤーグラヤス家の息子を葬れと命を受けた。
ふ、漸く我等‥‥私の望みが一つ叶う。公爵家の者全てを葬りたいが先ずはあの男からだ。私が受けた屈辱をあの男の命で償わせる、考えただけでも胸が空くではなかろうか。私はこの時ばかりはあのお方の采配に歓喜した。
城内の協力者の手引きで上手く侵入できた。あとは迅速に目的を完遂する。
興奮冷めやらぬ気持ちを抑えつつ用意された看守の服装で歩を進めた。
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「食事だ」
「‥‥‥いつもの看守とは違いますね。彼はどうしたのでしょうか」
「ふん、彼奴は今日は休みだ、代わりに配膳するよう指示されただけだ」
「‥‥‥そう、ですか。まあいいでしょう」
罪人の癖にどこか高飛車なこの男の物言いに苛つく。だがそれも一時の事。
スープに盛った毒でこの男の命が尽きると思えばざまあみろと嘲りが湧く。
もう少しだ。もう少しであのお方がお喜びになられる。
「‥‥はぁ‥‥この程度の者を差し向けられるとは、若様も舐められましたか」
「は? な、何を言っている?」
「貴方は刺客に向いていません、とそう申し上げました。ですがまあ、ここまで足を運ばれたのですからお望みのモノをお見せいたしましょうか」
「はぁ? だから何を言って」
「グッ!?」
喉を詰めらせたように咽び、吐血しながらのた打ち回る姿に溜飲が下がった。
ああ、清々した。こうも簡単に目的を遂行できたことに私は気が大きくなっていたようだ。必死に片手を上げ縋る姿に優越を感じて聞かれもしないあのお方のことを漏らしてしまった。だがもうこの男は虫の息で私の言葉など耳に入っていない。このまま死を確認すれば良いだろう。出来れば毒ではなく直接斬りたかったが。
忌々しい男は事切れた。見届けた私は踵を返し一刻も早くご報告をと気が急いてこの場を後にした。
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事切れた男は今し方暗殺を試みた男の動向を目で追っていた。差し向けられた刺客は本当に一人かと周囲を探り気配を追う。
聞こえてきた足音は複数人分。先程の刺客とその仲間だろうか。事切れた男は息を殺して侵入者達の様子を窺う。
確認が必要だと言われて戻って来たのか。侵入者達は事切れた男を見下ろし満足気によくやったと褒めていた。
そのうち会話は不穏な空気を帯び始め褒めていた男の口調が変った。
「恨みを抱いた男が食事に毒を盛り犯行現場を監視に見られ口封じを試みたが相打ち。とまあこれが筋書だ。ご苦労だったなお前の役目はこれで終わりだ」
「な、何を!」
「うわっ!」
ミキールと呼ばれた男が聞き返す間もなく斬り合う音が聞こえたかと思うと、ドサリドサリと何か重い物が地に落ちた。
男達はこの場に証拠を残して姿を消した。彼等の息遣いはもう聞こえない。
静寂が戻った室内で事切れていた筈の男は「陰謀か‥‥」と独り言ちる。
目の前には捨て駒とされた二人の男。刺客であったミキールと呼ばれた男と看守の男が切り殺されて横たわっていた。
「若様、有事の際は私の判断に任すと仰られていましたからここは私の筋書きでよいでしょう。では…‥」
室内に設置した魔法陣の作動を止め幻影術を解術した。
この後、若様の死を偽装してここから脱出かと手順を考えると意外と面倒だった。
‥‥‥さっさと逃げよう。
ちょこっと補足です。
事切れた男‥…義兄の代わりに牢に入っていた義兄の部下です。
幻影術に長けた帝国人で義祖父から与えられた部下でした。




