クリスフォード王子 ③
クリスフォード王子視点最後です。
俺はレティエルではなくマリエラを選んだ。当たり前だ!
レティエルとの婚約を破棄してマリエラと婚姻を結ぶ。
その為に俺達は動くことを決めた。
側近候補達も巻き込んで。彼等はマリエラの願いだからと渋々了承した。
おい、俺の為ではないのかお前達!
レティエルの評判を落とし瑕疵のある婚約者に仕立て上げること。
王子の婚約者としてあるまじき行いをしたとして婚約破棄をする。
これなら俺が申立人として婚姻無効が成立し、レティエルと公爵家から多額の損害賠償などの金銭を要求できるとマリエラは教えてくれた。
レティエルは俺を蔑ろにしてきたのだ。これなら俺も溜飲を下げられるぞ。
俺達が自由に動けるのは学園内だけだ。
園内なら陥れるのは比較的容易だろうと画策した。
問題は金だ。何をするにも、人を使うにも金が要る。
これには俺は驚いた。命じれば人は動くものと思っていたのだから。
そうか金が必要なのか。なら金を払って人を使うぞ!
俺達の夢を叶えるためだ。幾らかかってもいいだろう。
だが困ったことに俺達が自由に使える金額では足りぬのだ。くっ!王族なのに!
まずは金の工面だ。さて困った。高位の者は個人的に稼ぐことがない。
…確かレティエルは領地経営に貢献していた。何か商品開発をしたとか言っていたな。レティエルは才覚にも恵まれている。俺とは大違いだ。
俺の気持ちが沈む。また劣等感に苛まれる。
マリエラはそんな俺の気持ちを察したのか。
個人が優秀なのも大事だけど、秀逸な人材を引き寄せる方がもっと凄いことだと。優れた人物に他人は憧れる。その人の元へと多くの人材が引き寄せられる。俺の周囲には優秀な人材が集まるだろう。やはり王の器だ。と彼女は笑顔で言ってくれた。そうか。マリエラが言うならそうだろう。俺は納得した。
マリエラが貴族らしき男を連れて来た。見覚えのない顔だ。家名を聞いたが男爵家と所縁のある者だった。
その男は高位貴族家へ侍女を紹介するよう言い遣ったのだが、生憎、妙齢女性に知り合いがいない。さて困った。上位貴族の命に従いたくともそれが出来ない。ほとほと困り果ててマリエラの父親に相談したのだと経緯を説明した。
マリエラから頼りがいのある俺なら助けてくれると言われたそうだ。
そうか、俺は頼りがいがあるのか。
貴族のご令嬢をご紹介下さればそれ相応のお礼をさせて戴きます。俺を窺う男の目はどこか陰鬱だ。怪しい気がしなくもなかったが今は金が欲しい。
マリエラも仕切りに勧めてくるから紹介する約束をした。
俺達は伝手を使い若い娘を数人、紹介した。
彼女達の紹介先は聞いていない。俺達の与り知らぬことだ。
この頃、王都の貴族間でおかしな噂が広まっていた。
下層貴族の働きに出た令嬢達の行方が知れなくなった噂だ。嫌な話だな。
騎士団は捜索しているのか? 一体何をしているのだ。
マリエラから女性の紹介は控えた方が良いと提案を受けた。
新たな金策を考えなければ‥…。
最近はマリエラへの贈り物が増えて金が余計に懸かるのだ。俺の横に立つ女性だ。装飾品やドレス、小物に至るまで手は抜けぬ。
マリエラから別の貴族達を紹介されるようになった。
手っ取り早く金を稼ぎたい俺のために儲け話を持って来てくれた。
俺だから勧める投資話だ。それは素晴らしいな。元手が痛かったが。
稼いだ金はすぐに手元からなくなるのだ。足りない。おそらく少額だからだろう。もっと大金を稼がなければ。焦燥感が俺を襲う。
マリエラが俺に与えられている王領について尋ねてきた。
俺と弟には父上から配分された王領地を管理させられていた。
俺達は未成年だから管理は代官にさせているが。
マリエラはその配分地の収益が見合っていないと指摘した。
どういうことだ…。
彼女曰く、俺の管轄地は非常に恵まれた土地なのだと。なのに年々収益が芳しくない。これは代官が着服しているのだろうと教えてくれた。
マリエラは俺が可哀想だと泣き出した。唐突で驚いた。
俺の不遇は恐らく誰かの差し金に違いない。俺の世評は陥れられた結果だ。これでは努力しても報われない。それが可哀想だと泣いてくれた。
俺は事実がどうであれ俺のために泣いてくれた彼女の心の優しさに感動していた。俺のために涙を流すその姿がとても愛おしくて。
直向きに俺に好意を抱く彼女を俺はもう手放せなくなっていた。
マリエラと男爵が俺に管轄地の代官を変えるべきだと進言してきた。男爵家から優れた文官を寄越すので好きに使うよう言ってきたのだが。
代官は父上の拝命で職に就いている。おいそれと任は解けない。
男爵はならその男には病にかかってもらいましょうと。何事もない顔で言ってのけた。驚愕だ。
マリエラがここまでするのは俺の為だと縋ってきた。
俺が国王にならなければこの国は揺らぐ。賢い王が必要なのと。これは大事の前の小事だから決して悪いことではないのよとマリエラが微笑む。
ああ、何故だろう。彼女の微笑むその顔が醜く歪んだように見えたのは。
俺の管轄地の代官が交代した。前任者が病で亡くなったからだ。俺は鉛を呑み込んだような気分だ。
男爵家紹介のはずが高位貴族家の推薦状を持参した男が後任となった。
聞くと俺の管轄地だから高位貴族の推薦が必要なのだと。
そうだったのか。
俺の与り知らぬところで着々と物事が進捗している。
俺は底なしの沼に嵌った心境だった。何かが狂いだしていくのを感じた。でももう抜け出せない。俺は得体のしれない何かに囚われたのだ。
後任指導の元、公共事業が行われた。多額の金が動く。管轄地だけではなく王都からも補助金が降りた。何故だか俺の手元にも大金が入ってきた。これは嬉しいぞ! 後任の手腕はすばらしい! 俺の金だ。マリエラには最高品の物を用意させよう! 俺が贈るのだ。彼女の喜ぶ顔を想像して俺は堪らなくなった。
後任者が俺に密告してきた。彼は王宮仕えの文官だった。配属先で不正に気が付いたが告発する前に証拠を握り潰され不当に解雇された。彼は報復を恐れ推薦元の貴族に助けを求め逃げてきたのだと。聞けばレティエルの父親と兄が悪事に手を染めていた。勿論レティエルも。俺は怒りで己を見失いそうだ。その非道ぶりを俺は許せぬ! 俺が代わりに公爵家の悪事を暴いてやる! 憤りに駆られた俺はすぐにも飛び出す勢いだった。
彼は出来る男なのだろう。怒り心頭の俺を宥めるように何事にも準備が必要だと諭してくれた。彼の後ろ盾となっている貴族と手を組んで公爵家に正義の鉄槌を降してくださいませと懇願された。
俺は正義の鉄槌を降せる男だと言われ満更でもなかった。
ならば公爵家とレティエルを成敗すれば良いのだろう。俺がやってやる。
レティエルとのお茶会だ。月に一度とは言えどこのような悪女と一時でも過ごせねばならぬ我が身を呪ったぞ!
相変わらずの澄まし顔に反吐が出そうだ。俺はこいつの悪事を暴けるのかと思うと腹を抱えて笑いたい心境だ。ついつい顔に出たのだろうか。レティエルが何か嬉しいことでもあったのかと聞いてきた。おおそうだとも! これ程嬉しいことはないぞ!
俺は不敵に笑ってやった! のうのうとしていられるのも今のうちだ!と。
俺は何時までもお前と公爵家の思い通りに行くと思うなよと告げてやった。
レティエルはおやっと目を微かに動かしただけだった。バレていないと思っているのか!甘いわ!
久しぶりに有意義なお茶会だったぞ! ぬははは!
俺は有頂天になっていた。
だから静かに見つめるレティエルが腹を括ったような表情をしたことに気が付かなかった。
レティエルから相談があると言ってきた。何だレティエル。赦しを得たいのか?
甘いぞ、まあ泣いて縋ってきたら考えぬこともないがな。
レティエルの話は身辺に不穏な動きがある。嫌がらせか命が狙われたのかわからないが身の危険を感じている。それは予想外な話だった。
レティエルの話は俄には信じられない。俺に疑われたと思っての芝居かも知れぬ。俺は騙されんぞ!
レティエルは俺を騙す気か。見縊られたものだな!
俺は即座にお前の魂胆はお見通しだと告げた。アレは驚いた顔をした。
ふん! 見破られるとは思わなんだか。
俺は正義の使者の気分でいた。
アレと公爵家の悪事を暴いて婚約破棄をして愛するマリエラとこの国を治めるのだと。俺に相応しい未来があると心は歓喜していた。
あの祝賀会の日。
全てが変わった。‥‥‥どうしてこうなったのだ!
あれから幾日も過ぎた。今日は父上から俺に沙汰が下される日だ。
何故だ!皆は騙されているのだぞ! 何故、レティエルと公爵は裁かれぬのだ!
俺はあの日からずっと混乱の中だ。誰か助けてくれ‥‥。
父上が厳しい目で俺を見る。俺は泣きたくなった。父上も騙されている!俺はそう思った。
父上が俺に何か言うことはないのかと尋ねてくれた。
俺は全て話した。そして父上も皆も公爵達に騙されているのだと言い切った。
どうかどうか俺を信じてくれ!! 俺は祈る気持ちで父上を見つめた。
『お前以外の者が騙されておると? この儂までもが? よもやここまで愚かだとは思わなんだわ。もうよい。連れて行け二度とその顔見たくわないわ』
俺は父上に見捨てられた‥…。
『やはり我が子ではなかったか。‥‥愚劣さは父親譲りか』
連行される直前、父上の零した声が耳に残る‥…。
父上、父上‥…いまなんと‥‥‥。
俺は‥‥おれは
おれはいったいだれのこなんだ‥…。
なんでしょう…暗い気分です。
次話はマリエラ視点の予定です。