クリスフォード王子 ②
クリスフォード王子視点2話目です。
学園に入学した。
第二王子はいない。あいつは何故か隣国に留学していた。
俺は安堵していた。俺の存在意義を揺るがすあいつがいなくて心底安心した。
俺が不出来だと認めてからは気が休まる日がなかったのだ。苦しかった。
誰もが俺とあいつを比べる。王子としての力量を、素質を、能力を。
母上は国王になるのは俺だと、顔を合わせる度に仰る。息苦しい。息が詰まる。
煌びやかで贅を尽くした王宮も俺にしてみれば牢獄だ。自由などない。気の安らぐ場所もない。
俺は学園生活に期待はしていない。俺の世界は色あせたままだ。
レティエルと同じ学年だが彼女の優秀さが今では恨めしい。
隣に立つのが苦痛だ。エスコートなんて出来るものか!
今では彼女との交流は月に一度程度のお茶会だけだ。それも母上の命令でだ。
レティエルの俺を見る目が嫌いだ。彼女の俺を見る目には仄かな憎しみが籠っている。
なぜだ? レティエルは俺が嫌いなのか?
俺が不出来だからか。
俺は君にも疎まれているのか‥‥‥。
学園では側近候補達が俺のサポートをしてくれている。将来に向けての予行みたいなものだ。
同い年の子息達。共に過ごしていると気心も知れてくる。学園生活が少しは楽しめそうだ。
最近ある男爵家の令嬢をよく目にするようになった。
‥‥違うな。貴族の子女とは思えない明朗快活な姿を目で追いかけてしまうのだ。
彼女も俺を見ている。ずっとではないが時に目が合うのだ。これはもう俺を見ているからだろう。
久しく忘れていたかすかな甘い気分を思い出す。
彼の令嬢はマリエラ・ツゥエルバーグ男爵家の令嬢だった。
あまりいい噂を聞かない貴族家だったと記憶している。
お互い碌な噂がないなと彼女に少し興味を持った。
彼女の俺を見る目は日に日に熱を帯びたものになり、俺も誘われるように彼女に近付いて行った。
最初の頃、側近候補達は迂闊な行動は控えるようにとやんわり忠告をしていたな。
それが気がつけば俺と同じ熱の籠った視線を彼女に送っていた。不躾にも程があるぞ!
俺達と彼女の距離は近くなり3か月もしないうちに常に行動をする間柄となってしまっていた。
俺達には婚約者がいた。にもかかわらず彼女にのめり込んでいった。
彼女も満更でもなく俺達の…俺の側に控えるようになった。そして俺はそれを許していた。
彼女といると俺は鬱々としていた気分が晴れるのだ。俺の努力を認め褒めてくれる。
俺が欲しかった言葉をくれた。嬉しかった。
第二王子ではなく俺こそ次期国王に相応しい人物だと。
初め俺はその言葉を訝しんだが彼女の言葉に耳を傾けていくうちに、そうだと思うようになったのだ。
やはり俺は王たる器だった! 見失っていた自信と希望を取り戻したのだ。
もう第二王子やレティエルなど恐るるに足らぬ!
俺は彼女と言いう掛け替えのない存在を見つけたのだ!
俺は彼女の口から紡ぎ出される耳当たりの良い言葉に溺れた。熱に浮かれていたのだ。
王家とは王子とは王となる者は‥…大事な何かが抜け落ちていた俺は気分を良くしてくれる言葉以外は撥ね退けた。諫言してくる者に罰を与え甘い言葉をかけてくる者を重用した。
彼女の父親も俺の気分を良くしてくれたうちの一人だ。
それからの俺達はまるで恋人同士だと周囲の者に囁かれだした。
中には俺達こそ真実の愛を見つけたお似合いの二人だと羨望の眼差しで観る者もいた。
俺は気分が高揚していた。
彼女は俺が不出来なのではなく俺を立てない第二王子やレティエルが己を誇示する愚か者だと言ってくれた。その愚か者は俺に劣等感を植え付け悦に浸っている。そのような者が俺の婚約者の座に居座って我儘に振る舞って俺を蔑んでいると。いつまで卑劣な女を横に置くのか次期国王になる俺にはもっと相応しい相手がいるのでは‥‥。彼女から淀みなく発せられる言葉が呪文のように俺の頭を占めていく。
そうだ。俺の婚約者は我儘で驕った卑劣な女だった。
俺から愛されることに慣れ切った愚かしい女だ! 俺の愛を受ける資格などない!
俺に相応しい女性がここにいるというのに。ああ、レティエルとの婚約は過ちだ!
そうして俺は彼女にのめり込み盲目的に依存していったのだ