過去
「エリックは僕の異母弟でねぇ。何やら悪い人に好い様に利用されてるかなぁ。今は泳がせている状態でねぇ。悪さが過ぎるようならお仕置きするよぉ」
相変わらず軽いジオルドだ。
「…‥冗談では済まされないぞ。‥…本当だな?」
公爵は予想外の事実だったが割と冷静な態度だ。
カレンシアも「ああ。あの国王ならやりかねないわ」とすんなりと受け止めていた。
ジオルドは「そうすんなり理解されてもねぇ‥‥」と苦笑した。
三人にとっては慣れた反応なのだろう。呆れた感じと穏やかさが感じ取れる。
「僕が、こんな下らない冗談言う訳ないでしょ。本当だよ。僕は母上から聞いたからねぇ。あっ、兄上は知らないよぉ。知ってたら処分してるからねぇ。ああ、既にエリックは知っているからね。態々親切なご老人が教えてたよ。あのご老人は相変わらず周囲に火種を捲き散らす人だ。困ったね」
「‥‥親切なご老人か。そうか。ジオルド洗い浚い話してもらおう」
それまで静かに聞いていたライラが困惑顔で「あ、あのう私、このままお話を聞いていて宜しいのでしょうか‥‥」と問いた。
「ああ、構わないよ。君もエリックと関わったからねぇ、それにちょっと僕を手伝って欲しいし」
「えぇぇぇ? それは‥‥」
「ああ、後でね。今はエリックの過去を教えるよ。だけど知っているのは公爵家に引き取られる前までだからね。引き取られた経緯までは知らない。関心なかったからねぇ」そう言い訳してからジオルドの知っている全てを打ち明けた。
「エリックは先代国王とヴァンダイグフ伯爵家の二女との間に出来た非嫡子だ」
爆弾発言だったが公爵とカレンシアは「そう来たか」と平然で動じていない。
ライラだけが衝撃過ぎて内心叫んでいた。この時ばかりは共感できる相手が欲しいと欲した。
「ヴァンダイグフ伯爵? 王妃の妹君であった病死した彼女か?」
「ああそうだよ。元は兄上の秘密の恋人だった人だ」ジオルドは苦し気に呟いた。
「兄上は爵位の低い彼女と結婚したくて、父上に認められようと必死だった。それが不味かったのかなぁ。父上が彼女に興味を持ってしまって、無理矢理だったと聞く。彼女の父親が乗り気だったのが運の尽きとしか言えないよ。彼女に逃げ場はなかったはずだ。父上も本気ではなく只の遊びだったんだろうね。側妃に召し上げることもなく関係は終わったよ。彼女の懐妊で」
「‥…初耳だ」
「そうだね。公に出来ない話だからね。未婚の彼女が身籠っちゃった。しかも相手は恋人の父親だよ。どんな醜聞だって話だよね。父上も手順を踏んで側妃に召し上げていれば問題はなかった。神殿に届けて守護神から祝福を授かっていればエリックだって王子の立場でいられたのに。それなのに王家が神殿を蔑ろにしたと判断されるのを避けて一番安易な手段を取られた。情けない話だよ。まぁ家臣の娘を手籠めにしたことがバレたら自分の娘もと、碌でもない貴族が群がって跡目問題に突入しただろうね。回避するためには妥当な判断だったのかな」
当時のジオルドは知らなかった話だ。それでも悔やまれるのだろう。この場にいる者は彼の心情が漉けて見て取れた。
ジオルドは気を取り直して話を続けるが眉間に皺が寄りだした。
堪える話になるのだろう。そう彼等も感じたのか。誰も言葉を発しない。
「それからの彼女は、母上の監視の下で離宮に監禁されたんだ。面会も禁止でね。彼女の存在は一部の人しか知らされていない。兄上も知らなかったよ。まさか自分の恋人を父上が寝取るだなんて思わないでしょ? 母上も伯爵も隠したしね。彼女も真相を告げないまま兄上と別れて、兄上は相当ショックだったのか落ち込んでいたよ。その姿は見てられなかったなぁ」
「はぁぁぁ、ちょっと何よそれ、酷すぎるでしょ! 貴方の父親って下が緩すぎるのよ!」
「ああ、カレンシア怒らないでよ。僕に言われても困るよぉ」
同性のカレンシアでは聞くに堪えれなかったのか、怒りを露にした。彼女もジオルドに矛先を向けても仕方のないこととわかっていても一言、言ってやりたかった。
ちょっと怖い顔のカレンシアを横目に見つつ、カレンシアは怖いよねぇと小声で呟き苦笑した。不適切な言葉であっても彼らしく場を和ませようとしたのだろう。カレンシアの怒りは収まっていた。
「それでねぇ。問題はこれから。驚かないで心して聞いてね。あ~これはライラには聞かせられないかな。悪いけど別室で待ってて」そう言ってライラは部屋から追い出された。ライラはどうせならもっと早くに部屋から出たかったと内心ぼやく。
室内はジオルド、公爵、カレンシアの三人だけだ。人払い済みである。
ジオルドの纏う空気が変わった。
普段の彼はお道化た態度で臣下の顔をしているが、今の彼は王族としての顔だ。
威圧感が増した。公爵達も居直し、臣下の顔で話を聞く。
「これから先は本当に他言無用だ。エリックの出自は本人が名乗り出るから隠す気もない。だがこの話は父上の話になる。今は隠して欲しい。いずれ時が来れば明かす。その時は貴族社会は衝撃を受けるであろうな。お前達も覚悟を決めてくれ」
ジオルドには計画があるようだ。ならば今は静観かと公爵達は判断した。
自ら藪を突く趣味はない、蛇など出しては面倒だ、公爵は思う。




