エリック
エリック視点です。
「気が付きましたか」
目を覚ますと見知らぬ女がこちらを窺うように見ていた。
(…誰だ、この女。それに、ここはどこだ?)
「お身体は、如何ですか?」
「こ、こは‥‥」
「声を出すのはお辛いですか? 水分をお取り下さい」
そう言って女が水を飲ませてくれた。女からは不穏な雰囲気も怪しい素振りもない。言葉に気遣いが感じられる。
(この女は治療院の者ではないのか?)
寝かされているベッドや部屋の広さ、部屋の装飾をざっと見ても金が掛かっているのが見て取れる。
どこかの貴族の屋敷のようだ。
何故こんな所で寝かされているのか?
目覚める前は、確かに治療院で公爵の犬の監視下にあったはずだ。
(何があった?)
鈍い頭で思い出そうと記憶を探るが、ぼやける頭では考えられない。
「今、旦那様にお知らせして参ります」
女は言葉少なめに部屋から出て行った。
酷く頭が痛みだしたから、これ以上考えるのをやめた。
どうせ旦那様と言う奴が現れればわかるだろう。
部屋に入って来た男の顔を見て、俺は救出されたのだと理解した。
「気が付いたか。エリック殿。災難だったな。身体は医者に診せた。暫く安静にしておれば良いと言っていたが、一体何があったのだ、そんな身体になるとは」
「あ、あ‥油断しました」
失態を晒したのは悔しいが、そのお陰で判明したレティエルの特殊魔力のことを男に伝えた。
これであの女の価値が一層上がったな。今以上に狙われるだろうが俺の知ったこっちゃない。
それよりも‥‥。
「身代わりの者はどうしましたか? 無事に届きましたか‥‥」
予想外の出来事で結果を見届けられなかった。事の顛末をこの男に尋ねなければならないのは忌々しいが仕方ない。
レティエルの身代わりを仕立てた以上、上手く活用したい。
気掛かりであったもう一組の行方を尋ねた。
「ああ、あの女は生かしてある。あれ程似ているのだ活用しない手はないわ。欲しがっていた閣下に差し出したお陰で、我らに惜しみない協力をして下さるそうだ。ははは。糸も簡単に受け入れられたわ。しかし、本当にそっくりだったぞ。儂も本物かと思ったわ。まさか閣下も偽物を差し出されるとは思わんだろう」
‥‥どういうことだ。
あの女はレティエルの身代わりで国境を越えた後で殺す計画ではなかったのか?
折角、帝国の身分証明書を持たせていたのに。
これではレティエルは生存したままの帝国貴族ではないか。
ライムフォードとの交渉の切り札にと考えていたが‥‥。
俺は表情を取り繕うことが出来ず訝し気に男を見てしまった。
「ただ殺してしまっては勿体ないではないか。まだ利用価値があったのだ。アレは閣下との取引に使えたからな。有効活用をしたまでだ。どうせザックバイヤーグラヤス家はお終いだ。罪人となる家の娘の行方など幾らでも誤魔化せるであろう」
ジオルド閣下か。
今迄差し出した女では満足しなかったのか‥‥。
「そういえば、彼女は擬態が得意な特殊魔力保持者でした。ですが元々どこか似ていたのでしょうね。ところで侍女の方も一緒でしたか?」
「いや、若い方だけだ」
‥‥どうやらグレインは処分されたようだ。バカな女だ。公爵を裏切らなければ長く生きれただろうに。
エリックは、男の様子を窺いながら紡ぎ出される言葉を待った。
「今回で閣下もエリック殿をお認めになられた。後押しをして下さるぞ。これで他の貴族も賛同するであろうな。あとは‥…」
偉く機嫌がいいな。余程ジオルド閣下との密約が上手く行ったのだろう。
「今は怪我を治すことが先決だ。後のことは儂に任せて下され」