違和感
「お嬢様。長らくご不便をお掛け致しました。準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
監禁生活も数日経ちそろそろ動きがあるかと用心していた矢先に訪問者が。
俺の目の前に母さんの専属侍女‥‥俺に魔術具を使わせた人が現れた。グレインさんだ。
えっ? この人味方なの? 胡散臭いんだけど信じていいの?
「お嬢様。さぞや心細かったでしょう。奥様のご命令であったとは言えお嬢様には不安な日々を送ることとなり、お辛かったでしょう」
「それは‥‥大丈夫ですよ。驚きましたけど丁寧な扱いでしたから。それよりお母様は? ご無事でしたの?」
「ああそうでした。お嬢様はご存じありませんでしたね。奥様はご無事ですよ。今は王都にいらっしゃいます。わたくしがお連れするよう命を受けて参りましたのでお嬢様ご心配なさらないで下さいませ」
「ああそうだったのね。ありがとう。では頼みます」
俺は笑顔で答えたが警戒心が拭えない。グレインさんは俺を安心させようと微笑んでくれてはいるが、その目が‥‥笑っていないというのか何か隠しごとをしている。そんな疑惑を抱かせるのだ。
とてもじゃないが安心できない。それに聞きたいこともあるし。
俺とグレインさんの視線が交差する。
彼女のその目の奥に燻る感情が、俺に警戒心を抱かせるのだ。
今まで俺は碌にこの人を見ていなかったことに気付かされた。
ああ、俺この人のこと何も知らないわ‥‥今更だけど。
でも今は余計なことを考える余裕はないぞ。彼女が敵か味方か今は判断が付かない。これは‥‥出来るだけ探るしかないのか? いやだな知り合いを疑うのって。
「ねえ、グレイン。貴女今までどこにいたの? 心配したのよ?」
窺うように質問してみた。グレインに感じる違和感を拭いたい…
母さんの専属だから彼女を信じたい。気心知れた間柄と聞いている。
裏切るならせめて納得できる理由が欲しい。
グレインも探る目つきで俺を見る。その表情を意味するのは‥‥
「お嬢様。ご心配下さったのですね。一介の侍女如きに、身に余る光栄でございます。ですがわたくしはずっと公爵家にいました。…実は領内に間者がおります。屋敷内にも出入りしていたようです。まだ捕らえられてはおりませんのでこうして秘密裏にお嬢様を安全な場所へとお連れするように指示を頂きました」
「えっ? 間者が?!」
グレインさんの話に吃驚だ。領内に間者が入ってくるのはよくあるので驚きはしないがそいつが実力行使に出たことに驚いた。行動に出る準備もしていたんだろう‥‥俺ずっと屋敷にいたのに気が付かなかった。でも母さん達は異変に気が付いていたんだ。俺を避難させる算段を付けていたんだろう。
両親に内緒にされたことにショックを受けた俺はこの時のグレインさんと侍女ちゃんの表情を見落としていた。
彼女たちの目つきは同じだったのに‥…
「お嬢様。落ち着かれましたか。でしたらこれにお着換えください」
グレインさんから手渡されたのは随分と品質の落ちる地味なワンピースだった。グレー? 違うな灰色って感じの野暮ったい服だ。
喉元を隠す襟に前にボタンが付いている。‥‥これ、はっきり言って平民か侍女が着る服だ。貴族子女が着るものではないぞ。何故これを用意した。
このランクの服装では貴族子女と信じてもらえない。
「お嬢様。お気に召さないでしょうが今は我慢下さい。無事にお連れするために洋装を変える必要がございますので」
「それは、まだわたくしを狙う不届き者がいるということでしょうか」
「‥‥わたくしの判断ではございません。これを着せる様にとご指示いただいております。これ以上申し上げることはわたくしでは出来かねます」
「そう‥‥仕方ありません。では着替えます」
これ以上、ここで押し問答しても埒があかないな。それに彼女から無言の圧力をヒシヒシと感じる。今までの彼女の姿では信じられない。この圧力は一体なんだ? 疑問を解消することなく俺は諦めて着替えることにした。
着替えはグレインさんが手伝ってくれた。
そういえばいつもの侍女ちゃんはどうしてるんだ? 彼女は公爵家の雇用人ではないだろう?
なぜ、未だに彼女の名前さえも明かさないんだ?
俺の不安はじわじわと広がっていくだけで一向に晴れないままだ。
俺の身支度が全て終わった頃に侍女ちゃんが姿を現した。
「えっ? そ、その姿は‥‥!」
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