公爵家の人々
父親の書斎にてレティエルは父親と義兄と対峙していた。
「お父様。賭けはわたくしの勝ちでございます」
「・・・そうか」
落ち着き払っている父親とほんのり薄暗い笑みの義兄。
いつもと変わらない二人に正直ほっとした。王家と縁戚になる利益をふいにした俺を内心では苦々しく思っているのではと勘ぐっていたのだが。
それは杞憂だったようだ。
「ではお父様。お約束通り報酬をお願いしますわ。わたくしの希望を叶えて下さいませ」
「・・・レティエル。気は変わらないのだね。・・・わかった」
父親はどこか寂しそう。それでもレティエルを見つめる目には愛情が満ちている。
(悪いな親父。期待はずれな娘で。代わりにと言っちゃあアレだけど、慰謝料と損害賠償の金額釣り上げてくれ。思う存分。それで勘弁してくれよ、すまん)
俺は親父たちに事の顛末を報告した。
一通り話し終わった俺に二人は労いと慰めの言葉をくれた。
「ではレティエル。お前の報酬だ」
そう言って手渡された書類を俺は確認する。
(‥‥通行許可書、貴族籍証明書、ふむふむ資産の持ち出し許可に移住許可書。あと諸々か。全部揃ってるな準備いいね)
「ありがとうございます。お父様」
「ああ、必要な物は全て揃えたがもし不都合があれば何時でも言いなさい」
そう言って寡黙な父親は口を噤んだ。
ーーー王子ルートでは婚約破棄されたレティエルを国外追放にする場面があった。これはヒロインと結ばれなかったバージョン。結ばれハッピーエンドなら同じ追放でも道中レティエルは暴漢に襲われ死亡する。なんでやねん。
俺は死亡ルートを回避した。シナリオの足跡を辿りつつも好結果を導き出す。
これは俺にしか出来ないことだ。
王子ルートクエスト終了‥‥かな。
「レティ。お荷物にしかならない王子と縁が切れておめでとう。君の苦労が報われて欣喜雀躍している。それでねレティ。君に提案がある。義父上も同意されていることだ。だけどねレティ。これは命令ではないんだ。一つの可能性として心に留め置いてもらいたい。いいかい?」
レティエルを愛称で呼ぶ義兄の顔はいつになく真剣味を帯びていた。
(美形の真顔、迫力があるな。‥‥何故だろう嫌な予感しかしない)
義兄に釣られて真顔になる。内心のドキドキが心臓に悪い。
「はい、お義兄様。わかりました。それでご提案とは?」
「レティ。今の君は独り身だ。今までは無能でも君の婚約者として害虫共の防御壁にはなっていた王子と別れた。…ああ、くそあの役立たずめ。それでねレティ。今の君には虫よけがいないんだよ。義父上も私も君が心配で心配で堪らないんだ。わかるかい?」
王子をディスりつつ義兄は子供に諭すような口調で言葉を繋ぐ。
「だからレティ。君には新たな防御壁が必要だ。あんな性根の腐った者ではなくちゃんと君を、君だけを見てくれる完璧な防御壁をね」
(なんだろう悪寒がするぞ・・・これ、話聞いちゃいかんやつじゃね?)
・・・レティエルは蛇に睨まれたカエルの気分を味わっていた。
「それで・・・レティ。君の新たな婚約者にね。私がなるよ」
義兄の綺麗な綺麗なお顔が破顔した。
(いぃ~やぁぁ~!! 義兄がおかしいぃぃぃ! これってこれって結婚したら即暗殺されるやつ?! なにこれなにこれなにこれぇぇぇ。こんな展開予想外だよぉぉ)
‥‥レティエル満身創痍。
混乱した頭でレティエルは答えを濁しながらその場を辞した。
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レティエルは一人自室で頭を抱え込んでいた。
義兄の思惑がわからない。おそらく父親はレティエルを手元に置きたいだけだろう。なら義兄は? 父親の命令だから断れずに承諾したのか?
「や、やばい。やっぱこれって暗殺ルートだよな。嫌気がさしてサクッと殺っちゃう感じ? ああああ~義兄なら良い笑顔でプチって。プチって殺りそう。あっ!違う。暗殺者雇うのか」
レティエル新たなクエスト攻略に知恵を絞る。
こうしてレティエルの迷惑で人騒がせな王子とヒロインの断罪イベントを乗り越えこれから起こるであろう新たなイベントに戦々恐々としながら今日一日を終えた。
短いですですがアップしました。