敵認定ー③
今年もよろしくお願いいたします。
敷地内が閑散として物寂しい印象を受けた。
一見すれば本当に無人の邸でまさかここに王子様ご一行が滞在しているとは思わないだろう。
これほど尋常ならざる警備も、先程の神殿で捕らえた男のこともある、事前に情報が流れたと思うとこれはこれでありなのかも。
だがしかーし、どんだけ守りを固くしても、ふふふ、このレティエル様がいるのだ。わはは、甘いね。
むふふ、今こそこの才を発揮する時だよね?
ここで指を咥えて待ったところで事態が好転するはずもない。ちゃっちゃと済ませよう。
痺れを切らしたのもあって、厩舎や小屋等、取敢えず吸える魔力は片っ端から吸い取った。
義兄もうずうずしていた俺のことをよくわかっていらっしゃる。魔力飽和状態になると酩酊状態に陥るからと空の魔石を預けてきた。
にやりと口元が緩んだのを見逃さないよ? おにいちゃん。
まあ、普段お世話になってるからねー、これで喜んでくれるのなら、ふふふ。
吸引した魔力を空の魔石にじゃんじゃん移す。気分はわんこそばだよ。
結局、人っ子一人いなかった。お馬ちゃんはいたんだけどねぇ。御者よ、どこに消えた?
「はは、酔狂ですね」
力なくポツリと呟いたのは先陣を切るダルだ。半ば投げやりにも聞こえたが、気のせいだろう。魔力の流れを視る才を持つ男は、こういうヤバい場面にいい様に扱われる。ちょっと不運な男なのだ。
「ダル、一言多いです」
気安く一言多いぞと言葉を掛けたミリア。臨時採用のダルに反感を持たずにいてくれるのはありがたい。
いざ、お家の中に不法侵入するとなると、俺達の護衛が二人では心許ない。ミリアは最後まで渋っていたが、まあ大丈夫だとごり押した。驕りだと思われても仕方がないが、何たって多種多様な攻防魔道具を持つ義兄と、魔力であれば吸い取っちゃうレティエルがいるのだ。ぬはは、魔法陣のトラップなど、恐れるに足りない。うむ、大船に乗った気でいなさい。
ということで建物から感じた魔力をどんどん吸い取る。容易く玄関も開錠された。
ふふふ、さあ、いざ行かん!
・・・お邪魔しまーす。コソコソ。
人様のお家に無断で入るのって、コソ泥感があって背徳的。二度目だけど。
「ここがエントランスホール?」
エントランスホールのど真ん中と四隅に女性を象った彫刻が設置されていて、正面の奥に小さい部屋が。天井から吊るされたタペストリーの見事さに目を惹いた。
惹き付けられるように自然とタペストリーの前に足が進む。ドラゴンの戦闘と退治した場面がリアルに描かれていた。俺はそれを見ながら討伐された最後のドラゴンを思い浮かべた。
「見事なものだね」
「ええ、素晴らしいですわ」
・・・ふぉ~カッコイイ!
この世界のドラゴンは西洋ドラゴンだったわ。子守歌を歌う赤子を乗せて飛ぶ竜とは違った。まあ、そうだよね。
室内の点検も忘れずに。
「若様、何もありません。外を思えば内部も何らかの魔法術が働いているのと警戒していたのですが。恐らく視察に合わせて機能を停止させているのではないでしょうか」
警戒は怠らないが、拍子抜けだと顔が語っていた。
ざっと見回しても変化は起きない。ダルの言うようにトラップはないのがわかる。
・・・でもねー何だかねー、タペストリーのある小部屋がめちゃくちゃ気になるの。なーんかひっかかる。勘がね、あそこに何かあるぞって教えてくれるのだ。
うむ、こういう時は直感に従おう。
ーーーカコン
「わゎ?!」
「レティ、大丈夫?」
「こんなところに階段が隠されていたとは。このタペストリーが鍵だったのですか」
「・・・見るからに怪しいですね」
よくもまあ気が付いたと三人の感嘆の声。ふふ、悪い気はしない。
物は試しと、如何にも的なタペストリーに魔力を流してみた。そう、今度は流したのだ。案の定・・・というべきか。魔法陣が発動して隠し階段が現れた。まあ、ちょっとびっくりしたけど。
人一人通れる程度の幅の階段。薄暗さに醸し出される雰囲気がいかにも的だ。
・・・うわお、こんなの初めて見たよ。
今のところ俺達の防御用魔道具は大人しい。トラップはないね。
さて、どうしよう。
好奇心擽られるもののどうしたものかと悩ましい。
義兄も考えあぐねるのか無言だ。
階下をのぞき込むダルとは違って辺りを見回していたミリアが何かを捉えた。
「・・・人の話し声が向こうから聴こえます。あ、ハイデです! ハイデとライオネル・・・ご当主様の声で間違いありません。・・・状況の報告といったところでしょうか。・・・お嬢様の仰った通り危険な場面だったようです」
「ホッ。お父様はご無事なのね! 良かった~」
ミリアの部分強化で数倍向上した聴覚と視覚は侮れない。多少の距離などなんのその。
「早く行きましょう!」
地下は後回しだね。
「これ何かしら?」
「レティ、そのような悪趣味なモノにむやみに近づかないで。汚いよ?」
「んー、お義兄様、これ片目だけないの。変よね? わ、カビだらけ」
眼窩周りに黒カビちゃんがびっしりみっちり。しかも仄かに感じる魔力。
うわっと気色悪くて脊髄反射的に吸引してしまった。
飾ってあった彫刻の一つがそのような状態で、像を横切ろうとすれば俺達の防御用魔道具が作動した。
義兄やダルによると、これは黒カビちゃんではなく魔植物である食虫植物が放つ胞子だそうだ。この胞子、うっかり吸っちゃうと結構ヤバいらしい。少量で幻覚作用、多量になると死に至ると言われている。
まだまだ不明な点の多い植物らしい。生息地は魔獣の棲む原生林群とかで中々特殊環境を好む変わり種だって。義兄達も現物は初めて見たと興奮が隠しきれていない。
・・・うげぇ、そんなのを仕込んでるの?!
のっけから殺しに来たよ、このお家。
ミリアと俺はすっかり青ざめたよ。なんちゅう悪趣味な。
それにしても・・・既視感あるあるだね、この黒カビちゃん。
うーん、どこで見たっけ? うーんうーん・・・ん? あ、思い出した! 昔お家に蔓延ってた黒カビだ。吸引できちゃうやつだ、これ。使用人たちが必死こいて奇麗を保つ我が家に蔓延ったからね、しかも母さんの寝室の周りに。覚えてるよ? 丁度母さんが病で倒れた時期だったもの。うん、吸い取ってみてわかる。あの時蔓延ってたカビちゃんと同じで間違いない。と俺の直感が囁いた。
「レティ?!」
「「お嬢様?!」」
あー、魔力だわ、これ。
「昔、邸にも発生しましたわ。お母様が病床に臥していた頃よ」
「え? それは本当かいレティ? だがそのような・・・」
義兄が知らないのも無理はない。養子に来る前の出来事だもの。俄かには信じられないって顔だけど、でも俺がいう事だからと聞き入れてくれた。良かった信じてくれて。
逡巡した義兄が、悪意を帯びた嘲笑を見せ徐に取り出したのは、幾つかの小瓶。
・・・え? そんな物取り出して何するの?
「お義兄様? それをどうなさるの?」
「ふふ、ここに入れてくれる?」
すかさずサンプル摂取した義兄。どんな時でも趣味を優先するマッドなサイエンティストさまさまです。
「「・・・若様」」
多分、二人もヤバさを感じたのだろう。顔の引きつりが凄いことになってるよ?
ライオネルとハイデを見かけ中庭に向かったら、まさかの状態にビビった。
だってぇ、高貴な方々が死屍累々に地べたで倒れているのを見たら、普通は驚くよ?
ただ眠っていただけだけど。まーびっくり。
地べたに婦女子が寝っ転がされてるの、ちょっとお気の毒というのか淑女的にはアウトだよ?
でも、パパンの顔見たらホッとしちゃって周りのことに意識が向かなくなっちゃった。びっくり衝撃の後に安心がきたら気が緩むって。
うん、親父を追い駆けて正解だったわー。冴え渡る勘の大当たりにドヤァ~する間、なかったけど。
そして今。
ちょっとカオスな現場からです。
皆、寝落ち状態だから中庭は静か。と思うでしょ? 違うの。煩いの。手入れの行き届いた中庭に、不似合いに反響する野太く汚いおっさんの呻き声が耳障りなわけ。
グゲェオゴォォと尋常ならぬ唸り声。
そこに、ちょいちょい挟まるSの女王さm・・・ゲフンゲフン、尋問役のハイデ姉さんの蔑む声。『糞カスが』『臭いぞ』『虫けらめ』『ゴミ糞が』とまあ酷い。
・・・ちょっと、そこうるさいよ。
汚い声の正体は、本日の護衛役、札付きの多い第二騎士団の騎士。殿下達に刃を向けた背信者達である。・・・ひーふーみーよ、五名? が海岸に打ち上げられたトドのように、ぐるぐる巻きで転がされていた。
彼らの背後を探るために自白剤でペラペラゲロってもらう・・・はずが、聞こえてくるのは苦痛の喘ぎ声。攻めが堂に入るハイデさんの尋問は絶好調。虫けらを見る目でおっさんの顔を踏みつけ罵っている。
その姿に戦慄した。ゾゾォと寒気が止まない俺はハイデ姉さんに逆らわないぞと心に固く誓った。
ま、まあ、犯行の背景は彼らから聞きだせばいいとして。問題はライムフォード殿下の自白だった。内容もさることながら親父の怒りを買っちゃった。
それまでは、帝国の裏切りに怒髪衝天、肩をわなわな震わせ仁王立ちのパパンが、殿下の自供にハッと悪い方に覚醒してしまったみたい。
ライムフォード殿下曰く、今日の視察を提案&予定を組んだのが、なんとあのヴァンダイグフ老・・・クリスフォードとエリックのおじいちゃん。序でに言うとライムフォードの妹の婚約相手のおじいちゃんね。
何を考えて重大な発表を控えた夜会の当日にって思うでしょ? しかも公爵当主を添えてだよ?
いや、間に合う算段だとしても、アクシデントが起きたらねぇ。・・・起きたけど。
まあ、一番の問題は陛下がGOサイン出しちゃったことだよね?
そしてそこに便乗しちゃった年寄り公も小賢しくてクソジジイ。古だぬきな三人の三者三様な企みがチラホラ。ライムフォードも一枚噛んでいいるように見せかけて肝心なことは知らされていない。要は態のいい駒扱いっぽい。何だかね~。
ヴァンダイグフ老は視察団の面々を、この邸に誘いたかったみたい。
公爵御三家を強制的に参加させたのは年寄り公。魔素の研究に公爵の協力が必要不可欠と殿下は説得されたという。
・・・むうう、この邸に誘い出したのは、襲撃させるため? わざわざ? それとも何かあるの?




