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転生先は小説の‥‥。  作者: 久喜 恵
第十三章
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カリス・ヴァンダイグフ


カリス・ヴァンダイグフはまだ天に見捨てられていないと喜んだ。


捨て駒のように殺された(王妃)、第一王子の立場から転落した孫。相次ぐ失態に我が主君に顔向けできないと憤り、計画が破綻したと一時期絶望していた。


カリスは神を信じぬ。王国民は根強い守護神信仰を持つが彼は元々他国の生まれ。長らく不遇の身に晒された彼に終ぞ信仰心は芽生えなかった。だがそんな彼も、この時ばかりは神に感謝した。

死んだと思っていた(エリック)が生きていた。しかも仇敵の邸で育てられていたのだ。


カリスはこれを天意だと信じた。母国を見捨てた王国に一矢報いるチャンスが巡ってきたと感じた。積年の恨みを晴らす(とき)である。


「母国は滅んだが血は失われていない。お前の子がいずれこの国の頂点に立つ。はは、無駄死にではなかったな。我が主君もお喜びだ」


手にしたグラスをゆらりと傾け、テーブルに置いてあるグラスに当てる。軽く乾杯の仕草だ。室内には一人しかいない。もういない‥‥死んだ(次女)への手向けで注いだ酒、今宵の晩酌の相手である。


「お前には三度失望させられた‥‥‥一度目はカルディス陛下と恋仲になりながら正妻の立場を得れなかった。二度目は単なるお手付きで(好色王に)捨てられた。三度目は無駄死をしたことだ」


果実から作った蒸留酒の香りを存分に楽しみ、コクリと口に含み味を楽しむ。頗る上機嫌であった。


「いや、お前の死を理由に姉を王妃に就けることができたのだから無駄ではなかったな」


だが、と険しい目つきになるのは次女の死を無駄に終わらせた長女の失態を思い出してだ。途中まで思惑通りに進んでいたにも関わらず、足を引っ張った。そうカリスは思い込んでいた。


「俺はもう駄目かと思ったよ、フハハ、まさか仇敵が俺の(エリック)を育てていたとはな!」


手の内で育てた男に裏切られるとはと、何たる皮肉か。滑稽で嗤えると養育者を馬鹿にした。

だがカリスの心は晴れないまま。それもそのはず、エリックを使って公爵家を破滅させようと企てたのが失敗したのだから面白くない。とはいえ急ごしらえの計画で粗もあったと自覚している。急いた事情があったのだがそれを理由にしたくないカリスの心情は複雑だ。


一口酒を吞む。嫌な気持ちを酒と一緒に飲み込みたくなった。




「俺も年を取った‥‥、本来ならもっと前に着手できたのを‥‥まだ幼いアレ(第一王子)の横にあの娘(レティエル)を置くとはなあ…‥。あれは誤算だった。お陰でカルディスを生かすしかなかった」


カリスはカルディスを亡き者にし、若いクリスフォードを擁立させ裏で操る目論見がレティエルとの婚約で、頓挫した。カリスの悪意は誰にも悟らせず、そして成功もしなかった。


家臣達の目には(王妃)が息子の後ろ盾欲しさに公爵令嬢と婚約したと映っていたので、先代公爵と(王妃)の取り交わしとは誰も気付いていない。カリス自身気付かずにいた。

それを知ったのはただの偶然。事実を聞いた時は怒りで我を忘れそうになった。

娘と距離を取るようになったのもこれが切っ掛けだったかとカリスは思い出す。疎まれ始めた理由(わけ)も時期もよくわかっていないのだが、所詮今のカリスには終わった話だ。


「クリスフォードは傀儡としても不出来であったな」


我儘で甘えたがりな上に怠惰、おまけに卑屈で恨みがましい(王子)に育ったのは周囲の悪意に晒されただけではない、生まれ持った気質もだろうと思う。

甘言と悪意の中で生きてきた孫に同情の気持ちはない。駒としてしか見ていなかったのだから。


「当てが外れた‥‥‥」


レティエルとの婚約を相手有責で破談させなければと、機会を伺い姑息な方法を考えていた。だが、カリスが手を下す前にクリスフォードが暴走してしまい手が付けられなかった。傀儡どころではない。コントロールできなかったのだ。


愛に盲目なのは陛下にそっくりだと毒を吐く。

後ろ盾のない女、しかも犯罪紛いを生業にした身内のいる家の娘と添い遂げるとトチ狂った。


「アレは血筋か…‥」


先代国王から受け継いだ、血は争えぬとはこのことかと唾棄した。


狭い学園内の出来事とはいえ、外部にクリスフォードの醜態は中々漏れなかった。カリスはそれを政戦の縮図だったかと考察していた。未来の国王と王妃と目された二人の動向を誰もが注視し、そして自分に都合の好い様に情報操作に明け暮れる。

クリスフォードとその恋人を擁護する者もレティエルを擁護する者も情報戦を上手くやってのけていた。


だがそれでもとカリスは思索を止めない。


「思い返すも忌々しい。あれは妨害されていた…‥」


恐らく公爵。

気付いた時は孫が破滅の道を進んでいた。

カルディスも知っていて放置していたのだろう。自分の子ではないという悪質な噂が、子を遠ざけたのだとカリスは今も思う。

娘の恋人としてのカルディスは、情に厚く正義感に溢れていた。父親を反面教師としたせいで愛する人は一人だと頑なに拒む強情さを見せたのは、こちらにとって好都合だった。面白いようにカリスの思惑に嵌っていった。

それが‥‥


「陛下が変わられたのは、愛した者を守れず死なせたからか」


どこで見初められたか、何故興味を持たれたか、先代国王に目を付けられた娘は、(好色王)の毒牙に。伯爵家の娘を側妃にも愛妾にもせず、ただの慰み者として扱ったあの男を心底憎んだ。それはカルディスも同じだったと思う。娘の死後、恋人だった男(カルディス)は甘さが抜け冷酷な者へと変貌を遂げた。恋人を実父に奪われたのが原因で、まるで人が変わった。


「本当に甘い男だった。国王となる男が周囲の思惑も自分の置かれた立場も図り間違ったのだからな。気付くのが遅すぎだ」


愛されたお前は、悔しかろうとグラスを軽く合わす。

孫の不満がすっかりカルディスへの不満に変わっていた。


「死ねば終わりだ」


冷めた声色で吐き捨てた言葉は二人の娘へと捧げられた。

今のカリスが使える駒は二人の孫。一人は使い捨てても良いと考え、もう一人には表舞台に立ってもらわねばと期待する。

積年の恨みは愛すべき存在を忘れさせるに充分だった。

犠牲にしてでも己の目的を叶えたかった。




カリスの目的。


「主君の望みのままに」


そのためにはこの身、この命、捨てても構わない―――。


心の底から切に願う。



カリスはいろいろ勘違いしています。

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